「お待たせしましたぁ」
語尾が伸び気味の声が、ルーシィの前にグラスを置いていく。
それを掴んで、ルーシィは席を立った。
「ん?どこ行くんだ?」
『どこ行くんだ?』
「どこって…」
考えていなかった。視線を巡らせると、こちらを見ていたグレイと目が合う。丁度良い、この薬の効果が何時までなのか訊くことにするか。
『なんだよ、またグレイかよ』
拗ねたようなそれに思わずナツに視線を戻す。
ナツは興味無さそうにルーシィから視線を外すところだった。そのまま自分のグラスに手を持っていく。
「まぁオレには関係ねぇけど」
『行くなよ』
「え?」
初めて、響いた声とナツの声が違った。
聞き返そうと口を開くが、
「ルーシィ、ちょっとこっち来い」
グレイが焦ったように手招きした。少し迷ったが、結局オレンジの刺さったグラスをナツの前に置く。
「戻ってくるから、飲まないでよ」
「え?うん」
『戻ってくる?本当に?』
ナツの視線はルーシィの背中を追ってきている。それがひしひしと伝わってくるが、振り返ってはいけない気がして、ルーシィは少しぎくしゃくと足を運んだ。
「なに?」
「ルーシィ、少し外、出ねぇか?」
グレイは険しい表情で、ギルドの扉を指した。
「へ?えっと…」
『クソ氷!変態!露出狂!』
それはそれまでの平和そうなものとは全く異質の『声』だった。音量もさることながら、何よりその声音が酷くとげとげとしている。
仲間達が一斉にナツを見、次いで『クソ氷』ことグレイを見る。
その視線が傍らの自分に向いたと感じた瞬間、霧散した。
ん?なに?
やれやれ、といった風に肩を竦める者、興味を失ったように自分の行動に意識を戻す者。
一部はちらちらと様子を窺ってきているが、大半は――いつものことだ、というようで。
ルーシィはその反応に首を傾げた。
グレイはこめかみに青筋を立てながらも、大きく息を吐いて怒りをなんとか逃がすと、ルーシィの背を押してギルドを出ようとした。
「え?ちょ、ちょっと、グレイ?あたし飲み物、」
「そんなもん後で買ってやるから」
『何してんだ、クソ氷!露出狂だけじゃ飽き足らずセクハラまでする気かよ!』
ぶちり。
背後で聞こえた音に、溜め息が出る。
これは確かにいつものことだ。さすが妖精の尻尾の魔導士達、こうなることが予測できていたわけか。
「上等じゃねぇか、バカ炎!!」
「あぁ!?いきなり何だよ、クソ氷が!!」
『あぁ!?いきなり何だよ、クソ氷が!!』
すぐさま突っ込んできたグレイに、ナツが待ってましたとばかりに噛み付く。
始まった乱闘にやはりわかっていたように、仲間達はそそくさと場を空ける。
「あ、あたしの!」
テーブルががしゃん、とひっくり返って、夕日色が形を失くす。
「オレはてめぇの為にだな!」
「はぁあ!?お前がオレの為になるようなことするかよ!」
『はぁあ!?お前がオレの為になるようなことするかよ!』
ルーシィは頭を低くして避難しながら、響く心と声がまた同じになったことに気付いた。
さっきのアレは何だったんだろう。『行くなよ』なんて。
ナツの第六感というやつだろうか。いや、何か危険だと思ったのなら、ナツならきちんと言葉にするはずだ。実際ナツが言ったのは「関係ねぇけど」だった。「関係ねぇけど」『行くなよ』?
首を捻ってみても何も掴めそうになかった。