ナツにもそのように報告しようと目を向けると、酒場の真ん中で暴れまわっているのが見えた。
「えと…」
半ば呆然とその様子を見ていると、カウンターでミラがくすくす笑うのが聞こえた。
「座って、ルーシィ。いつものジュース、出すわね」
「あ、ありがとうございます…ミラさん」
「オイラ魚ー」
「はいはい」
先ほどまで取り囲んでいた観客達は皆生きることに必死のようだ。
「酒場、壊れちゃうんじゃない?」
「直すのも早いから、大丈夫」
呑気な猫にソウデスカ、と返すと、ミラが戻ってきた。手にはオレンジジュースと魚と、
「サンドウィッチ?」
「記憶喪失なんて時に、朝ごはんなんて悠長に食べてこないでしょ?」
ウインク。
言われてみればお腹が空いていた。優しさと気遣いに、涙が出そうになる。
「ありがとうございます」
「ふふ、でもナツもハッピーも落ち着いてるから、ルーシィがそんなことになってるなんて気付かなかったわ」
「ルーシィはルーシィだからね」
「どういう意味よ?」
「記憶が無くってもルーシィがいなくなるわけじゃないし、思い出はオイラ達が覚えてるんだからいいってこと!」
「…!」
てっきり、また何かからかわれるのかと思った。不意打ちに、今度こそ目頭が熱くなる。
「それに、同じネタでまた遊べるしね」
「…あ、ん、た、ねぇえええ」
「あ、ナツが戻ってきたわよ」
さんざん暴れた後マスターに巨大チョップをくらったナツだったが、ダメージを受けた様子はなかった。
「ちぇ、暴れたりねぇなぁ」
「あんた本当に人間なの?」
「ナツはバカだから痛みを感じないんです、あい」
「ぅおい、ハッピー!?」
やりとりに噴出しつつ、隣に座ったナツを見やる。
「あたし達、チーム組んでたって聞いたんだけど」
「おう、エルザとグレイもな」
「今日、仕事だったんでしょ?…ごめんね、ナツまで…」
「あー、いいって!仕事行ってもルーシィいなきゃつまんねぇしな」
「な…何言ってんの…」
さらりとした返答にぎょっとして赤くなったが、ナツを見る限り他意は無さそうだ。
「て…天然?」
「?何が?」
きょとんとした表情に、自分はそうとう振り回されていたんだろうと確信した。
「なぁ、もう一回頭打ったら記憶戻んねぇかな」
「そんな都合良くいかないでしょ!それに治療方針は明日ポーリュシカさんに相談してからってマスターに言われたの!」
「ちぇ」
結局夜までギルドで過ごし、たくさんの人と話したが、どれもピンとこなかった。
「そろそろ帰ろうぜ、ルーシィ」
進展のない様子にナツが眠そうに言う。ハッピーはすでにカウンター上で寝入っていた。
「そうね…て、帰り道くらいわかるわよ?」
暗に一人で帰れると示すと、ミラから
「もう暗いし、送ってもらったらどう?星霊も呼び出せないんでしょう?」
「あー、いつもプルーと帰ってたもんな」
「(プルー?)そっかぁ…じゃあお願い」
「おー」
「じゃあ気をつけてね。記憶のことは焦らないで、気楽にね」
「ありがとうございます」
ミラに手を振ってギルドを出ると、すっかり日の落ちた通りの空に星が瞬いていた。
ナツはハッピーを背中に担いだまま、首の骨をぽきり、と鳴らした。
街の灯りがナツの足元に歪な影を作っている。
「今日は本当にありがとう。妖精の尻尾って皆優しくて…暖かいね」
「だろ!妖精の尻尾はオレたちの誇りだからな!」
ニカッと無邪気に笑うナツに、こっちも嬉しくなって笑い返した。と、また急に顔を近付けてくる。
「な、何よ?」
目を覗き込まれてうろたえた。
「ん、大丈夫そうだな。今朝は泣きそうな目してたから」
勝手気ままで自由なくせに、どうしてそういうことに気付くんだろう。
天然の上にそんな一面まで見せられたら。
『いつも鍵かかってねぇな』
『窓から入るなって言っておきながら、オイラ達の為に開けておいてくれてたんだね』
(好き、なのかな。…ううん、あたしは今記憶が無くってきっと精神的に弱っているから…)
「てか、いちいち近付き過ぎ!」
赤い顔で怒ることにどれ程の説得力があるのかはわからないが、ごまかすには十分だったようだ。
「お、やかましいいつものルーシィだ。魔法が使えねぇのは困るけど、それ以外はこのままでも問題ねぇなぁ」
「大有りよっ!てか、やかましいって何!?」