中を確認してから、ハッピーは一気に窓を開けた。後ろを向いていたルーシィが、そのままの体勢でびくりと肩を跳ねさせる。
「わひゃあ!?」
想像以上に無様な悲鳴が上がる。イライラしていた気分がすっと頭のてっぺんから抜けていくのがわかった。
「なっ、何よ、ハッピー!ビックリしたでしょ!」
「ルーシィってルーシィだよね」
「え?」
振り向いた彼女がことりと首を傾げて、ハッピーはさらに柔らかい気持ちになった。さっきまで心に生えていた無数の棘のせいか、穏やかな心地が際立つ。
時間にすれば付き合いは短いのだが、ハッピーにとってルーシィは紛れも無く避難所だった。会話は弾み、からかっても反応が良く、面白い。そばに居ると、気負うことがなく自然体で居られる。彼女がそうと気付かずとも、自分を取り戻す切欠を与えてくれる。
「オイラ、ルーシィ大好きだよ!」
「何、いきなり……」
くっ、と顎を引いたルーシィは、照れを見せながらも笑ってくれた。
「うん、あたしも大好きよ」
せっかくの返事を、ハッピーは半分聞き流した。頭の中に浮かんだ、『ナツもルーシィのこと大好きだよ』に意識を取られたせいだった。
ルーシィはきっと、今と同じようには笑わないだろう。真っ赤になって、狼狽えて。疑り深く真意を確かめて。
そして、幸せそうに受け入れてくれるに違いない。
ハッピーは、ルーシィもナツのことを好きだと確信している。ルーシィはあまり恋愛に積極的ではないが、それでもナツの一挙手一投足に期待や混乱を見せることがある。このままナツが想いを不明瞭なままにしているのは、彼女が可哀想に思えた。
ナツさえ、一歩踏み出せば。
「ハッピー?どうしたの?」
「ううん……」
無言になったハッピーに、ルーシィがさっきと反対側に首を傾げる。さらりと金髪が揺れるのを最後まで見ずに、ハッピーは入ってきた窓をゆっくり閉めた。
ナツは数分もしない内にこの窓を開けるだろう。ルーシィを驚かせるのが日課のようなナツだ、自分が一緒でなくても、窓から来るだろうことは予測できる。
何かトラップでも仕掛けておこうか。
思い立ってからの行動は早かった。翼を出し、机の上から太いペンを拝借する。窓に戻ってペンの蓋を外しながら、ハッピーはルーシィを振り返った。
「ルーシィ、後ろ向いててー」
「え?何するの?」
「良いこと」
それで納得したわけではないだろうが、ルーシィは従ってくれた。よく言えば素直だが、むしろちょろいと言った方が正しい。そんなところも、ハッピーは大好きだった。
彼女の幸せのために、やはりナツを多少懲らしめなければならない。
窓ガラスがきゅきゅ、と音を立てる。まずは大きな楕円。
「ちょっと、何か書いたでしょ!?」
「すぐ消せるよ」
ペンに油性と注意書きがしてあったことには今気が付いたが、それでも消えないわけではないだろうと判断した。
字を書くのはあまり得意ではない。よれながらも、ハッピーはなんとかそれを書き終えた。蓋を閉めて、机に戻しに行く。
「ルーシィはナツが来るまでそのままだよ」
「ナツ?来るの?」
「あい。絶対」
不満げなルーシィの瞳が目に見えて緩む。
「ナツにイタズラするのね?」
「あい」
この場に彼が居るわけでもないのに、小声で囁き合う。
一転してわくわくした様子を見せる彼女と窓を見比べて、ハッピーは笑みを浮かべた。