お別れ






「ん…」

朝日が眩しくて、ナツは瞼の裏で目を逸らした。しかしそれはなんの効果も持たず、結局ぼんやりとした視界に焦点を合わせる作業に没頭させられる。
ゆっくりと身体を起こすと、今まで感じたことのないほどの疲労感がべったりと子泣き爺のように圧し掛かっていた。

自分の部屋だった。

朝だから当たり前だ。そう思いつつも、違和感を覚えてナツは頭を捻った。その些細な動作さえも億劫で、一度目を閉じる。
と、

「あ」

全てを思い出して、短く悲鳴に似た声が出た。
グレイが戻ってきて。ルーシィは助かったんだろうか。どうして自分は部屋で寝ている?

「ハッピー?」

しん、とした部屋には自分以外の気配がない。急に独りになった気がして、ナツは慌ててベッドから下りた。
着替えて首に巻いたマフラーは、なんだか冷えて感じた。




ハッピーはどこに行ったのか、姿が見当たらなかった。気になることはたくさんあるが、きっと学校から帰ったらひょっこりベッドに居座っているだろう。
ナツはあまり心配せず、カバンを持ってリサーナの家に行った。以前は当たり前だった誰もいない自分の家に、少しだけ人恋しい気持ちだった。

「どうしたの、今朝は随分早いのね」

トーストを齧りながら、ナツは曖昧に返事を返した。
まだ動き辛い身体を緩慢に動かしてオレンジジュースを口に流し込みながら、代わりにと言わんばかりに考える脳に目を閉じる。
問題のグレイが戻ってきたのだから、ルーシィは魔法界に帰ったはずだ。学校に行ったら急に転校したとかなんとかお約束の展開が待っているんだろう。
グレイはいきなり殴ってくるしなんとなくウザい奴だったが、瞳が強くて信用できると思えた。パンツ一枚だったのが気にかかるが、ルーシィが手放しで褒めるくらいなのだから大丈夫だろう。きっと、幸せになってくれる。

もう、いねぇんだよな。

ルーシィには何一つ伝えられなかった。謝罪も想いも。前者はともかく後者は伝えるつもりはなかったが、それでもナツの胸にもやもやと渦を巻いていた。
計画通りのはずだ。ルーシィは居なくなって、ナツは好きでいられなくなった。しかし、考えていた以上の痛みが、ナツを引き裂くようで――。
瞼を上げると、向かいに座ったリサーナと目が合った。
見透かすようなその青い瞳を、何故か久しぶりに真正面から見たような気がした。

向き合えて、いなかったのかもしれない。

リサーナの瞳に自分の罪悪感が映り込んで、ナツは小さく呻いた。


朝食もそこそこにリサーナを引っ張り出すと、まだ通学する生徒の少ない通りを歩きながら、ナツは息を吸い込んだ。拳に握りこんだ手が汗をかいている。
きちんと、しなければならない。ルーシィはいないけれど――もう諦めると決めたけれど、やっぱりこんな気持ちのまま、この関係は続けられない。

「別れようぜ」

突然の言葉にも、リサーナは目を軽く見開いただけだった。躊躇いもなく、返事が戻ってくる。

「うん」
「…え、それだけ?」

拍子抜けして、ナツは聞き返した。リサーナはこくり、と頷いて、

「うん。私、ナツがそう言い出すの、待ってた」
「待ってた…って、なんで?」
「…なんでだっけ…。あ、ナツ?」
「んあ?」
「口閉じて」
「ん?」

バチン!

思い切りよく振り抜かれた張り手が、ナツの左頬を打った。目が白黒したが、リサーナにはその資格がある、と思う。

「悪ぃ」
「本当にね。どうして、OKしたの?」

リサーナの声は無機質だった。ナツは胸が締め付けられるような痛みを感じて呻く。

「受け止めるべきだと思ったんだよ。好きになれると思ったし」
「で、なれなかった?」
「…悪ぃ」
「いいよ、謝らなくても。好きな子、居るんでしょ?」

くす、と自嘲気味に笑って、リサーナはナツを見上げた。
気付かれていたことに苦々しい気持ちで、一度目を閉じる。
それが返答になったようだった。

「私をフるくらいなんだから…ちゃんと告白しなよ?」
「…いや、オレは伝えねぇよ」

ナツの言葉に、リサーナが今日初めて眉を吊り上げた。

「何言ってるの?」
「オレはあいつを応援したいんだ。幸せになって欲しい。だから、言うつもりはねぇよ」
「なんで簡単に諦めるの?そんなの、引き摺るだけだよ。この先ずっと、恋なんか出来ないよ?」
「忘れんだろ、その内」

自分で言っておきながら、ナツはそんなことは未来永劫無い気がしていた。恋というのはそういうものなのかもしれないが。

「じゃあどうして別れるなんて言い出したの?忘れたいんなら、」
「忘れるのにお前を利用するのは嫌だ」

リサーナは言葉を飲み込んで、口をゆっくりと閉じた。進行方向を見据えて、ぶつかりそうになったサラリーマンを小さな仕草で避ける。

「…大切に思われてるってことにしておくね」

説得が不可能だと悟ったか、リサーナは溜め息まじりにそう呟いた。

「お前、ルーシィに余計なこと言うなよ」

この分じゃ、リサーナは相手がルーシィであることもわかっているのだろう。もし万が一学校にまだルーシィが居たとしたら、余計な気を回すかもしれない。
一応釘を刺すと、リサーナは予想外のセリフを吐いた。

「ルーシィって誰?」






急に場面が変わって申し訳ない。基本ナツ視点の物語なもんで。


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