「なんであのタイミングで入ってくんだよ…」
お腹がいっぱいになってテーブルの上にひっくり返って眠るハッピーを指で突いて、ナツがぐったりと声を投げた。
ルーシィは頬を染めて、夢じゃなかったとこっそり安堵する。
「なんか最近、ミラさんの名前をよく聞くような気がするわ。ギルドでも、仕事先でも、お使い先でも」
「お前もか?あいつ顔広いからなぁ」
からからと笑うナツを見て、なんとなく寒気が走る。
ルーシィは首を傾げて、ミラさんの笑顔を思い浮かべた。
アップルティーが、フルーティな香りを撒き散らしている。
「なぁ」
ナツが真剣な顔で、ルーシィを見ていた。
どきり、と胸が音を立てる。ハッピーが来る前に、部屋の空気が戻ったようだ。
「え、あ、ちょ、ちょっと待って」
「無理」
テーブルの上の手を押さえて、ナツがルーシィとの距離を詰める。
「ちょ、待って、ねぇ」
「ルーシィ」
額がぶつかるほどの距離で、ナツがルーシィの肩に手を置いた。
観念して、顔を真っ赤にしたルーシィが目を閉じる。
ナツは自分も目を閉じて、今度こそ、その柔らかな唇に――。
こつり。
額が合わさった。
「………ナツ?」
いつまで経ってもやってこない唇の感触に業を煮やして、ルーシィが目を開けると、至近距離で目を閉じているナツが映った。
「え、ちょっと?」
するり、とナツから力が抜け、椅子に座ったルーシィの膝に、頭が崩れ落ちる。
上下する背中を呆然と見て、ルーシィはなんとなく嫌な予感がして紅茶の箱を持ち上げた。箱の下には、ミラ直筆の文字が書いてある。
「『男性用睡眠薬入り☆これでナツを落としちゃえ!』……」
応援しているのか邪魔しているのか。いや、これは面白がっているだけなのか?…まさかあのハッピーのタイミングも?
とりあえず敵はミラさんだな。
ルーシィは認識しつつも、あの笑顔に立ち向かう勇気など持ち合わせていない自分に嘆息した。