「あれ?」
明らかに疑問符を浮かべた表情を見て、ルーシィはエルザを確認した。彼女も不思議そうに目を瞬かせている。
「依頼したのは貴女ではないと?」
「でも他に誰も居ねえぞ」
ナツがキョロキョロと辺りを見回す。彼に感知できないのならば、本当に一人だけなのだろう。
少女は警戒したような無表情さでエルザを見返した。
「内容は?と、申しております」
「『至急、助けて欲しい』と。それ以上の詳しいことは……」
がさりと依頼書を広げて、エルザがホロロギウムに翳す。ここに来る前にルーシィも読んだが、不明な点の多い依頼だった。ミラジェーンが『こんな依頼あったかしら』と呟いたことも印象に残っている。
悪戯などではないことはギルドの認証印が証明していたわけだが、押した張本人であるはずのミラジェーン自身、記憶が曖昧だという点からして疑ってかかるべきだったかもしれない。依頼人不明の仕事――ミニチュアの家に吸い込まれたことといい、背筋がぞわりとする。
「う……なんか寒気が」
「近寄んな、ってよ。グレイ」
「あ?てめえこそこっち来んなよ、暑苦しい」
「そういうことじゃないから」
通常運転のナツ達にほっとして、ルーシィは肩の力を抜いた。
「他には誰か来てるの?これで全員?と、申しております」
「ええ、全員……」
エルザ、ナツ、グレイ、ハッピー。順に顔を見合わせて、ルーシィはびくりとした。身体が強張る。
「な、なんか居た!」
一瞬だけ、階段の方へと横切る影が見えた。
ナツの反応は素早かった。彼はルーシィよりも早く気が付いたのかもしれない。振り返りざまに床を蹴る。
「待ちやがれ!へ……っ、おわああああっ!?」
「ナツ!?」
高らかに悲鳴が上がる。慌てて駆け寄ると、さっきまであったはずの階段がなかった。
「え?」
「ちょ、まっ、うぷっ……!」
ナツが口を押さえながら一階へと坂を滑り落ちていく。しかしそれもチラッと見えただけだった。
彼の姿が階下に消えてから、ルーシィはようやくその滑り台が元階段であることに気が付いた。少し遅れて、バタンバタンと扉の開閉音がする。
「――嘘」
方向と重い響きから、玄関扉だと直感が告げていた。エルザが開きそうにないと言った、あの。
「ナツ!ナツ!?ねえ!」
彼からの返事どころか気配もない。階段の手すりにはグレイの服が引っかかっていた。人影と見間違った正体に気付いて、眩暈がする。
グレイが舌打ちした。
「外に出されたみてえだな。一応見てくる」
「オイラが行くよ!」
「待て、二人とも」
エルザが難しい顔をして彼らを止めた。
「同じように外に出される可能性が高い。依頼人……ではなかったのだな、彼女を狙うのに、邪魔な私達を排除しようというのだろう」
「狙ってんのは誰だよ」
「わからん。だが――」
エルザはホロロギウムの前にがすりとバットを下ろした。中の少女の顔色はあまり良くないように見える。
「心当たりは?」
「わかりません、と申しております」
ふるふると首を振るのに合わせ、リボンも揺れる。ナツのことも気にかかるが、ルーシィは一番知りたいことを訊いてみた。
「この家は何なの?前からこうやって中に入れるの?」
少女は考え込むようにきつく目を閉じてから、こくりと頷いた。