ナツのサンダルが、ざっ、と音を立てて砂利を蹴飛ばした。
「だから言ったじゃねえか。お前はオレに勝てない」
有り得ねえ。
オレは完璧だったはずだ。フェイントもフェイクも入れまくったし、純粋にスピード勝負の速攻もかけた。読みやすいとか言いやがってたから目線も表情も気を付けた。なのに、なんでナツは完全に見切ってる?
「ナツ!」
ルーシィが駆け寄ってくる。けど、ナツが止めた。
「構ってやるな」
「なんで!」
「わかんねえのか?負けたんだよ、そっちのオレは。お前が行くと惨めだろ」
……さんきゅ、ナツ。助かった。オレの目は涙でぼやけてて、ルーシィの顔もはっきりわからない。こんなの、見られて嬉しいわけねえ。こういうとこ、ナツはホントにオレなんだな。
でも。
オレ、『負けたんだ』――負けちまった、んだ。
身体が重くて動かない。ルーシィがナツとオレを見比べて揺れてる。迷ってんだ。ルーシィにとっては、ナツもオレも『ナツ』だから。どっちがどっち、ってわけじゃないから。
「……ルーシィ」
「何?」
畜生。顔がよく見えねえ。
ルーシィの隣にはナツが立ってる。勝負して、勝って。これからも、ナツは自由に隣に立てる。
「諦め、られねえよ……」
「え、え?何?よく聞こえない」
ルーシィの声に被せるように、ナツが言い切った。
「順当じゃねえか、早い者勝ちだろ」
それは、でも。そう思ったのもオレだけど。
じゃあ、オレがナツより先に自覚してたら。
もっと前に、ルーシィに伝えてたら。
「わっ!?」
ルーシィの短い悲鳴に、オレは飛び起きた。けど、異変はオレの方だった。
「何だ……!?」
直視したら目が潰れそうなくらいの強さで、ポケットが光ってる。探ってみたら石が入ってた。
なんだこの石。あ、これ、昨日トカゲの殻の上にあった、黄緑色の石だ。
「ナツ!」
ルーシィの声だけが耳に届いて、ふいに消えた。途切れるみたいに、余韻がすっぱり無くなる。
「え?」
顔を上げたら、誰も居なかった。ルーシィも、ナツも。光ってた石もない。
「ルーシィ?……ナツ?」
ここは……マグノリアだよな。うん、変わらない。けど、なんか変だ。さっきまでと違う。
「あ、あの家。さっきまで洗濯物なんて干してなかった。すげえ早業だな」
……。
「くそ、ツッコミねえし」
誰も居ねえんだから当たり前だけどよ。なんだオレ、気絶でもしてたのか?あの石が何かしたのはわかるけど。
とりあえずギルドだ。
オレはわけがわからないままギルドに向かった。いあ、わかってる、と思う。多分。
オレの予想が正しければ、ルーシィとナツが居るはずだ。
ギルドに到着して、まずは入り口からこっそり覗く。カウンターにルーシィ。ナツはテーブル、ハッピーも居る。
やっぱりそうだ。
「少しは学習しろよ、てめえは」
グレイがバカにしたような目でナツを見てる。ナツはテーブルを叩いて立ち上がった。
「この変態氷野郎!」
「んだと、このバカアホ炎が!」
これ、一昨日だ。オレが増えた――ナツに会った、あの日だ。
今はオレが、ナツなんだ。
オレは何も無くなったポケットに手を突っ込んだ。あの石。仕組みはわかんねえけど、きっと、オレの願いを叶えてくれたんだ。
オレが、先に、って思ったから。
なるほどな。ナツの野郎、だからオレの攻撃全て避けられたのか。くそ、知ってんだもんな。八百長みてえなもんじゃねえか。
なんか笑えてきた。でもま、笑うのはルーシィと、が良い。
オレはカウンターのルーシィに、飛び付いた。