「ナツ、良いこと教えてあげる」
ルーシィが手洗いに立った隙に、ミラが悪戯っぽく笑って、ナツに向かって人差し指を立てた。
ナツはそれを目で追って、
「なんか怖ぇからいい」
「あら、良いの?ルーシィに関することなんだけどなぁ」
「!?」
言いながら仕事に戻ろうとしたミラの腕を、慌てて掴んで引き止めた。ミラがわかっていたように、くすり、と笑う。
「ナツ、面白いわね」
「うっせ」
頬は赤くなっている。
ルーシィのことなら別だった。
ルーシィに好きな奴はいないんだから、グレイのことだって好きではないはずだ。付き合ってないのなら、自分が割り込んだとしても問題は無い。
ルーシィを好きだと気付いてから、ナツの行動はルーシィに向かっていた。世界が色付いて見えて、面白い。視界に居るだけで、気分が楽しくなるのが気に入っていた。
さっき、ルーシィ本人には「朝から人の顔をじろじろ見てにやにやしてんじゃないわよ」と怒られたばかりだが。
「あのね、ルーシィの、」
声を潜めて告げられた「良いこと」に、ナツは居ても立ってもいられずに椅子から立ち上がった。
「ただいま」
執筆作業中だったルーシィは、背中から聞こえた声を一瞬無視しようかどうしようか考えて、結局振り返った。
「おかえり。何しに来たの」
今日ナツはハッピーさえもギルドに留守番させて、行き先も言わずに出かけて行った。ルーシィは何も言わなかったナツに不機嫌に応対する。
「…紅茶を飲みに?」
「嘘吐くな!」
「なぁ、ルーシィ。明日仕事行こうぜ」
「え?」
「グレイとリサーナには話付けてある。オレさ、ルーシィが良い」
真っ直ぐに照れもせず、ナツは言い切った。
ルーシィは天然に振り回される自分を自覚しながらも、赤くなる頬を止められない。
一度は諦めることを決意したはずなのに。自分の気持ちを知ってしまってから、それは加速するばかりだった。
「なに、言って」
ルーシィは顔を隠すように視線を下に向けた。その揺れる茶色の髪飾りを、躊躇い無く近寄ってきたナツがするり、と外す。
「何す…っ!?」
ぼっ。
突然の行動に驚いてルーシィが顔を上げると、それはナツの手の上で、一瞬にして炎上した。――グレイが買ってくれた、茶のシュシュ。
「ちょ、ちょっと!?何してんの!?」
「グレイからもらったモンなんかしてんじゃねぇよ。露出狂が移るぞ。って、もう遅いか」
「移らないわよ!そしてあたしのどこが露出狂なのよ!?」
灰も残らず、まさに跡形も無い。ルーシィが呆気にとられてその手を見つめると、ナツは反対の手をポケットに突っ込んだ。
「これ」
しゅるり、と青いリボンを掴んで差し出してきた。
思わずルーシィは椅子から立ち上がって、それを凝視する。
それは、ルーシィが以前していた物と同じだった。家出した日に、実家からそう遠くない街で買った、青のリボン。ここからだと、列車を何回も乗り継がなければならないはずだ。
「失くしたんだってな。ミラに聞いた」
違う。本当は、ナツがリサーナに青いハンカチをプレゼントしたのを見て、青い色が切なくなって着けなくなっただけだった。
「初めて会ったときも、この色だったよな。お前、青いの一番似合ってんよ」
そう言って子供のように笑うナツが、眩しくて嬉しくて。
ああ、駄目だ。好きだ。
叫んだ心に呼応して、ルーシィの頬を涙が流れる。
「な、なんで泣くっ!?」
リボンを手にしたまま、ナツが慌ててルーシィの肩に手を置いた。
好き。ナツが。このバカが。女心なんて全くわからない、この天然が。
どうせ無意識なのに。そこに何もないのに。プレゼントなんてくれたって、ナツにはなんのつもりもないに違いない。リサーナのことだって、振ったのだから。
ぽろぽろと泣きながら、ずっと見ない振りをし続けてきた恋心の形を探る。
いつの間にこんなに大きくなってた?これじゃあ、言わなきゃならない。伝えなきゃならない。じゃないと、あたしが壊れてしまう。
「ナツ、あたし、」
一瞬で、視界がナツの肩越しになった。きゅ、と音が鳴るほどに、体がナツに絡め取られる。首筋に埋められた頭が、ルーシィの髪と混じった。
「え?な、ナツ?」
「泣くなよ」
懇願するような優しい声音に、涙が引っ込むどころか、更に溢れ出す。ナツにもそれがわかったんだろう。腕に力が込められた。耳元に、唇が寄せられる。
「好きだ」
零れるように告げられたそれに、ルーシィの頭は麻酔を打ったように緩慢になる。
「オレ…お前が好きだ。ルーシィが、好きだ」
何かを考える前に、手が勝手にナツの背中に回った。
ナツの高めの体温が、ルーシィの肌にじわりと熱を移す。涙は、どこに忘れてきたのか。
「…好き」
「へ?」
ナツがすっとんきょうな声を上げて、体を離した。
ルーシィはきょとん、とナツの瞳を見る。
まさか、また天然とか無意識とか、違う意味とか?瞬時に青褪めたが、ナツの言葉は迷いなく放たれた。
「お前、好きな奴いないって言わなかったか?」
「……い、言ったけどっ、ほ、本人に言えるわけないでしょ、バカっ」
小さく、わかりなさいよ、だの、鈍感、だの。顔を真っ赤にしてもごもご言うルーシィに、ナツは胸がいっぱいになる。
「る、ルーシィ、さん?」
「へ?な、なによ、気持ち悪いわね」
ルーシィに負けないくらい顔を赤くして、ナツは必死に言葉を告げる。
「き、キス、しても、いいですか」
「!」
かあぁ、と首まで真っ赤になったルーシィが、目を泳がせてから、ナツのマフラーを掴む。
ぐい、と引っ張られて、ルーシィの瞳が近付いた。
「ん」
きゅ、と瞼が下ろされる。
ナツはそれを見て固まった。ごくり、喉が鳴る。
え、これって。いいのか?いいんだよな?
恐る恐る肩に手を置いて、ルーシィのピンク色の唇を目掛けて近付いた。
ばたん!
「ルーシィ!」
窓の開く音にばばっと高速で離れて、声の主を見る。
「は、ハッピー?」
「ミラがね、ルーシィに、これあげるって」
ルーシィに渡された物は小さな紅茶葉の箱と、焼き菓子。
「急いで!って言われて全速力で来たんだ。何かあったの?て、あれ、ナツも帰ってたの?」
「えっと…」
ナツはルーシィをちらり、と見ると、目が合って。
二人、ぼっ、と湯気を出す。
「…どうしたの?」
ハッピーが訝しがるものの、茹だった二人は声も出せず、お互いに目を逸らせた。
床に落ちたリボンがルーシィの目に入る。それを手早く髪に巻きつけてキッチンに向かう途中、すれ違うナツの顔をちら、と見た。
「!」
真っ赤なそれが愛おしくて。
ルーシィはナツにだけ見えるように、満面の笑みを浮かべてみせた。