「お、また来た」
流れてきた赤いそれを見て、ナツが「今度こそフォークで取る!」と気合を入れた。しっかりと握り締めたフォークを、振り下ろす。
「よっしゃあ!取ったぞ!」
やはり底がない水流では刺すのはほぼ不可能なのだろう。掬い上げたフォークに乗ってはいたが、ほとんどぶら下がった状態だった。
「取ったっていうか、引っかかって……え?」
ルーシィのつゆに入ったさくらんぼとは違って、ぴちぴちしている。よく見ようと目を細めた隙に、ナツがそれを口に放り込んだ。
「ん?このさくらんぼ、活きが良いな」
口からはみ出ているのは魚の尻尾だった。
まだ生きている。
「さくらんぼじゃないから!ぺっ、して!ぺっ!」
「あっ、お魚だ!ナツ、ずるい!」
「ずるいとかじゃないでしょ!?」
素直に吐き出してくれたナツの目の前に、赤い魚――金魚が浮かぶ。
ハッピーが残念そうに息を吐いた。
「なんだ、金魚かあ。オイラ、金魚は食べられないです。ナツと違って」
「オレも食わねえよ」
「ってか、浮いてる!」
「何言ってんだ、ルーシィ。金魚は浮くだろ」
「浮かないわよ!?」
ナツはあまりにも冷静な態度だった。彼以外の人から言われたなら自分の常識を疑ってしまったかもしれない。
金魚は音もなくナツとルーシィの前を往復すると、くるりと向きを変えて空中を泳いでいった。その先には、ビックスローが居る。
彼は軽く手を上げて金魚を迎えた。
「おう、おかえり」
「食べられそうになったー」
「喋った!?」
「何言ってんだ、ルーシィ。金魚は喋るだろ」
「喋らないってば!」
メルヘンと狂気の境目のような光景に椀を落としかける。ビックスローはルーシィの反応を見て、面白そうに舌を出した。
「ピッピだよ。今日は金魚形の人形に入ってんだ」
言われてみれば、その動きや軌道はビックスローの人形のそれだった。人騒がせではあるが、合点がいってほっとする。
「紛らわしいから……ってか、なんで泳がせてんの!」
「泳ぎたいー泳ぐー泳いだー」
金魚――もといピッピが、すいすいとビックスローの周りをまわりながら連呼する。ナツがこくりと頷いた。
「だよなあ。オレもちょっと泳ぎてえなって思ってたとこだ。……んー」
「我慢しなさいよ!?」
思案した素振りを見せるナツを言い出す前に制止する。ルーシィはピッピに人差し指を突き付けた。
「ここはプールじゃないの!」
「ケチー」
「ケチじゃない!」
「つか、ピッピと会話する奴、初めて見た。普通オレに言ってオシマイだよな」
「……」
けっして馬鹿にされた風ではない。ビックスローだけではなくナツやハッピーまでもが「ルーシィだもんな」と嬉しそうに笑うのを見て、ルーシィは咳払いした。
「とにかく、もうダメ!金魚なんて」
「そう言うかと思って、他のベイビー達はさくらんぼの人形だ」
「余計に悪い!」
「食べる前に確認してくれよ」
どこまでも軽い調子で言うビックスローに、ナツが青くなった。