「んんんー。んんー。んんー……」
鼻歌というほど節が付いているわけではない。ただ、唸っている。嬉しそうに。
「んー、どうしよっかなあ、聞きたい?」
面倒くさい。
甘え切った上目遣いで身を乗り出してきたルーシィを、グレイは片手で元の位置に戻した。
「お前、何杯飲んだんだ?」
「ええええー。知りたい?」
「……」
本人に訊くのがバカらしくなって(大体正解を答えられるのかどうかも定かではない)周りを見回してみたが、カウンター席には自分とルーシィ以外に居なかった。いつも穏やかな笑みを湛えているミラジェーンさえ、今はエルフマンやリサーナと一緒にテーブルについている。
ラクサスが街一つを救っただか何だかで多額の報酬を得て帰ってきたのは、今日の夕方のことだった。どういう風の吹き回しかその場に居た仲間達に奢ってやると言い――あっと言う間に宴になってしまった。
「聞いてるぅ?」
「へいへい」
ルーシィはにこにこと上機嫌ではあるのだが、普段の様子と違い過ぎてこっちの調子が狂う。
グレイの知る限りルーシィには良くも悪くも『女』としての熟成度が全く足りない。計算された厭らしさもなければ色気もない。常識的ではあるがどこか子供で、ナツと同類に思えることもある。外見はともかく。
それが今、女の武器で武装したかのように『可愛い』を内面から撒き散らかしている。動作の一つ一つが女くさいのだ。それでも色気に直結するわけではないのがルーシィらしいとは思うが、グレイは脳が上げる悲鳴に眉を寄せた。
ルーシィじゃねえ……普段の方が可愛らしいじゃねえか。
しかし違和感は段々と麻痺していってしまう。このルーシィも可愛いような、そんな気にもなってくる。その感覚も気持ち悪い。
「あのねえ、あたし、もしかしたらね」
「おう」
舌足らずな声に適当に相槌を打ちながら、グレイはさっさとルーシィから離れることにした。実際にはそんなことはないとわかってはいるのだが、変に誘惑されているような居心地の悪さがある。潰れるなら面倒を見るくらい構わないが、それまで相手をしてやる気にはなれない。
後ろを向くとすぐに身代わりが見付かった。目が合ってきょとりとしたその桜色を、手招きする。
「わかんないんだけどね、もしかしたら」
「おう」
「好き、かも」
「おう……はっ?」
首がぐきりと鳴った。とろりとした瞳のルーシィが、恥ずかしそうに微笑む。
グレイは慌ててナツに手を振った。しかし勘の悪い彼は首を傾げながら近付いてくる。バカにもわかるよう、しっしっ、と追い払ったが、それでもまだ近寄ってこようとする。
ルーシィは全く気付かない様子で続けた。
「こんなこと言うの、グレイが初めて」
「そ、そう、か。でもあのよ、お前今酔ってるから」
いつの間にか小声になっていたルーシィは、その声を届かせようとこちらに肩を寄せてきている。そのまま抱き寄せても自然な体勢であることに気付いて、グレイは喉からおかしな音を出した。
これは聞かなかったことにすべきなのだろうか。それとも素面のときにもう一度促すべきなのだろうか。
待て待て、そもそも酔った勢いというか冗談というか、そんな感じなんじゃねえのか!?
ルーシィの頬が薔薇色に染まっている。酒のせいか、それとも――。
「なんだよ?」
目を離した隙に、ナツが横に立っていた。