頬が崩れる。思わず両手で押さえると、土を掘り返すようなボコ、という音がした。
グレイは地面に顔が埋まっていたらしい。プルプルと土を振り払う。
「てめえ、ナツ!人をぶん投げやがって!」
「あ?危ねえと思って引っ張り上げてやったんだろうが」
魔水晶が効力を失った直後に聞こえたのは、やはりナツの声だったらしい。感謝を述べようとは思うがグレイの不遇に笑いがこみ上げて、ルーシィは軽く俯いた。
そこで、ようやく気付く。
「な」
服がない。
挙句にナツの右手が、正面から正々堂々と言わんばかりに胸を鷲掴みにしていた。
「いっ、いやあああ!」
「おっと」
ナツの頬を目掛けた拳は憎らしくも発達した反射神経によって避けられた。悔しいだけでなく理不尽だと思う。
手が離れてくれたことだけはホッとして、ルーシィは彼に背中を向けた。幸い、とは言っても十分不幸ではあるが、下は履いている。
「なんでこうなったの!?」
「ルーシィを掴んだらそのままでかくなったんだよ。あ、乳のことじゃねえよ?乳はでかくなったんじゃなくて元々でかいし」
「そうじゃない!服!」
「あの服はミニチュアの家のクローゼットから出した物だからな。サイズが合わなくて破けたのだろう」
そう言うエルザはしっかり鎧を着込んでいる。いつ換装したのかも知れない彼女は、被害を受けた様子もなく平然としていた。
グレイとハッピーが「オレの服もか」「グレイ着替えてないよね」とバカらしい会話をしているのは無視して――いなかったとしても――ルーシィは肩を落とした。
「もう踏んだり蹴ったりだわ」
「なあ前から思ってたんだけどそれおかしくねえ?踏まれたり蹴られたりだよな」
「うわあん、殴りたいー!今度は避けるんじゃないわよ――あ、避けて!てか退けて!」
「どっちだ?」
「アンタが敷いてるそのタオルを返せ!」
片手のためテーブルクロス引きのようにはうまくいかなかったが、ナツはころりと転がった。彼が下敷きにしていたエルザのタオルを、素早く身体に巻き付ける。
「お前それで帰るのか?」
「まさか。バルゴに服持ってきてもらうわよ」
「じゃあ今それ要らねえだろ」
「要るに決まってんでしょ!」
「別に裸でも気になんねえのに。グレイだって脱いでんだし」
「一緒にするな!」
ナツが本気で言っているわけではないことは、楽しむような表情から見て取れた。加えて、
「やっぱこれでこそルーシィだ」と口角を上げる。
耳のあたりがかあっと熱を持った。エルザの言っていた『何よりナツが嬉しそうだからな』がリフレインしてしまう。
ナツは満足げにもう一度笑って立ち上がった。
「あー、結局オレだけあんまり家に入れなかったな」
「良い家だったわよ」
「どんなとこ?」
内装も質が良さそうに見えたし、作りも丁寧に思えた。しかし具体的にどこ、と訊かれると咄嗟には出てこない。
言葉に詰まったルーシィに代わって、グレイが肩を竦めた。
「あんなめちゃくちゃに屋根を剥がしても崩壊しねえとこじゃね?」
「あい、違いないね」
ハッピーの同意に被せて、エルザまでもが「丈夫なことは良いことだ」と頷く。
ナツは皮肉に気付いた様子もなく、さらりと受け入れた。
「そうかー。じゃあ家建てるときはそうしような、ルーシィ」
「そうね。アンタ壊す可能性高いし」
「……お前らさ……」
「何?」
「いや」
グレイは言い淀んだ挙句に首を振った。が、エルザがおそらく彼の言いたかったことをすっぱりと口にした。
「お前たち、一緒に住むのか?」
「あ?」
「そっ……んなわけないでしょ!」
絶句しかけて、ルーシィは慌てて首を振った。言われてみればそんな流れだったような気がしないでもない。
あれ。嘘。どっち!?ナツがそんなこと言い出したんだっけ!?あたし!?
あまりに無意識過ぎてよく思い出せない。何より問題なのは、自分から言い出すこともあり得ると思えてしまっていることだ。彼と共に暮らす未来図を、彼への感情に答えを出す前に、頭の片隅で描き始めている――ような気がする。
全身が熱い。すかさず否定してしまったが、ナツはどう思ったのだろうか。
恐る恐る、視線を送る。
「なんだよ?」
「なっ、なんでもないっ!い、一緒に住むなんて思ってもない!」
「女の子は素直な方が可愛いわよ?」
「すなっ、……え?」
振り返ってみても、まさかと思って上や下を確認してみても、誰も居ない。
「空耳……?」
誰の物でもなくなった家と人形は、やはり跡形もない。
グレイの顔が埋まっていたところだけが、湿った土の色に変わっていた。