猫、力を授ける






「お腹いっぱい〜」
「そら良かったな」

一緒にテレビでも見ようというリサーナを断って部屋に戻ってきたナツは、ベッドの上で腹を上にして転がる猫を半眼で見やった。
ハッピーの毛並みは家に入った途端に元の青色に戻り、ナツはその瞬間を見逃してハッピーを二度見した。全く、魔法というやつは気付かないうちに突然行われるものなのか。

「で、さっきの話なんだけどよ」
「んー…オイラ眠くなっちゃった」

落ちそうな瞼をこすりながら、ハッピーがのたまう。ナツのこめかみに青筋が浮かんだ。

「永眠させてやろうか」
「…遠慮しておくよ」

ハッピーはベッドに座りなおすと、ナツを頭のてっぺんから足の先までじろじろと観察した。

「なんだよ?」
「ナツ、いつもそのマフラーを身に着けてるの?」

薄紫色のパーカーの上にくるくると巻きつけた、変わった模様のマフラーを指差してハッピーが訊いた。

「だったらなんだよ?」

ナツは若干むっとしてマフラーを庇うように手で押さえた。
これはナツの父親が失踪前にくれた物で、それ以来大事にしている。置いていかれたトラウマにも直結しているため、ナツはこのマフラーに触れられるのを嫌がっていた。
感覚的な接触としても、話題としても。
ハッピーは気にした風もなく告げた。

「魔法使いになるには、魔法の鍵となる物が必要なんだ。ハンカチでもペンでもなんでもいいんだけど、ナツがいつもマフラーを外さないっていうなら、それでもいいよ」
「魔法の鍵?」
「うん、それがあればナツも魔法が使えるよ」
「てか、オレやるなんて言ってねぇし」
「使ってみたいんでしょ?魔法」

ハッピーはにこにこと笑っている。ナツは見透かされてうっと息を詰まらせた。

「じゃあ、鍵を植えつけるから、マフラー外して」

ハッピーは何もないところから緑色の風呂敷包みを取り出して中を漁った。
手品のようなそれに感心して、ナツは口を開いた。

「なぁ、それ、オレにも出来るようになるのか?」
「どうかな。魔法はそれぞれ固有のものなんだ。オイラのこれは使い魔としての能力だから、ナツには使えない可能性の方が高いよ」
「ちぇ。使い魔って何?」
「それは後で説明するよ。とりあえず、マフラーをここに置いて」

ハッピーは右手でベッドを指して、風呂敷から取り出した何かを左手に構えた。
ナツは言われた通り、マフラーをベッドに置く。

「なぁ、これ…マフラーは大丈夫なんだよな?なんか変な生き物になるとか、形が変わるとかしないんだよな?」
「大丈夫だよー…あ、触られるの、嫌なんだよね」

ハッピーはマフラーを手繰り寄せようとして、手を引っ込めた。

「?オレそんなこと言ったか?」
「顔に書いてあるよ」

ハッピーは左手の何か――桃色のボールのようなものをマフラーの上に落とした。
ボールはマフラーに吸い込まれるように消える。

「はい、出来た。巻いてみて」

存外あっさりと、ハッピーは言った。ナツは半信半疑でマフラーを拾い上げ、首にいつものように巻く。

「うぁ!?」

その瞬間、体が熱くなるような感覚が襲った。ハッピーがにやり、と笑う。

「どんな感じ?」
「なんか…暑い…いや、熱い…?」
「どの意味かな…。まぁいいや、ナツ。目を閉じて、マフラーに集中して」
「お、おう…?」
「右手を上に上げて、左手を腰に…そう!オイラの後に続いて言って」
「ん?」
「『ピンクパワーメタモルフォーゼ!まじかる☆ナツくんにな〜れ』」
「言えるかぁあああ!!」

心の底から絶叫して、ナツはハッピーに掴みかかった。手が触れるか触れないかのところで、その右手が光りだす。

「!?」
「ちぇ」

ハッピーがつまらなさそうに舌打ちした。
光はあっという間にナツの全身に及び――消える。

そこには、所謂『変身』をしたナツが居た。






桜色の方が良いかと思って、初めは「チェリーパワー」だったんですが、ブロッサム抜けてるわ、どう見ても童貞パワーだわで止めました。
30歳まで童貞貫けば魔法使いになれるって言いますし、それでも良かったかも。てかピンクパワーでも充分いかがわしいですね。



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