しかし実行は出来なかった。

「あ!あった!」

上がった声にびくっと反応して、ナツは振り向いた。ルーシィではない。男が一人、立っている。
ナツの知る人物だったが、ナツは名前を知らない。いや、知ってはいるが、知らないことにしていた。名乗ってもらったことはないのだから、それで良いと思っている。
聞き違いを全力で祈ったが、神はナツに首を振った。やはりこの男もルーシィの鍵を探していたらしい。即座に枝に手を伸ばしてきた。

これはオレが見付けたんだ!

結局隠すことはできなかったが、それならそれで自分がルーシィに教えてあげたかった。手柄を取られるのは腹が立つ。

「ああ?なんだ、てめえ」

なんという凶悪な目付きだろう。ナツはそれでも、自分の正当性を信じて睨み返した。隙を突いて、鍵を男の手が届かないもっと高い枝に移す。

「あっ!それはルーシィのだぞ!返せ!」
「え、何!?どうしたの!?」

男の声を聞き付けたのだろう、ルーシィが走ってきた。ナツは男の頭上を飛び越して、ルーシィの手に鍵を落とす。

「え。嘘、ホントに見付けてくれたの?ありがとう!」

ルーシィはきらめくような笑顔で鍵を抱き締めた。

そっか。

これで良かったんだと、素直に思えた。痛むかと思った胸は清々しい。彼女の喜びが自分を包んでいるようだった。
男が見苦しく地団駄を踏んだ。

「オレも見付けてた!」
「えー……どっちでも良いじゃない。ありがとう」
「良くねえ!鳥に負けたなんて情けねえじゃねえか!」
「鳥と喧嘩する方が情けないわよ」

ナツはルーシィの肩にとまって、男に頬を見せた。優越感をたっぷり乗せて、鼻でふん、と笑ってやる。
歯軋りの音がはっきりと聞こえた。

「ソイツ、何だ?知り合いか?」
「知り合いって言うのかしら……。部屋の窓にね、よく来る子なの。ご飯あげてて」

「正直、ここまで懐いてるとは思ってなかったけど」とルーシィは頬を掻いた。
ナツは紹介の中に自分の名前が出て来ないことが寂しかった。この男の前では名前を呼んでもらえない。
彼女が付けてくれたナツという名は、ナツにこの男の髪色と同じ桜色の羽が生えているからだった。それに気付いた彼女はくすくす笑って、ナツに名前をくれ――そして。

くそっ。

あの時の彼女の笑顔が、ナツには忘れられない。
ルーシィがこの男に知られたくない理由は、きっとナツの思い違いではない。彼女は男の居ない所でナツの名を呼ぶのが幸せなのだろう。
ナツにとって、桜色は誇らしくもあり腹立たしくもある。
ルーシィはナツの乗った右肩をくい、と上げた。

「もううちの子になる?なーんて」
「食うのか……?」
「食べないわよ!」

魅力的な誘いではあったが、ナツは首を振った。ナツには野生としてのプライドがある。餌付けされようとも、籠の中で飼われるつもりはない。
男がにっと笑った。

「ふーん。じゃあルーシィの友達か。鍵、見付けてくれてありがとな!」

お前のじゃねえだろ。

「おお、ぴよぴよ言ってる!こいつ喜んでるぞ!」

ちげぇよ。

見当違いも甚だしいこの男は、楽天的なのかすごく頭が悪いのか、どちらだろう。ナツは能天気そうな彼に後者だと悟った。アホらしくなって枝に飛び移る。
見下ろすと男が目を眇めた。

「なんか喧嘩売ってねえか?」
「気のせいでしょ」
「いんあ、売ってるな!かかってこいよ、ぶちのめしてやる!」
「情けないどころじゃないわよ」

ルーシィはふっと笑った。柔らかく、手を振ってくれる。

「じゃあね、ありがとう、ナ……。またね」
「ん?なんか言いかけなかったか?」
「なんでもない!」

二人が背を向けて歩き出す。ナツは男の後ろ頭を、じっと睨んだ。
ナツは知っている。仲間が教えてくれたのだ――この男が、自宅の近くに咲く黄色い花をルーシィと呼んでいることを。一緒に住む猫にも言わず、こっそりと世話をしていることを。

大事にしろよ。

彼女の幸福と笑顔がそこにあるなら仕方がない。託す。

男は振り返らないまま、ルーシィに笑顔を向けた。
一点の曇りもない、蹴飛ばしたくなるような笑顔だった。






ライバルはオリジナル。
お付き合いありがとうございます!



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