教授の葛藤






結局、『ファイ』達が帰ったのは夜も遅くなってからだった。

「あたし、流されやすいのかしら…」

浴槽に浸かりながら、ルーシィはぶくぶくと口元を湯に沈めた。くゆり、と金髪が湯に揺らめく。
『ファイ』達は何も探す素振りを見せなかった。ただルーシィと他愛もない話をして、だらだらと時間を延長して。
苦しくなった呼吸をぷはり、と再開すれば、目の前の湯が大きく跳ねた。

「信じらんないわ」

『ファイ』達よりも。ほんの少し、幸せだ、と感じてしまった自分が。もう少しだけ、傍にいて欲しい、と思ってしまった自分が。

「あの声が悪いのよ」

全てを『ファイ』の――ナツの声のせいにして、ルーシィは湯を掬った。あの声にとことん弱い。ナツの声に、一目惚れ…一聞き惚れしたのは、認めるしかなかった。あの声が聞きたくて、2ヶ月もの間ずっとラジオを聴き続けていたのだから。
しかし、それは声だけの話だった。ナツの声が、真っ直ぐだったから。ルーシィを騙そうとしなさそうだったから。他の、周りの者たちと違って。

「…結局、ナツも同じだったんだ。皆…同じ」

思惑が読めないが、本名を明かそうとはしなかった辺り、こちらを欺いているのは間違いない。嘘と裏切りの世界で、ルーシィは今だ一人、ぽつりと佇んでいる自分を自覚した。
しかし、これからのことを考えると、

「帰る、の、かな」

ぽつりと漏らした声は不安に揺れていた。家に上がりたい、という要望は聞いてやった。本人達の言うことをそのまま受け取るなら、これで帰るはずだ。それでも、また探しに来たなら、まだこの街に居てくれる――?
今日のラジオは聴けなかったのでどういう報告をしているのかはわからないが、探したけれど見つからなかった、とでも言っているのだろうか。もし探していたとしても無い物は無いのだから、それは正しい報告に違いないが。

もう、姿を見ることも、無いのかもしれない。

ルーシィはざばり、と立ち上がって浴槽の栓を抜いた。




「ルーシィ、頼みがあんだけど」

朝一の講義から戻ると、肩にハッピーを乗せた『ファイ』が真剣な面持ちでルーシィを待ち構えていた。それに一応「また来たの」とワンクッション入れて「で、何?」と促してみる。
姿が見えなくなって、やっぱりこんなもんか、と落胆していた自分が、急速に元気になるのを感じながら、ルーシィは半眼を作って低く告げた。

「家に入れてくれ、なら昨日叶えたわよね。居なくなったから帰ったと思ったのに。てか、なんで今日も居るのかしら?」
「今朝は迎えに行けなくて悪かったな」
「…頼んでないし」
「ちょっと…その…なか、いあ、えっと…ともだ、違うな。んー、知り合い?を助けてやって欲しいんだけど」

『ファイ』は困ったように頭を掻く。
意外な申し出にルーシィの目は丸くなった。

「助ける?」
「警察に捕まっちまったんだ。で、身元引受っての?あれ、やってくんねぇかな」
「…は?なんで、自分で行きなさいよ」
「いあ…」

言いよどんだ『ファイ』に、そういえばこいつ偽名だったんだ、と思いついた。しかし、身元引受で本名を明かしたとしても、警察署内で処理されるなら問題ないだろうに。

徹底しているってことかしら?

ルーシィは首を傾げて携帯を開いた。

「身分証明になるもん、要るんだろ?」

『ファイ』は眉を下げて「保険証とか、持ってきてねぇし」とごちた。それに納得して、ふぅん、と気の無い返事を返す。
携帯のスケジュール帳は、この後の予定に重要なものがないことを示していた。

「捕まったって、何でよ?」
「露出狂」
「…他を当たってくれるかしら」

本気で拒否しかけたルーシィの前に、とす、とハッピーが下りてくる。甘えるようににゃあ、と鳴いて足元に擦り寄ってくる猫に、深々と溜め息を吐き出して、結局選択肢なんて無いのよね、と諦めた。

「どこよ?中央警察署?」
「ああ。行ってくれんの?」

ぱぁあ、と『ファイ』の顔が華やいだ。

「サンキュな!やっぱお前、良い奴だ!」
「ちょ、」

何やら飛びつくような動作をしかけたので、ルーシィは慌てて後退った。『ファイ』はそれを見て「ああ」と一人納得したような声を上げると、ルーシィに対してゆっくりと一歩踏み出した。

「触るぞ」
「へ?ちょ、ちょっと!」
「なんだよ、ゆっくりなら良いだろ?」

『ファイ』はルーシィの両肩を掴んで不思議そうに首を傾げた。緑色の半袖パーカは目の前に来ていて、その距離は不自然なほど近かった。キスでもするのか、という体勢に、男性と付き合った経験のないルーシィは茹で上がって視界が滲む。
ばくばくと心臓が脈打って、痛い。でも。
振り払うことなど、考えられなかった。
ルーシィの葛藤を知らない『ファイ』の両手は、ぽんぽん、と肩を叩いて離れていった。

「よし、行こうぜ」

足元のハッピーをまた肩に戻すと、『ファイ』はドアに向かっていく。
ぱたん、とそれが閉まるのを見送ってから、ルーシィは慌ててバッグに財布と携帯を詰め込んだ。






ようやく登場人物追加。


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