教授の帰り道






講義と論文をこなしつつ、部屋で学生の相手をしながら落ち着かない『ファイ』をあやし――、帰る頃にはすっかり日も沈んでいた。キャンバス内は決して人が少ない時間帯ではなかったが、定時帰宅を心がけるルーシィには珍しいことだった。

「はぁ、今日は遅くなったなー」
「そうだなー。夕飯どうするよ?」
「にゃー」
「……」

ルーシィは護衛のように後ろを付いてくる、遅くなった原因を振り返った。急に視線が向いたことに驚いて、『ファイ』とハッピーの足が止まる。

「どこまで付いて来る気?」
「ルーシィん家」

予想通りの答えに目を据わらせてから、ルーシィはしばし考えを巡らせた。

「んー…ハッピーが居るから…」
「なんだ?ハッピーが居なければルーシィん家行って良いのか?」
「それ普通逆でしょ!?違うわよ、そうじゃなくて」
「ハッピーだけなら良いのか?それは贔屓だろ?」
「どこが贔屓!?ああもう、そうじゃないのよ、ちょっと黙ってて!」

マフラーをがっ、と掴むと、『ファイ』の首がかくん、と揺れた。乱暴な仕草に丸くなった目が、怒った顔のルーシィを映す。

「お前…昨日会ったときと全然違うな」
「…どこがよ?」
「んー、うるさくなった」
「……そうだとすればあんたらの所為よね」

ぱ、と解放して、ルーシィは足元のハッピーを抱き上げた。にゃあ、と甘えた声で擦り寄る鼻先を撫でて、マフラーを整える『ファイ』を見やる。

「行くわよ」
「ん?どこに?」
「この近くに、ペットOKのレストランがあるの」
「にゃ?」

ハッピーがはっきりと疑問系で鳴いた。ルーシィは冷や汗を掻きながらもそれを気付かなかったフリで流す。

やっぱり人間の言葉、喋れるんじゃないの?

もうほとんど確信に近い。しかしそれを簡単に口に出せるほど、ルーシィは夢を見てはいなかった。
口をぱかり、と開けた『ファイ』は、それがハッピー同伴での食事の誘いだと認識するまでに時間がかかったのか、瞬き3回目でようやく弾かれたように動き出した。
がし、とルーシィの両肩を掴んで、顔を綻ばせる。

「さんきゅな、ルーシィ!」
「ひっ!?」

なんでもない動作だったが、心の準備が出来ていなかった。びくり、と肩が揺れる。ハッピーを抱いた手が勝手に震えるのに眉を顰めて、ルーシィは『ファイ』から視線を外した。
そろそろと、骨ばった手が離れていく。それに罪悪感を覚えて、ルーシィは小さく呟いた。

「ごめん」
「……」

『ファイ』は怖くない。怖くないはずなのに、身体が拒絶してしまう。
ルーシィは唇を噛んだ。

嫌われたらどうしよう。

思考が点滅して、涙腺が刺激された。ハッピーがルーシィを覗き込むように顔を上げる。
逃げだすことにまで考えが及んだところで、のんびりとした速度で『ファイ』の手が動いた。
ハッピーを抱えたルーシィの片手を掴んで、見えるように目の前でぎゅ、と繋ぐ。確かめるように一度、次いで包むように。

温かい。

「ゆっくりなら良いんだな?」

呼吸が止まった。かぁ、と耳が熱くなる。
何か言いたいのに、喉に言葉が貼り付いて出てこなかった。

「よっし、行こうぜ!」

ルーシィが顔を上げる間もなく、そのまま『ファイ』は前を向いて歩き出した。途中繋ぎ直された手に引き摺られるようにたたらを踏んで、マフラーの揺れる背中を見つめる。
『ファイ』は小柄だったが、露出した腕は筋肉質で、背中も男らしく広くて大きい。飛びつきたい衝動を抑えて、ルーシィは手にそっと視線を落とした。

昨日会ったばかりの男と、手を繋いでいる。

警戒心の強いルーシィには、想像も出来ないことだった。すれ違ったどこかの学部の学生が、真っ赤になった彼女を二度見していく。
しかし、離す気にはなれなかった。たとえ、『ファイ』がどういうつもりで繋いできたのだとしても。

怖がらせないためなら、何もこんなことをしなくても良い。
懐に入る作戦かもしれない。
ここでルーシィに警戒されたら家に入れなくなるからかもしれない。

信用できない。

ルーシィは繋いだ手を握り返す勇気は持てず、ハッピーを抱く手に力を込めた。

「んで、どっちだ?」
「…こっち」

勝手に家の方向に歩き出した『ファイ』を引っ張って、ルーシィは肩を落とした。






ナツルー度上昇中。


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