教授の仕事






「で、後はここの考察なんだけど。割とまとまってるとは思うわよ。でも、もう少し著者の背景とか調べてみたらどうかしら」
「内容、薄いですか」
「それは問題ないわよ。でも、深みは増すんじゃないかしら。これ、渡しておくわ。2年前の論文なんだけど、参考になると思う」
「なぁルーシィ、これ解けねぇよ。もっと面白いもんねぇの?」

学生の論文相談に乗っている最中、横から投げかけられた声に、ルーシィはぴきり、と頬を引き攣らせた。
男子学生が困ったように『ファイ』に目を向けるが、それも無視してにこり、と笑みを作る。

「手直しできたらまた見せてちょうだい」
「なぁ、ルーシィってば」

返事がないことに痺れを切らして、『ファイ』がルーシィの机に身を乗り出した。驚いたように学生が避ける。
予想できていたルーシィは、目の前に突き出された頭にがつん、とチョップを落とした。

「教授と呼びなさい」
「嫌だ。てか、ルーシィって方が似合ってんじゃね?」
「似合う似合わないの問題じゃないでしょ!?」
「別にいいじゃねぇかよ、てか、なんか面白いもん出してくれ」
「面白くないなら帰れ!」
「探す努力くらいして見せろよ」
「じゃあそのパズルを面白く思う努力をしなさい!」

手持ち無沙汰だと喚く『ファイ』を黙らせるために、金属で出来た知恵の輪を与えていた。これはルーシィが論文に詰まったときに頭をリセットするためのもので、それなりに愛着がある。最初は組み木パズルを渡したのだが、どうやったのか、『ファイ』はそれを燃やしてしまった。本を大事にしているルーシィは火気厳禁だと叱って軽く身体検査をしたものの、マッチやライターは出てこなかった。
唖然と2人のやり取りを見ていた学生が、ぷ、と噴き出した。注目を集めて、慌ててこほ、と咳払いをする。

「教授、なんだか生き生きしてますね」
「え?」
「あ、いえ。すみません。じゃあ、僕はこれで」

ぱたん、とドアが閉まって2人だけになると、『ファイ』は再びルーシィの机に向かった。

「お前、今まで死んでたのか?」
「…あんた、もう帰りなさいよ」

どっと疲れが押し寄せて、ルーシィは立て肘の上に額を乗せた。学生に笑われるとは、完全にペースが乱されている。

「やだよ。オレはルーシィの家に行きたいんだって。それに、奢ってもらった礼もしてねぇし」
「帰ってくれるのが何よりのお礼なんだけど」

『ファイ』の言動には穴がありすぎる。収賄容疑云々は口にしないものの、こんなに家に行きたい行きたいと言っていれば普通勘繰られるだろう。ルーシィを逃がそうと気を回しているようにも見えない。ただ単純に、バカなだけのようだ。
そういえば、ラジオでもこういう仕事は初めてだと言っていた。
ルーシィは満面の笑みで見つめてくる『ファイ』に釣られて笑顔を返しそうになり、溜め息を吐いた。

「あんたさ、誰にでもそうなわけ?」
「ん?そう、って?」

あんたの目的はあたしの容疑を固めることでしょ?容疑者に懐いてどうすんの?

喉までせりあがったが、口に蓋をして押し込めた。ルーシィは『ファイ』の目的を知らないことになっている。それに、『ファイ』にとってこの状況は懐いているとは言えないかもしれない。
ルーシィがそう思っているだけで、ただ仕事だから、側にいるのかもしれない。
考えてみればその方が有り得る話だった。

自意識過剰かしら。

ルーシィは瞼を半分だけ下ろして、長く息を吐いた。

「お前溜め息ばっかだな。幸せ逃げるって知ってるか?」
「幸せなんて溜め息吐こうが吐くまいが、逃げるときは逃げるのよ」
「荒んでんな」
「にゃー」

なぜか猫にバカにされた気がして、ソファの上で知らん顔をしている横顔を睨みつける。ルーシィの視線を追って、『ファイ』が笑った。

「お前、面白いよな」
「心底そう思っているような声音を覆して悪いけど、あたしは面白くないから」
「オレが面白いって言ってんだから面白ぇんだよ」
「…じゃあ、あんたが面白いって言っているこの状況があたしには面白くないわ」
「ん?なんかまたわけわかんねぇこと言い出したな」
「ちょっとは聞く努力をしなさいよ!今完全に途中から聞いてなかったでしょ!?」
「すげぇ!よくわかるな!」
「わー、褒められたー、って、言うとでも思った!?」
「にゃー」
「にゃーじゃないわよ、ハッピー!動物禁止!大人しくぬいぐるみのフリしてなさい!」
「おわ、猫に話しかけやがった」
「あんただって話しかけてるじゃないのよ!?」
「ハッピーは猫じゃねぇよ、仲間だ」
「……あ、そう」

平然と返したが、その実ルーシィは傷付いていた。『ファイ』――いや、ナツにとってハッピーは仲間だが、ルーシィにとっては猫だ、というのか。
自分の胸を占めた切なさに、ルーシィは首を振った。

「どうかしてるわ」
「お前がか?」

『ファイ』の軽口は的を射ていた。






懐く。


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