ギルドに入ってすぐに聞こえた大声にその出所を見やれば、そこにはどう考えても話すことの出来ない状態の、桜色の魔導士。
「何これ」
「本人に言うなよ。――悟られ薬だってよ」
こちらを見てすぐにやってきたグレイが、こそりとルーシィに耳打ちした。
『美味ぇ!』
視線の先のナツは、ファイアパスタを咀嚼しながらはっきりと言葉を発している。
いや…これは、言葉じゃない?
頭の中に直接話しかけられているみたいだ。
「えっと?」
見上げたグレイは面倒臭そうに、それでもにやりと口元を歪めた。
「魔法薬の実験でな。本当はリーダスが飲むはずだったんだが、横からあのバカが掻っ攫ってよ」
なんとなく、想像がつく。あの落ち着きの無いナツのこと、何も知らずに美味そうだなんだと奪い取ったんだろう。
ルーシィは溜め息を吐いて手を額に当てた。
「効果は見ての通り、考えたことが周りの人間に伝わるってやつだ。本人が知っちゃあ実験にならねぇから、黙ってろってよ」
グレイはちらり、とカウンターに目をやった。
濃い紫色のローブを着た見慣れない人物が、手元のファイルに何やらペンを走らせている。おそらくあれが実験の依頼主か。ハッピーはその前にちょこんと座って、報酬なのか賄賂なのか、大量に積まれた魚に手を伸ばしていた。
ルーシィはもう一度ナツに視線を戻した。貪りながらしきりに『美味ぇ!美味ぇ!』と声を響かせている。
「…ナツじゃあ、意味なさそうよね」
「本当だよな。他の連中も色々話しかけてみてたけどよ、口に出すのと同じことしか考えねぇから、もう飽きちまってたんだ」
そう言われてみればギルドにはほとんど変化が無い。時折うるさそうにナツを見るものの、それはいつものことだった。
『あ、ルーシィ』
見渡していると、自分の名前が響いた。反射的にナツを見返すと、もぐもぐと口を動かしながら、フォークを持った手を上げてくる。
「ふーびぃ!」
『ルーシィ!』
「……ぷっ」
口の中いっぱいに物を詰め込んで、ナツは声を上げた。
普通ならわからないけれど、今日なら通訳されているみたいで、ルーシィは噴き出す。
「おい、気を付けろよ」
「あ、そか。そうよね」
グレイの注意に気を引き締めて、ルーシィはナツに向かって歩き出した。
「はにはばってんふぁ?」
『何笑ってんだ?』
「いや…飲み込んでから話しなさいよ」
ナツの向かいに座りながら、不自然にならないように半眼を作った。ナツはまた皿に視線を落として食事を再開する。
そして再来する『美味ぇ!』の嵐。
ぴっ、とポークチャップのケチャップが手元に飛んで来たのを避けながら、ルーシィはウェイトレスにサンセット・ティーを注文した。きっとこれが来るまでにはナツの食事は終了しているだろう。
「ふぅ、食った食った!」
『食った食った!』
予想通り、ナツはテーブル上の皿を空にするのに3分もかからなかった。
「口の周り、付いてるわよ」
「おう!サンキュ!」
『おう!サンキュ!』
指摘してやると屈託の無い笑顔に加え、響いた声も全く同じ。
ナツには裏表が無いみたいだ。
ルーシィは嬉しくなって、口元を綻ばせた。
「何ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪ぃな」
『何ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪ぃな』
「……」
本当に裏表が無い。心底そう感じているとは。
ルーシィはナツがこんなことを言うとき、どこか本心ではないと高を括っていた節があった。それが打ち崩されて、肩が重力に引っ張られる。