しかしそう簡単にはいかなかった。
「おい、追ってきたぞ!」
「ううっ」
男の一人が苦しそうな顔で振り返った。接着魔法の使い手ではない方だ。
「お前の魔法じゃどうしようもねえだろ!走れ!」
「じゃあお前がなんとかしろよ!」
制した男に噛み付きながら、両手を前に出して何やら魔力を込める。
その瞬間、ハッピーは羽ばたきをやめた。
「わっ?」
当たり前だが、落ちる。慌ててホバリングを再開して、急降下した視界を立て直した。冷や汗を拭う。
感じたのだ。強制的にリラックスさせられるような、ふわりと柔らかい魔力を――
「ぐっ!?」
ぴたりと、エルザの足が止まった。
「こ、これは……」
「エルザ!?」
どうしたことか。妖精女王の背中は、あろうことか、震えているようにさえ見えた。
「おい、どうした!?」
「エルザ!」
焦るナツ達の声を聞きながら、ハッピーは少しだけ位置を変えた。この時には予想できていた。
やはり、ある。
エルザの目の前に。
「ケーキだ……」
遠目ではあるが白くて赤いイチゴが乗っているのがわかる。スタンダードなショートケーキだった。それを、エルザは片手で掬い上げるようにして持っている。
「ホントにお菓子が出て来るんだ」
依頼主が言っていた通りだ、とハッピーはヒゲを揺らした。逃げた男達は屋敷の警護人と専属パティシエ。詳しくは聞いていなかったが、この感じだと菓子魔法とやらは造形魔法の一種なのだろう。
「あれ?」
攻撃(のつもりだろう)を仕掛けた男が、ケーキに目を奪われたエルザを見て首を傾げた。
「止まった……?なんで?」
「なんかわからんがでかした!逃げるぞ!」
びっ、と小気味よく親指を立てて、接着男が笑顔を見せる。
エルザはまだ動かない。
「これは……スポンジとクリームの比がなんと美しい」
「はああ!?何言ってんだよ、行っちまうぞ!」
うっとりと呟くエルザには周りの音が耳に入っていないかのようだった。ケーキだけを見つめ、とろりとした目を細めている。
「ちょ、ねえ、エルザ!?」
「はっ、あ……ルーシィ。すまない、今追う……が、私は、いや、このケーキが……」
「なんで錯乱してるの!?」
仕事がうまくいった後など、エルザが幸せそうにケーキを頬張る姿を、ハッピーは何度か目撃したことがある。しかも先ほど感じた魔力――甘いものに対する、魔法ではない魔力も上乗せして――きっと好物とするエルザには効果覿面なのだろう。
ナツが苛立ったように叫んだ。
「そんなモン捨てて行けよ!」
「ぐぬ……」
「じゃあ食いたきゃさっさと食えよ!」
「このケーキをさっさと、だと!?バカを言うな、勿体無いだろう!」
「メンドクセェェエ!」
「諦めろ、もうダメだ」
グレイが重い溜息を吐いた。