「おい、バカ」
「バカって言う奴がバカだ。ばーかばーか」
頬を引き攣らせたが、それだけだった。
グレイは横に座ると、持ってきたジョッキをテーブルにたん、と据えた。
「好きなんだろ?ルーシィのこと」
無造作に投げられた問いかけは予想通りのものだった。返事をせずにいると、グレイはそれこそ予想通りだとでも言う風に、言葉を重ねる。
「一回フッたんだってな。なんでだよ?」
「…わかんねぇよ」
わからない。わからないことだらけだ。なんでオレははぐらかした?なんでルーシィはもう他の奴を見てる?なんで――こうなった?
「お前は結構前から、ルーシィに惚れてるように見えてたけどな」
ジョッキの淵を指先で辿って、こちらを見ようとはしない。
視線の重圧が来ないことに助けられて、顔をファイアドリンクに向けた。揺らめく炎が、今はちっとも美味そうに見えない。
ルーシィが居ないと、何も美味くない。
唐突に胸に沸いたそれに、口を歪めた。ああ、もう。泣きそうだ。
ぎりり、と奥歯を噛む。
音が聞こえたのか、グレイがすー、と息を吸った。大きい深呼吸のようなそれに引き摺られて、呼吸を深くする。涙が引っ込んだ。
「諦めんのか?」
グレイがジョッキから手を離した。今度こそ、何も言えない。
決められない。そうした方が良いのはわかっているのに。
「…出来んのかよ?」
横に振りかけた頭を止めて、目を閉じてみた。耳がルーシィの声を勝手に拾う。「じゃああたし、今日はこれで帰るから」魔力を出来るだけ閉じてみても、ざわめきの中からそれだけを分別する。
「出来なくても、それしかねぇだろ。あいつは、もうオレのことなんて、」
低く掠れたそれを、グレイがきっぱり切り捨てた。
「だからバカだっつってんだよ」
「ぁあ?」
「そりゃあただの片思いだろうが。ルーシィが過去にお前のこと好きだったとかどうでも良いだろ。お前が今ルーシィを好きなら」
「…あ?」
素っ頓狂な声が出た。思わず口がぱかり、と開く。
グレイは片手で頬杖を突いて、面倒そうにオレを見た。
「言えばいいじゃねぇか。ぐだぐだ考えてたって、お前の頭じゃあいい考えなんざ出てこねぇよ」
「……」
随分な言われようだったが、ほとんど耳に入ってきていなかった。こういうの、なんていうんだっけか、セイテンノヘキレキ?
「おい、聞いてんのか?」
片眉を上げて、グレイが覗き込んでくる。よく映る黒い瞳が、妙にすっきりした表情のオレを映していた。
「そうだよな、どうでもいいよな」
「あん?」
イスを蹴るように立ち上がると、訝しげなグレイが揺れた。文句を言われたような気もするが、一目散にギルドの扉に向かう。と、外に1歩踏み出したところで3歩引き返した。
振り返るとグレイとカナがきょとん、とこっちを見ている。
「ありがとな!」
手を振り上げるとグレイが至極嫌そうな顔をした。