「ナツ」
ナツが森に入り込んだとき、ルーシィは静かに声をかけた。速度はいつの間にか落ちていて、ナツの葛藤が目に見えるようだった。
両手が開かれる。ナツは怒ったような表情でルーシィを見つめてきた。
「ナツ」
もう一度呼びかけると、ナツの表情が崩れた。今にも泣きそうな顔で木の根元にずるずると座り込む。
ルーシィはナツの膝に飛び移った。
「ごめん」
ナツの頬を涙が伝った。
きっと、ずっと言いたかったんだろう。言えなかったのは、引き起こしたのが自分自身だと痛感するから、か。
ルーシィはナツの負担を少しでも軽くするように、ゆっくりと微笑んだ。
「ナツの所為じゃないよ。あたしも軽率だったんだ」
これまでどんな危機だって、ナツが居ればなんとかなる気がしていた。でも、ナツにだって、出来ないことはある。
出来ない代わりに、こうして自分の為に泣いてくれる。それならルーシィは泣くわけにはいかない。嘆くわけにはいかない。精一杯、生きていかなければならない。
きっとここからの人生は別々だ。
ルーシィは目を閉じて軽く微笑むと、拳を額に当てて呻くナツに言った。
「ナツ、あたし…皆に迷惑かけられないよ。戻ろう?」
「…嫌だ」
「ナツ」
きっとナツもわかっている。逃げてもどうしようもないことを。どうにもならないことを。
「嫌だ!嫁になんか行かせねぇからな!」
「…ん?」
ナツの言葉に、少し違和感を感じた。
「えと…そういうことじゃなくてね」
「ルーシィは良いのかよ!?オレじゃない奴と結婚すんだぞ!?」
「……」
違和感が確信に変わる。
顔に熱が集まって、ルーシィはああ、小さくても体の構造は一緒なのね、などと考える。思考に余裕が出てきたというよりも、いっぱいいっぱいだからかもしれない。今の発言についてツッコんだ方が良いのか、いつもの通り天然なのか。
「あ、の……さ。なんか話がおかしい方向に向かってない?」
赤面を隠すことも忘れ、ルーシィは恐る恐る口にした。ナツが涙目のまま、ルーシィを睨む。
「向かってねぇよ。ルーシィが結婚するかどうか、だろ」
「だから違うでしょ!?」
ルーシィは羞恥に混乱してナツの太ももをぐり、と踏んだ。痛ぇっ!と声が上がる。
「べ、別に結婚しなくても小人としてやっていけるわよ」
そう言い切ったルーシィに、ナツは首を振った。
「それでも嫌だ。ルーシィがいなくなるのは、嫌だ」
その瞳はどこまでも真っ直ぐで、真摯だった。
くるくると表情を変える無邪気なその瞳が、ルーシィは大好きだった。とりわけ、真っ直ぐにルーシィを見るときの、この瞳が。
ルーシィだって、小人の世界に行くのは嫌だ。でも大人になってしまった理性は、嫌だと言っても仕方の無いことだと諦めている。現状が、そうさせている。
しかし、どうにもならないと思う今この瞬間に、ナツが好きだと心が叫んだ。
もう、止めることなど出来はしない。
ルーシィの目に、今まで我慢していた分の雫が溜まっていく。
「ルーシィ」
ナツが人差し指を伸ばした。大きすぎるそれは涙を拭うには不適切だったけれど。
ルーシィは頬を寄せて、目を閉じた。