最速で来たとは言え一度家に帰りかけたハッピーと、一直線にルーシィの部屋に来たであろうナツとは、到着にあまり差がなかった。
窓枠に隠れながら覗いていると、桜色は建物の入り口ではなく予想通り窓の真下に向かって来た。顔を出すのは時間にしてあと十秒くらいだろうか。
一、二、三……。
ナツが窓を開ける前に、ルーシィを振り向かせなければならない。タイミングを計って、ハッピーは彼女を呼んだ。
「あい、ルーシィ、良いよ!」
くるりと、頭が先に窓を向く。そして肩。力の抜けた指先が身体の横に下りたと同時に、ナツがひょい、と顔を見せた。
「!」
最後に、ルーシィの足が惰性のままに向きを変えて止まる。呆然と目を見開いた彼女に、ハッピーは第一段階――ルーシィが視認すること――の完了を確認した。
ナツはルーシィと目が合ったことに一瞬驚いたようだったが、すぐににっ、と笑ってみせた。その笑顔が、不思議そうな色に溶ける。
「?」
口元だけは微妙に笑みの形を残したまま、ナツは目を瞬かせた。ルーシィを、今や真っ赤に染まってぱくぱくと口を開け閉めしている彼女を凝視しながら、窓ガラスを押し開けようと手をかける。
そこで初めて、彼の焦点がガラスに合った。
『I love you, Lucy!』
ハッピーの書いた吹き出しとその中の文字は、ナツの位置にぴったりだった。狙い通りに、彼のセリフのように見える。
ナツが視認した。第二段階――最終段階だが――完了。
「――……っ!?」
逆側からは読みにくかったのか、多少のタイムラグがあって――
ナツが消えた。
「えっ?」
「落ちたね」
どすん、と外で音がする。慌てて窓に駆け寄るルーシィの服を引っ張って、ハッピーは首を振った。
「言ってなかったけど、オイラ達、ケンカ中なんだ」
「え、け、ケンカ?」
「話してくるから、ルーシィはここに居て」
物言いたげな彼女を置いて、ハッピーは窓から飛び出した。背中から落ちたらしいナツが起き上がるのを待って、地面に下りる。
彼は立ち上がらずに胡坐をかいた。見上げた彼の顔は、さっきのルーシィよりも赤く思える。ぷい、とそっぽを向いた仕草から、見られたくないのだとわかった。
「何ヘンなこと書いてんだよ」
「ヘンじゃないよ」
恋愛感情は健全だ。ハッピーのシャルルへの想いも、異常なことではない。
「好きなら好きってはっきりしなよ。そんなんじゃルーシィが可哀想だよ」
一度ルーシィの存在を挟んだせいか、一方的に責める気はなくなっていた。諭す余裕が出来て、ナツの目をじっと見る。
「だから、オレは……」と言いかけて、ナツはちらりと窓を見上げた。拗ねたような口調で、零す。
「そうじゃねえだろ」
「まだそんなこと言うの」
ハッピーとしては、ナツが認めさえしてくれれば良かったのだ。本音はルーシィに告白して、二人が上手くいってくれることが一番なのだが――それはともかく、ナツが自分に『ルーシィが好きだ』と教えてくれるのを望んでいた。
このイタズラで、ルーシィを巻き込んだ。ナツの性格上、もう隠さなくても良いか、となることを期待していたのに。