さよならは言わない





ルーシィの部屋から帰宅して、寝る準備を整えて。ハッピーがソファの上の相棒を見やると、彼は小難しい顔をして胡坐をかいていた。

「ナツ?」
「例えば、の話だ」
「あい?」

ハッピーは首を傾げた。
今夜はもう寝るだけ。本能のままに生きているナツならば、もう片足を夢の中に突っ込んでいて良いはずだった。実際、いつもはハッピーよりも先に床に就いている。

「どうかしたの?」
「例えば、の話だ」
「……あい」

繰り返すナツの横に、ハッピーはぽすんと座った。ナツが仮の話などするのは珍しい。どうしてもしなければならないとしたら、かなり重要度が高いことなのだろう。
緊張が耳の先端に走る。しかし彼が口にしたことに、ハッピーは全身の力を抜いた。

「オレがルーシィに惚れてたとする」
「オイラ例え話じゃないと思うな」
「た、例えばだっつってんだろ!」

ナツの顔は赤い。睨んでいるつもりだろうがただ気持ちを露わにするだけの微笑ましい様子に、ハッピーは「わかったわかった」と両手を上げた。

「じゃあ、例えば、ナツがルーシィを好きだとして、それがどうかしたの?」

彼はむぅ、と口を尖らせた。

「ルーシィが嫁に来るだろ」

あまりにも簡単に告げられたそれに、ハッピーは目を瞬かせた。

「凄い自信」
「ルーシィがオレ以外の嫁になるわけねえだろ!」
「あれ、例えばの話じゃなかったっけ」
「たっ、例えば、だよ」

ナツは今にも火を吹きそうな顔で、居心地悪そうに肩を揺らした。それに一瞬目を閉じて、二人が幸せそうに寄り添う姿を想像してみる。

「今とあんまり変わらないような気がする」
「へ?」
「あ、ううん。こっちの話。で?」

先を促すと、ナツはもごもごと口を動かした。

「で……そうなったら、お前、さ」

それだけで、言いたいことがわかった。

血の気が失せる。重くなった尻尾がぱたりとソファに落ちた。

家の中が、暗く見える。

ナツは言いにくそうに眉を下げた。

「その、このまま一緒ってわけに、いかねえだろ」
「そうだね」

ハッピーは出来る限り平気な顔をしてみせた。ごねれば彼は自分を優先してくれるかもしれない。しかしハッピーは相棒がどれだけ彼女のことを好きか、わかっている。

「良いよ、オイラだって独り立ちできるんだ」
「そっか」

ナツはほっとしたような顔をした。

「悪いな」
「ううん」

俯く。寂しさが込み上げて、鼻が痛い。

そっか。ナツが結婚したら、オイラ、出ていかなきゃならないんだ――。






いつまでも一緒ではいられない。


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