扉を閉めると幾分騒音は落ち着いた。が、床や壁に伝わる振動は変わらない。
「どうなってるのか聞くのが怖い、と申しております」
「ご、ごめんなさい……。必ず、元に戻しますから」
こんな原理も判然としない魔法のおもちゃを普通に修繕するだけで良いのかどうかはわからないが、それは直すときに考えれば良いだろう。
現実逃避に近い心境で、ルーシィは部屋の中を見回した。ポップな壁紙と淡い色のカーテン――どうやら子供部屋のようだ。
「なんか……懐かしい感じがするって言うか」
「ルーシィのおうち、こんなお部屋だったの?」
「ううん、違うけど」
どこかで見たことがあるような――郷愁的、というのかもしれない。ルーシィは壁際の棚へと近付いた。赤い車のおもちゃとボールが落ちている。ビー玉が乱雑に散らばっているのは、ポルターガイストの名残だろうか。
「そういえばあれから攻撃ないわね」
「あい」
わからないことが多過ぎる。ルーシィはビー玉を拾い上げながら思案に耽った。
魔法の暴走にしては、標的はただ一人に特定されている。それもおかしい。
攻撃が止んだことも、状況を考えれば不自然だ。タイミングとしてはホロロギウムが少女を保護した直後――。グレイの檻とホロロギウム、その違いはどこにあるのだろう。
「まさか、ホロロギウムを傷付けたくないってわけでもないでしょうに」
「一人言?おばあちゃんみたいだね」
「……良いから魔水晶探して」
自分こそ探すのはおざなりになっていたが、ルーシィはハッピーに釘を刺した。窓際に置かれた机の前に居るホロロギウムに声をかける。
「さっきみたいに物が飛んできたのって、いつからなの?その時何してた、とか」
「……さあ、覚えてないわ、と申しております」
その返答自体は問題なかったはずだった。
しかしまるで、背中に水滴が落ちてきたような不穏さを感じた。ゆっくりと唾を飲んで、息を殺す。
間だったのかもしれない。トーンだったのかもしれない。明確に何かはわからないが、直感が走り抜ける。
この少女は怪しい。
降って湧いた警戒心に、ルーシィは戸惑った。だがそれも違うと気付いた。自分はもっと前から、この少女の不自然さに疑問を抱いている――。
カチャカチャと、鼓膜に音が触れた。カーテンレールが震えている。
その音に聞き覚えがあった。
「あ……この部屋」
「ルーシィ?」
見たことがある、と思ったのも間違いではない。この家に吸い込まれる前、外から見た二階の部屋だ。揺れるカーテンの隙間から覗いた、一体の――
「――人形」
身体中の毛が逆立ったように感じた。そうだ、思い出す限りあの人形は。
大きさからすると、人間大くらいになる。
ルーシィは部屋を見回しはしなかった。探さなくとも『ある』ことがわかっていた。一点だけを、見つめる。
この家には誰も居ない。――彼女以外は。
関節が凍って、身体が動かない。
ホロロギウムがポツリと呟いた。
「気付いちゃったの?と申しております」
ハッピーは何もわからなかっただろうが、空気を察したかルーシィの足に隠れた。温かい猫毛がさわりと足首を撫でる。
「アンタは何!?」
中の少女がにまりと笑う。
カタリと木と木がぶつかるような音がした。