氷姫






何もない空間に、ぼんやりと人影が見える。触れられない距離のそれが、何故かナツにはルーシィだとわかった。

『何やってんの』
――お前こそ、何やってんだよ。
『無茶ばっかり』
――してねぇよ。
『なんでも一人で背負おうとしないでよ』
――そりゃお前のことだろ。
『起きて』
――起きてるだろうが。
『ここまで、来てよ』

人影が揺れて遠ざかる。ナツはそれに手を伸ばして、捕まえられずに空振りした。

『早く』

折角、会えたのに。折角、会話できたのに。
ナツは諦めきれず、人影の消えた方向に踏み出した。




「ナツ!ナツ!?」
「んあ…?」

目を開けると、青い猫がぼろぼろと泣きながらナツを覗き込んでいた。肩越しに氷の壁が聳え立っている。
横たわった身体を起こして、ナツは首を振った。酷い倦怠感が、動作の一々に付きまとっている。

「ルーシィは?」
「寝ぼけてるの…?ナツ、今心臓止まってたよ…」

しゃくり上げる猫は冗談を言っているようには見えない。
ナツは眉根を寄せて、氷の壁を見上げた。
溶かした氷が、また厚みを戻しつつある。
これじゃ駄目だ。何回やっても同じことだ。

「オレ、何分くらい寝てた?」
「5分くらいだと、思う…」

えぐえぐと流れる涙を手で拭って、ハッピーが答えた。なかなか止まりそうにないそれに頭をぽん、と撫でてやると、ばっ、と顔を上げ、掠れた叫び声を上げた。

「もう止めてよ、ナツ!今度こそ死んじゃうよ!」

必死に訴えるハッピーにも、黙って立ち上がる。
くらりと頭が揺れた。魔力の使いすぎ。脳内に点滅するその言葉に、ナツはちっ、と舌打ちする。
純粋な魔力量で正面から勝負しても無理だ。
しかし時間は残り少ない。早くしないと、24時に間に合わない。
ナツは再び拳に炎を巻き付かせると、今度は出来るだけ狭い範囲に火力を集中させた。
ハッピーがまた足に纏わり付いてきたが、その感覚が遠くなるほど、意識を炎のコントロールに注いでいく。
心に紡がれるのは、ルーシィの言葉。

『なんでも一人で背負おうとしないでよ』

そうだよな。何も一人で溶かそうとしなくても良いんだ。
身体の中を巡る乱暴な魔力を、拳の触れている箇所にだけ集める。溶けた氷が、ナツに肌色を見せてくれた。
針の穴を通すような集中力を緩めて、ナツは氷の中を睨みつける。

「こんの、クソ氷野郎!」
「な、ナツ…?」

いきなり氷に向かって叫んだナツに、ハッピーが戸惑いの声を投げた。
黙って助けてもらおうなんて、お前はお姫さまかっての。

「自分の魔力だろうが、自分でなんとかしやがれ!!」






まじかるグレイはお姫様。


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