「もう食っちまった」
「いや、食ったんならそれこそベイビーかくらいわかるだろ」
「……」
「種があった、とかよ」
「……」
「不安になるから黙るなよ」
ルーシィの見ていた限り、ナツは種らしき物を吐き出してはいない。不安が伝染して顔が強張ったが、すぐにビックスローがぱたぱたと手を振った。
「いや、ないない。食われるまで黙ってるわけねえよ」
「そ、そうだよな。ルーシィは食ったか?」
「まだだけど……」
つゆに浮かぶさくらんぼには何の変哲もない。まず間違いなく本物だとは思うものの、すぐに手が出なかった。
「どれ」
ナツがフォークをぶすりと刺した。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫みてえだな」
さくらんぼに傷が付いた。
少なからずショックを受けて、初めて自分が大切に食べようと思っていたことに気付く。ありふれたシロップ漬けだったが、宝石のようにさえ見えていたのだ。
ナツがくれた、から。
胸の奥がチクリと痛む。ナツにとっては本当になんでもないことだったのかもしれない。証拠に、彼はルーシィにくれたはずのさくらんぼを齧った。
「ん、あま」
「……それ、あたしの」
「毒味してやったんだよ。ほれ」
言うが早いか、強引に口の中に押し込まれる。
「はむ!?」
歪なさくらんぼは、シロップを差し引いてもただひたすらに甘い。
ビックスローがにたりと口角を上げた。
「デキてんのか。いや、デキてんだな」
「あい」
『適当なこと言うな』と言ってやりたいが、さくらんぼが発声を邪魔している――。そういうことにして、ルーシィは無言で一人と一匹を睨んだ。
からかわれることは珍しくないのだが、毎回きっちり反応してしまうルーシィと違って、ナツはすぐに違うものへと意識を移す。今回も、キョロキョロと辺りを見回した。
「ってことは、この中に偽物さくらんぼがあんだな」
「……狙ってるわけじゃないわよね?」
ナツは妙に真剣に流れを観察している。訝るルーシィに彼は一度首を振ったが、「でもよ」と付け加えた。
「当たりが出るまで頑張るって手も」
「ない」
「ちぇ。じゃあ、そうめん食いまくるぞー!」
「ぞー!」
翼を生やしたハッピーが元気に同調する。が、青い猫はみかんに狙いを付けていた。
ナツは腕まくりの動作をして、水流に向き合った。
「うぉりゃあ!」
「ちょ、冷たい!」
ばしゃりと水しぶきが上がる。ルーシィは彼の背中にサケを獲る熊の幻影を見た。
狙ったであろうそうめんは、ナツのフォークに二本ぶら下がっただけだった。
「んー、上手く取れねえな」
取るつもりがあったのかと疑問に思わざるを得ないナツの行動だったが、ぼやきには同意して、ルーシィは頷いた。
「結構難しいわね」
「でかいフォーク欲しいな。あ、網ないか?」
「そんな風情ないことやめなさい」
「ちぇ。……ん?」
ナツが目を眇める。
視線を追うと、グレイが居た。