幸福





ガジルはジョッキを傾けた。向かいで本を読んでいるレビィが目に入る。
ぱらりと、ページを捲る音がする。詳しいことは知らないが、彼女はメガネをかけていないので急いで読まなければならない本ではないらしい。テーブルの上に置いたまま読んでいるので、ガジルからは何という本かはわからない。彼女も喋ろうとはせず、もう30分ほどただ黙って本を読み続けている。
ガジルも、別に知ろうとはしていない。読書中のレビィが居る、彼にはそれだけのことだった。珍しいことでもない。静かなのは良いことだし、酒を飲むのに邪魔になるでもない。いや、今席を立たれるとそれはそれで何故だと思いそうなので黙っていようが叫んでいようがレビィにはここに居てもらいたい。
ただもくもくと、酒を飲む。何を考えるでもなく――

「もう!邪魔ばっかりして!」
「邪魔ぁ?」

まだまだ酔いそうにもなかったが、ガジルは緩慢な動作で声の方向を見た。脳を揺らさないように頬杖を突く。

んだありゃ。

存在自体が面倒くさい桜色と、そんなのとチームを組んでいる金色が、二つ隣のテーブルで顔を突き合わせていた。女の手元には、目の前のレビィ同様に本が置いてある。
一瞥して、こっちの状況と同じだとわかった。違う点は、男が女の読書を妨害していること。

「ルーシィがオレの邪魔してんだよ。ルーシィと遊ぶオレの邪魔してる!」
「他当たんなさいよ、あたしこれ読みたいの!」
「ルーシィじゃねえと意味ねえ!」

足でじたじたと椅子を踏み付けて、桜色の男――ナツが叫んだ。
また何か悪戯でもしようと言うのだろうか。しかしガジルがそう考えるのとは違って、金色の女――ルーシィはおかしな反応をした。かぁっと赤くなったかと思うと、首を引く。
それを追って、ナツがさらに顔を近付けた。

「ギルド来てまで本読むことねえだろ?オレと居るんだからオレと遊べよ」
「ちょ、ナツ……わ、わかったから」

明らかに怯んでいる。この角度では理解できないことが起きたのかもしれない。そう考えつつも、ガジルは舌打ちした。

そんなんだから火竜に舐められんだよ!

ルーシィはギルドの中ではかなり大人しい人間だ。ガジルは彼女が積極的に乱闘に参加しているのは見たことが――いや、注意して見ていないからわからないが恐らく――ない。ナツの邪魔など、頭を一発殴れば済むことだろう。そしていつもの通り喧嘩が勃発して、こっちも暴れることができるのに。
今からルーシィの代わりにナツを殴るというのは、さすがに不自然極まりない。苛立ちに目の下が引き攣った。
ナツは本を鞄にしまったルーシィに笑顔を向けた。バカみたいな、いや、バカな顔だ。

「けっ、うぜぇな」
「ガジル」
「ああ?」

レビィが顔を上げて、こっちを見ていた。

「さっきからさ、ルーちゃんのこと、見てるよね」
「あ?まあな」

ナツのこと、ではなくて助かった。同じ滅竜魔導士で何かと衝突することの多い彼を、などと、見ていただけのことでも指摘されるのは腹立たしい。
顔色を読まれないように、目線を逸らす。レビィががたりと席を立った。

「っ……」
「おい?」

本と荷物を素早く抱えて、走り出す。理由のわからない逃走に、ガジルの判断は一瞬遅れた。目で追うだけになった合間に、レビィがナツの後ろを通り抜ける。
彼女の姿を目にして、ルーシィがばしん、とテーブルを叩いた。

「ガジル!?あんたレビィちゃんに何したのよ!?」
「ああ?」
「女の子傷付けるなんて最低!ナツもなんか言ってやんなさいよ!」
「目付き悪い」
「てめえには言われたくねぇよ!」

ナツこそ、お世辞にも善人面とは言えない。ガジルはさらに言い募ろうとしたが、舌打ちだけを彼に与えてレビィを追った。
さっきは望んでいた喧嘩だというのに、今は煩わしい。本を読むレビィを取り戻すため、ガジルは彼女の匂いを追いかけた。






恋愛オンチなガジル君妄想。


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