おちたおちた





綺麗にラッピングしたカップケーキを手に、ルーシィは運河脇を歩いていた。不安定な縁石の上を、慣れた足取りでこつこつと進む。
今日は2月14日。バレンタインデーである。彼女は同じチームでよく行動を共にしている、ナツとハッピーにケーキを用意してきた。今からギルドへ行き、彼らを見付け――そして、渡す。
ルーシィは手の中のケーキを胸に近付けた。潰さないようにと、そっと。

(これはただの友達として!深い意味なんてないから!)

不自然でない軽いやり取りをイメージして、息を解き放つ。こんな日に誰かに贈り物というのは、ルーシィにとっては初めてのことだった。事前にレビィから『義理的にあげる人、結構多いよ』と聞かされていたため、イベントにのるべく作ってみたは良いが、いざとなると緊張してくる。
ルーシィは足を止めた。

(や、やっぱり、止めた方が良いのかな)

ナツに恋愛感情を持っているわけではない。が、おかしな空気になりそうで困るのだ。まだ家を出たばかりなのに、もうすでに意識してしまっている。イメージどおりに渡せるかどうか、ルーシィは自信がなくなってきた。

ナツの分を明らかにしたくなくて、二人分まとめて包んできている。渡さないならば、鞄にしまいこむなり引き返すなり、してしまえば良い――。

しかし足は動かない。ルーシィはカップケーキを見下ろした。労力を無かったことにするのは気にならないが、果たしてそれで良いのだろうか。本当に……構わないのだろうか。

悩むルーシィの頭上、上空から、見下ろす影があった。ナツとハッピーである。

「あ、ルーシィだ」

目敏くルーシィを見付けたナツが、悪巧みをするような顔で笑った。

「驚かしてやろうぜ」
「あい!」

元気な返事と共に、ハッピーがナツを手放す。一瞬遅れて、ナツの身体が重力を思い出した。

落ちる。

「へっ、ちょ、おおおおおおい!?」
「きゃあ!?」

ドバシャン、と運河に盛大な水しぶきが上がる。何かが落ちてきた、くらいにしか、ルーシィには理解できなかった。水面が落ち着いて桜色の頭が浮かんでくるまで、身を縮めて動きを止める。

「ぷは!」
「え……ナツ?」

ルーシィの横に、ハッピーが下りてきた。

「おはよ、ルーシィ!驚いた?」
「オレが驚いたよ!」
「一歩間違ったら死ぬからね!?」
「つか、水冷てぇえええ……!」

2月の運河は遊泳に適さない。加えて、火竜の体質を持つナツは、寒いのは平気だが冷たいのは不得意である。
歯の根が合わなくなったナツに、ルーシィが手を差し出した。

「早く上がりなさいよ、風邪引く……かどうかはわかんないけど引くとしたらちょっと見てみたい気がするわね」
「オイラ、槍が降ると思います」
「お前らなあ……」

縁石にナツが左手をかける。彼が伸ばした右手を両手で掴んで、ルーシィは腰を落とした。重心を下げて、引き上げる――

「あれ!?」
「おっ、おわぁ!?」

手を離されて、ナツが再度噴水を作った。当然、抗議する。

「何すんだよ、ルーシィ!」
「ない」
「はあ!?」
「ない!」
「何が?」

ハッピーが不思議そうにルーシィを見上げた。

「っ……」

ルーシィは一度口を開けたが、何も言わずに閉じた。持っていたはずのカップケーキがない。






冷たさに関するナツの得手不得手は読み取り難いですが、とりあえず今回はこういう設定で。


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