ミラ姉はあんなこと言ったけど。もしナツに何か心配事があるんなら、相談して欲しいし力になってあげたい。
リサーナはナツを散歩に誘って、ギルド裏の湖までやってきた。
ナツは平らな石を拾って、湖に向かって思い切り投げる。4、5段は跳ねるはずのそれは、2段水面を切って沈んだ。思い通りにならない。石さえも。
「ねぇ、ナツ」
「なんだ?」
リサーナが振り返ったナツの視界の真ん中で、綺麗に笑う。
「今日、ナツの家に行っちゃだめ?」
「え。いや、だめじゃねぇけど」
「じゃぁ決定!」
ぱちん、と両手を胸の前で叩くリサーナを見た瞬間、ルーシィの言葉がよみがえる。
『恋人でもないのに、異性の部屋に入るもんじゃないのよ』
「やっぱだめだ」
「え?」
「恋人でもないのに、男の部屋に入るもんじゃねぇ」
「…え。あ。う、うん、そうだ、ね」
何?ナツがこんなこと言うなんて。恋人でもないのに、って私はそうなってもいいのに。もしかして、私のことそういう対象として意識してくれてるってこと?他の人とは違うってこと?
ポジティブに考えようとするが、どうしても違和感が拭えない。
不安に押しつぶされそうになって、リサーナはナツに助けを求める。
「私、は。恋人になってもいいよ」
「…!」
「なんて、ね。冗談よ」
いつものように引いた瞬間、見てしまった。
ナツの表情。照れてなんて、ない。
――いつから?
「リサー…」
「ねぇ、ナツ?」
声が震える。リサーナは言ってはいけないと感じつつも言葉にする。お願い、否定して。
「私、ナツのお嫁さんに、なれないの、かな」
ナツの顔色が変わる。
やめてよ。反射的に目を逸らした。
恋人だと思ってた。決め手なんてなくても、言葉なんてなくても、大事に思ってくれてることくらい、痛いほど感じてた。でも、これは、仲間に対するもの?弄ぶ、なんてナツの中にあるわけない。じゃあ、私が勝手に勘違いしてた?
「リ、サーナ」
「……」
「オレ…確かに前はお前と、そうなるもんだと思ってた」
過去、形。
ナツは真剣な瞳で、リサーナを映す。その真摯さが、リサーナをより惨めにさせることを、ナツはわかっているのだろうか。
「お前のこと、好きだったのかもしれない」
「……」
「でも…今は、そんな風には思えねぇよ」
「なに…それ。だったら戻ってこなきゃ良かった。ずっと!死んだと思われていたら良かった!」
「リサーナ!違う!」
走り去ろうとするリサーナの腕を、ナツが掴んだ。その力は強かったが引き止めるというよりは縋り付くようで。
リサーナは前を向いたまま、眦から溢れる涙を拭うことすら出来ずに体を震わせる。
「離して」
「聞けよ、リサーナ」
「ナツ…、変わっちゃったね。もし私がいなくならなかったら…まだ好きでいてくれたのかな」
「変わんねぇよ。オレは、お前がいなくならなくても」
「じゃあ私が…どこか変わっちゃったの?私は、ナツを、ナツだけを、ずっと好きなのにっ」
ああ、言っちゃった。今まで明言を避けてきた、私の、気持ち。
言い出せなかった想いをこんな形で告げるなんて。いつかナツから言ってくれるのを、それだけをずっと、ずっと待っていたのに。
「そうじゃねぇよ」
「じゃあなんでっ」
「リサーナ」
声が強みを増して、リサーナを黙らせる。泣き叫びたい気持ちをぐっとこらえて、唇を噛み締めた。
「お前がずっとアースランドに居たとしても、オレの気持ちはきっと今と変わんねぇよ」
自信に満ちたその声に、リサーナは涙に濡れた顔をナツに向けた。
責めるような視線を受けて、ナツはそれでもリサーナの瞳を見つめ返してくる。