瞬きしないで、というのは冗談でもなんでもなかったらしい。
「すげえええ!」
「うわ、うわわ!」
「ふわあ」
ケリーの手元でひゅぱっと服が消えたかと思うと、別の場所にきちんと折り畳まれた状態で出現する。彼女はゆっくりと移動しながらそれをやってのけ、瞬く間に周囲を片付けていった。かつ足元では謎の器具を動かして、床の清掃を同時に行っている。
ルーシィは掃除が苦手なわけではない。むしろ、一般的には得意な方だった。招いてもいないのに来る客のせいで、常日頃から部屋を綺麗にしておく癖が付いている。しかし、ケリーのこれは得意という言葉で表される範囲ではない。プロフェッショナルな神がかった技の数々に圧倒されて、ルーシィは言葉を失くした。
ナツが隣でぐっ、と拳を握った。
「やっぱすげえよ、お前!こんなの初めて見た!」
「ありがとー。観客居るの久しぶりだから燃えるわ」
「オレも燃えてきた!」
「そお?ナツって可愛いわね。モテるでしょ?」
ぎくりとして、ルーシィは背筋を伸ばした。目だけで、横のナツを盗み見る。
「うぉお、いつの間にか壁まで!」
ナツは掃除の光景に夢中で聞いていないようだった。呆れ半分安堵半分で、ルーシィはそっと瞼を下ろした。そこに、思いがけずケリーから問いかけられる。
「聞いてる?ルーシィ」
「えっ、あたし?」
彼女の瞳はこちらを値踏みするようだった。緊張が走って、口の中が乾く。
「も、モテはしないんじゃないかな。子供っぽいし」
「ふうん?あ、ナツ、ハッピー、あそこに置いたの、捨てて良いものかどうか確認してもらえる?」
「おう」
「あいー」
ケリーの指し示した部屋の片隅に、ナツとハッピーが移動していく。彼女はルーシィの近くにやってきて耳打ちしてきた。
「ルーシィはナツのこと好きなんじゃないの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
ケリーはナツのことが気になるらしい。ルーシィは上擦りそうになる声を必死に落ち着かせた。
「あたし、ナツとはそんなんじゃないよ」
きりきりと胸が痛む。
ナツに対する気持ちが恋であると、ルーシィは自信を持って言えなかった。一緒に居ると楽しいし安心するが、友達を超えているという確証がない。特別に仲が良いとは思うものの、仲間の枠を出なかった。
そうだ。仲間、なんだ……。
ケリーがナツを好きになったとしても、ルーシィには止める権利どころか立ち塞がる理由がない。
それなのに、胸が痛い。
心臓が、泣く。
「ん、良いぞ、これゴミだ」
「はーい」
ナツの声がいつもより楽しげに聴こえる。ゆっくりとそちらを視線を向けると、戻って来る彼とちょうど目が合った。
「ん?どした?」
「ん、んん、なんでもない……」
ナツも、彼女を気に入っているのかもしれない。それなら、自宅に誘ったことも頷ける。
何も言えない立場を思い知らされて、ルーシィは唇を噛んだ。今ここに居ることも、邪魔になっているのかもしれない。
ケリーはぱん、と両手を叩いた。
「うん、お掃除完了!」
「おおっ!」
「早いね!」
「ホント……綺麗になったわね」
輝くような床の上で、ケリーは掃除道具を荷物に仕舞い始めた。ナツの家はルーシィも掃除したことがあるが、彼女の方が比べ物にならない程速く、そして綺麗だった。プロと比較するのもおこがましいが、気持ちが重くなる。
片付いた家にはルーシィの居場所もないように感じられた。