(なんとかごまかさなきゃ)

バレンタインに用意した物だと、失くしてしまった状態で本人達に言うのは恩着せがましい。そもそも、渡すかどうかさえ迷っていた代物だ。

「もしかして、何か落としたの?」

ハッピーの疑問に、ルーシィはびくりと反応してしまった。慌てて首を振る。

「あ、ううん。ごめん、なんでもないの」
「なんでもないって顔じゃねえだろ」

ルーシィは自分の頬を触った。どんな顔をしていると言うのか、わからなかったからだ。強張っている自覚はあったが、他人から見た自分を想像する余裕がない。
ナツは自力で運河から上がった。炎を出し、衣服を乾かす。

「何落としたんだよ?」
「ホントになんでもないから」
「教えろって」

ナツの口調には不安があった。ルーシィの顔色は白く、大事な物を失くしたのだと否応なしにわかってしまう。それなのに、本人はそれを話してくれようとしない。

(何だ?何か持ってたか?ダメだ、覚えてねえ)

ハッピーの耳は力なく垂れていた。彼は特に、自分が驚かせたから、という罪悪感があるのだろう。目尻に涙を溜めていた。

「ごめんね、ルーシィ」
「やだ、何泣きそうになってんの。大丈夫だってば」

ルーシィはにこりと音が立つような笑い方をした。しかし作り物であることは誰の目にも明らかだった。顔の下半分しか笑えていない。

「おい、ルーシィ……」

ナツの言葉は何かに挟まれて磨り減るように消えていった。ルーシィが素早くナツ達に背を向ける。

「ごめん、あたし、今日は帰るね。ちょっと寒くなってきちゃった」

肩越しに軽く手を振って、ルーシィは自分のアパートへと来た道を戻った。歩行と小走りの間、膝が思うように曲げられず、石畳と靴底の当たりが悪い。
部屋に入って扉を閉めた瞬間、つう、と彼女の頬に涙が一筋流れた。
ナツ達が悪いわけではない。そう思うからこそ、よりカップケーキの喪失感がルーシィを襲っていた。忽然と空になった両手が、包みを思い出すかのような形のまま震える。

(あたし……やっぱり、あげたかったんだ)

自分で思っていた以上に、心がこもっていたらしい。イベントだから、というのが言い訳だったと自覚して、ルーシィは扉に背中を預けた。理由はどうあれ、ナツ達のためだけに用意したのだ。渡すことが、ナツにどう思われたとしても。いや、少しくらい誤解してくれても良かったのかもしれない。ルーシィは初めから、ナツに渡すことをメインに考えていたのだから。

けれども失くしてしまった。あげられなかった贈り物は、心ごと運河に沈んで戻ってこない。
ルーシィは胸の痛みに呻いた。

残されたナツ達は、彼女の去った方向に首を向けたまま固まっていた。

「ルーシィ……」
「探すっきゃねえだろ」

ナツは運河を振り返って眉を寄せた。ルーシィの匂いを探すにしても、水の中では辿れない。目が頼りになるが、何を探すのかもわからない。

「とにかくオレは中入ってみるから、ハッピーは上からそれっぽいモン探してくれ」
「あい!」

ハッピーが飛び立つと同時に、バシャリと、ナツが冷たい水に戻る。濁りかけた水の中、目を凝らしてみても石とコケ以外にはゴミしかないように見えた。菓子の袋、溶けかけたチラシ、瓶――とりあえず拾って確認しては、端の方に捨てる。

(どこだ?)

流されていることも考えて、ナツは下流へ向かってゆっくりと泳いでいった。
冬の最も寒い時期だ。ナツでなくとも身は凍る。
しかしこんな冷たさなどどうでも良いと、今のナツは思っていた。ルーシィの涙を見たときに冷えた心臓に比べれば――。
背を向ける一瞬前、彼女は確かに泣いていた。滲んだだけだろうが零れ落ちる前だろうが、ナツにとってそれはルーシィの涙に違いなかった。






悲しみをぶつけてくれなきゃ謝ることもできない。


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