運河の脇を通って家に着く。
階段に向かって一歩進んで、ナツにお礼を言おうと振り返ると何故か姿が見えなかった。

「あ、あれ?」

忽然と消えた一人と一匹をきょろきょろと探していると

「何やってんだ?早く入れよ」

頭上から声がして振り仰ぐと、ナツが窓から不思議そうに顔を出していた。

「何やってんの、はこっちの台詞よっ!!」

慌てて階段を上がり家に入ると、ナツはソファに身を沈めていた。ハッピーはベッドに寝ている。

(やっぱり違うわ、好きなんかじゃないっ!)
「お、これうめぇな」

どっから引っ張りだしてきたのか、袋菓子をがさがさと食べ漁る彼に目眩がした。

「帰れ!」
「あんだよ、不安だろうから泊まってってやるって」
「とっ…泊めれるわけないでしょ!男なんて!」
「前は泊まったぞ」
「へ?え、ほ、本当に?」
「おー(エルザとグレイも一緒だったけど)」

随分と信頼していたらしい。

(まぁ今日一日で、ナツをそういう面で警戒することがどんなに無意味かってことはわかったけど)

しかし家に勝手に入ってくるわ、泊まっていくわ…これではまるで…。

「…ねぇ、あたしとナツってどういう関係だったの?」

記憶を無くした状態で、こういうことを聞くのは『あたし』にフェアじゃないような気がした。
それでも、記憶が無いからこそ聞けることだと思えば、舌を止める気にはなれなかった。

「?チームの仲間だろ?」
「本当に、それだけ?」

ナツは食い下がるあたしをまっすぐに見て、

「そんなの――」

声が小さくて、何を言ったのか聞き取れなかった。

「え?なに?」
「っ!?」

ナツがぱっと右手で口を押さえて目を丸くする。まるで自分の発言に驚いたように――

「ナツ?」
「っ、なんでもねぇよ」

ナツが視線をベッドに向ける。
いつの間にかハッピーが起き出してこちらを見ていた。
手を口元に当ててくふ、と笑うハッピーが何かを言う前に、ナツが半眼になった。

「巻き舌風に言うなよ、ハッピー」
「あっ!ナツひどいよ、オイラのアイデンティティをー!」
「巻き舌?アイデンティティ?」
「〜〜、なんでもねぇ!」

ナツはまた菓子に視線を戻した。

「あ、いいな、ナツ!オイラにもちょうだい」
「おう!ルーシィなんか飲みもんくれ」
「ちょ、ちょっとあんまり汚さないでよ!?」

言っても聞かなそうだとは思ったが、一応釘を刺して分かりやすい位置にあった紅茶を用意する。

(なんて、言ったんだろ)

話はいつの間にかごまかされて、今更聞き直すことなどできそうにない。

(そんなの――どうでもいい?聞かなくてもわかるだろ?決まってるじゃないか?)

言った後のあの反応――ちょっと赤くなったような…。
火にかけたヤカンの音に思考が遮られて、それ以上は諦める。
リビングに戻ると、予想通り、それはそれは楽しそうにテーブルの上をめちゃくちゃにしてくれていた。

「ルーシィ、なんか一発芸してくれよ」
「何その無茶振り!?…ねぇ、あたしお風呂入りたいんだけど」
「おう、一緒に入るか?」
「はぁあ!?え、え、まさか、それもいつものことだったり!?」
「あい!」

無邪気に手をあげるハッピーに思わず叫ぶ。

「嘘ー!?」
「おー、嘘だ」
「殴るわよ!!」

がごんっ!

「ぶほっ」
「ルーシィ、それ蹴りだよ」

しれっと言ったナツに自分でも驚くほどの速さで足が出た。
足を戻しつつ、自分の発言もフォローする。

「こ、これから殴るのよ!」
「おい…、それは悪逆非道だぞ」
「血も涙もないです」

頬を押さえて呆然と言葉を返してくる。

(そういえば猫って怒られると、こういう自分は悪くないのにどうして怒るの、って顔するわよね)

なんとなく罪悪感を感じつつ、思い直して声を上げた。

「うるさいわね!だいたい、あたしが真に受けてたらどうするつもりだったのよ!?」
「え、オレヤダよ。ルーシィと風呂なんて」
「狭そうだよね」
「あんたたちも記憶喪失にしてやろうか?」

にっこり笑って目覚まし時計を構えてやれば、

「そんな蝋人形にしてやろうか、みたいに」
「なに?」
「「すみませんでした」」

こちらの本気に気付いたのか、二人は顔を青褪めさせて平伏した。






秘技ハッピー封じ


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