ことば





午後の穏やかな陽光が、本とベッドの境目を柔らかく溶かす。ルーシィはうつ伏せに寝そべってページを捲りながら、だんだんと眠くなってきた目を擦った。

「んん……」

何もなければ昼寝をしてしまうところだが、物語の続きも気になる。展開はちょうど盛り上がりを見せていて、このまま閉じるには思い切りが必要だった。
重くなりつつある瞼を、懸命に上げる。しょぼついた視界では集中力が失われてきた。同じセリフを、何度も読む。

「……。……。……『お前を守れなかったら、俺の生きる価値がない』……」

頭に入れるために、口に出してみる。脳内でも反芻して、ルーシィはようやくその意味を掴んだ。
ふと、桜色が頭に過ぎる。

「ナツがこんなこと言ってくれたら――って、ないない」

耳の下が痒くなる。大体なぜ、彼が浮かんだのだろう。一番近くに居る異性だからだ。きっとそうだ。
一人納得して、ルーシィは首を振った。睡眠欲のせいでその動作も鈍くなる。
腰に何かが乗ったのと、耳元の声の出現は同時だった。

「何を言うって?」
「ひゃああ!?」

ぎくりとびくりとを掛け合わせた反応は、自分がしたとは思えないようなどこか遠い感覚だった。思わず背が反り返って爪先までピン、と伸びたが、乗っている誰か――などと考える隙もなくナツなのだが――は振り落とされる様子もなく安定してそこに居る。
ルーシィは横の桜色から顔を逸らした。

「なんで居るの!?てか何乗ってんの!」
「ギルド来ねえから遊びに来た。これはルーシィライドだな」
「何その遊園地のアトラクションみたいなの!?」
「よし、次は空飛ぶルーシィ」
「飛ばないわよ!」
「おい、揺らすな。酔う」
「いい加減あたしを乗り物扱いすんのやめなさいよ!」

ナツは上半身だけ覆い被さるような体勢で、背中が全面温かい。大声を出すことで少しだけ落ち着いたルーシィは、状況を改めて認識して顎を引いた。本のページを睨んで、今度は声を抑える。

「重いわよ」

あまり騒ぎ過ぎるのは意識しているのがバレるかもしれない。
男女の垣根がないのか、ナツはドキリとするほど距離を取らないことがよくある。こんな接触でも、彼にはきっと何でもないことだった。
男だ女だの言って面倒くさい奴、と思われるのも本意ではない。ルーシィはぐっ、と唇を噛んで、彼が退いてくれるのを待った。

「重くねえだろ。足、下に付いてんだから」

確かにナツは上半身こそルーシィに凭れ掛かっているが、足も腕もベッドの上にある。実際、彼の言う通り重くはない。
かこつけて離れさせようとしているのは自覚していたが、嘘を吐いているというつもりはない。ルーシィは再度、強めに警告した。

「重い。退いて」
「重いってのがどういうことか、わからせてやろうか?」
「え」

声音に妙な迫力があった。覚悟する間もなく、ナツの顎ががすん、と後頭部に落とされる。

「痛っ!?」

ナツはひょいひょい、と足をルーシィの上に乗せてきた。腕でバランスを取ったかと思うと、それもベッドから離れる。
そして、彼は手足をバタつかせた。

「クロール!」
「お、重い!ホントに重い!てか足痛い、膝痛い!」

悲鳴に満足したのか、ナツが楽しげに笑った。ようやく身体の上から下りて、ついでのように開いたままの本を奪っていく。

「で、なんて言って欲しいんだ?」
「あっ」

その話を持ち出されるとは思っていなかった。慌てて起き上がり、即座に腕を伸ばす。
しかしナツは予想していたかのようにするりと避け、ルーシィの手は空中を掻いた。

「返して!」
「これか」
「いや、違っ……!」
「よし、良いぞ。言ってやる」
「え」

腕が勢い良く引っ張られた。ぐるりと視界が回り、自分のものではない腕が身体を拘束する。重力の方向は違うが、さっきと同じ――背中が温かい。

後ろから抱き締められた格好だった。

「え、えっ、ナツ」
「じっとしてろ」

左耳に、吐息がかかる。その言葉に魔法をかけられたように、自由が奪われた。するすると、ナツの右手が首元に当てられる。

そして、重く。
ナツが言った。

「『金目の物を出せ』」
「…………」

しばらくの間を取って、ルーシィはそれが件のセリフの前のページにあることを思い出した。衝動のままに、ナツの手に爪を立てる。

「そんなの言って欲しいわけないでしょ!?」
「いっ、痛ぇっ!なんだよ、強盗に襲われるくらい金持ちっぽい、っていう褒め言葉だろ!?」
「そんなわけあるか!」
「夢を壊して悪ぃけど、ルーシィは言われないと……ぐほっ!?」

肘鉄がナツの鳩尾に綺麗に決まった。






2015.2.2-2015.3.1拍手お礼文。


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