なぜ気付かなかったのだろう。

ルーシィは唇を噛んだ。人形の衣装を覚えていないのは仕方ないにしても、今の少女の頭には大きなリボン。服も装飾が過剰で人形然としている。
ホロロギウムが不安そうな顔をした。 それでも律儀に口を挟まない彼と不気味に笑う少女が対照的で、寒気がする。

「人形って軽く言うけど、物にだって魂があるのよ、と申しております……」

ルーシィは素早く鍵を構えた。

「閉門!」

時計座の星霊は弾けるような音を立てて消えた。少女のスカートがふわりと柔らかく空気を孕む。
閉門してからすぐに家に攻撃されるのではないかと思い出したが、とりあえずその気配はなかった。もしかしたらナツ達の騒動に気を取られているのかもしれない。

気を取られる?そんなの家のおもちゃが……ううん、目の前のコイツだって人形なんだ。

家に人格があってもおかしくない。ルーシィは思い直して、半身になった。いつでも対処できるよう、腰の鍵を指に絡める。
少女はゆらりと立ち上がった。人形であることは理解したのだが、髪も肌も丸っきり人間に見える。どこから聞こえてくるのかわからない木の音だけが、妙な温かみを持って響く。
だが、動きはもう人間のそれではなかった。マリオネットのように、身体のパーツが不自然に持ち上がる。思わず天井を見たが、糸は見当たらなかった。
足にしがみついたハッピーがプルーのように震えた。

「怖い……」
「失礼ね」

少女は薄ら笑いを浮かべたままだった。大して気分を害した風もなく、むしろ楽しげにタネ明かしをしていく。

「そうね……たまたまよ。全部たまたま。たまたまこの家が捨てられて、たまたま私も同じとこに捨てられて。この家は魔水晶が動かなくなって壊れてたけど、それがたまたま変な風に働いて、たまたま私が動けるようになった。それだけ」

本当にそれだけならば、家から攻撃されている理由はない。ルーシィは左手を強く握った。

「目的は何!?」
「復讐に決まってるじゃない」

あっけらかんと、むしろ何故訊くのかわからないといった風情で、少女は肩を竦めた。

「捨てられたのよ、私達。私なんてどこも傷んでない。ただ他に新しいおもちゃを手に入れた、それだけの理由で!」

ぎっ、と音が出たのではないかと思うくらい強く睨まれて、ルーシィはびくりと身体を揺らした。少女は狂気を全身から溢れさせて、わなわなと両手を天井に向ける。

「まずはこの家の魔水晶を貰うわ。それで私を捨てた奴のところに帰るの。何度捨てても戻ってくる、恐怖の人形になってやる!」
「そ、それは確かに怖いけど」
「なんかちょっとショボい復讐だね」
「たっぷりと思い知らせてあげるわ、あんな奴!一度だって私で遊んでないのよ!?遊んで……!」

感極まったように、少女は言葉を詰まらせた。
可哀想だと、ルーシィは素直に感じていた。復讐は決して褒められたものではないし自分のことしか考えていない、と思うものの、人形だって購入相手を選べない。それは偶然にも、父親と仲違いしていた頃の自分を思い出させた。
同情から優しく表情をやわらげる。しかし少女はルーシィの手を払うかのごとく、瞳を憎々しげに歪めた。

「なのにこの家ったら、私の邪魔ばっかりしてくれちゃって。魔水晶隠した上に追い出そうとするわ物ぶつけてくるわ!」

床を踏み鳴らした音にはあまり質量を感じられなかった。軽い。

「挙句の果てに何?外に家がある?何よそれ、そんなの知らないわよ!?」

はっとして、ルーシィはカーテンの隙間に目を向けた。確かに室内が窺えるが、あれが幻なのだとしたら、窓を破壊したナツが二階の音が聞こえなかったと言っていたのも頷ける。

「アンタ達みたいなのをおびき寄せるためかしらね?はっ、バカみたい。そこまでする?」

依頼も家が出したものだと、ルーシィは今更ながら悟った。人間をサイズ変更して中へ引き入れることだけでも、とんでもない魔力を秘めた魔水晶だ。人形に命を吹き込み、物を動かして妨害しながら、幻の家を作る――。そんなことまで可能なのだから、道行く人を操って依頼を出すことくらい、やってのけるだろう。






魔法という設定は便利。


次へ 戻る
main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -