boy meets cat






夕焼けが侵食するアスファルトの家路を歩きながら、ナツはひとつ伸びをした。マフラーが反った背中で揺れる。
授業はサボってばかりいるが、サボるのもそれなりに疲れる。横暴で執拗な教師から逃げるには、体力と知略が必要だ…とナツは思っている。
当たり前だが、成績は悪い。出席日数もぎりぎり。売られた喧嘩は残らず買う。
ナツは所謂不良というものに位置付けられている。しかし学校の生徒はおおらかというか、他人のことを気にしないというか。一部では怖がられているようだが、概ね理解ある態度で接してくれていた。

「ナツ、数学の先生怒ってたよ。そろそろ授業出ないと、留年させるって」

幼馴染のリサーナが、隣でナツを叱るように声を上げた。
その大多数の態度を和らげる理由が、このリサーナだった。容姿も成績も性格も優秀な彼女は、誰の信頼も厚い。リサーナが怖がらずに接することが、他の生徒にとってナツが恐怖の対象ではないと知らしめることになった。
それはそれで感謝しているものの、説教はいただけない。

「ちぇ、うっせぇな。てか、留年しても別にいいっての」
「私は嫌!折角ナツと一緒のクラスになったのに」

リサーナが小石を蹴った。2、3跳ねて道路脇の溝に落ちる。

「…仕方ないわね、私が彼女になってあげようか?」

唐突な話題転換とその内容に、小石を目で追っていたナツはあんぐりと口を開ける。

「な、おま、何言って…」
「だって、学校が楽しくないから留年しても、なんて言うんでしょ?彼女でも出来たら、きっと学校行くの楽しいわよ?」

ナツはもう二の句も告げずに、口をぱくぱくさせてリサーナを見つめるだけだった。
リサーナはその真っ赤に染まった顔を見て、くすり、と笑う。

「うぶねー」
「うぶ言うな!お、お前こそ…オレをからかってばっかいねぇで、彼氏でも作ったらどうなんだよ!」
「…それ、本気で言ってる?」

急に声のトーンが下がって、リサーナがナツを半眼で見つめる。身長差があるので、下から覗き込まれるようだった。青い瞳が、探るように揺れる。

「な、なんだよ」

リサーナはここ数年で急激に大人になったようだった。いつまでもガキのままの自分とは違う、置いていかれたような気になって、ナツは焦った。

「私だって、傷付くんだけどなー」
「あ?」
「ううん、なんでもない」

すい、とリサーナが離れて、ナツは安堵した。この幼馴染は、たまにこうしてナツをからかって遊ぶ癖がある。その都度ナツは慌てさせられて、何も得した気がしない。
リサーナがそんなナツの心情を知ってか知らずか、軽く溜息を吐いた。




自分の家に帰るリサーナに手を振って、ナツも自分の家に入った。家が隣同士だとクラスメイトに知られたときの、男共の悔しそうな顔が思い出される。
そんないいもんじゃない、とナツは思う。たまたまそうして生まれてきただけだ。そこに自分達の意思などない。だからと言って、嫌だとは思っていないが。
ただ、羨まれるのは違う気がした。
ナツには母親はいない。数年前には父親が失踪した。呆然と帰ってこない父親を待って玄関で蹲るナツに声をかけたのが、隣の家のリサーナだった。
同じく両親のいないリサーナの家では、当然のように姉兄妹三人ともが掃除なり料理なりを担当できる能力がある。ナツの家の家事はリサーナがしてくれていた。感謝しこそすれ、厭う理由など、どこにもない。
むしろ、彼女を縛り付けているのではないかと、思っている。優しくて責任感の強いリサーナだから、ナツが不良になろうと見捨てられずにいるのではないか。部活にも所属しないナツに合わせて帰宅部を貫き、彼氏も作らずナツに構っているのではないか。
ナツはリサーナが幼馴染で隣の家に住んでいることに幸運を感じはしても、このままで良いとは思えないのだった。
背負っていたカバンを床に投げて、ナツは居間のソファに転がった。ぶるる、と携帯が震える。

「『今日のごはんはカツカレー!いつもの時間に出来る予定だよ』…カツカレー…」

リサーナからのメールを読んだ途端、腹が減ってきたように感じる。ナツは冷蔵庫から牛乳を取り出して、パックのまま手を腰に当ててごきゅり、と一口飲んだ。

「あ、新しいの買ってくんの忘れた」

残り少なくなったそれを軽く振って、冷蔵庫に戻す。
床のカバンを足で拾い上げ、ナツは2階の自分の部屋へ向かった。




ここだけはリサーナに掃除しないように言ってある。思春期の男子には立ち入って欲しくない聖域というものがある。初めて下着を汚した朝などは、起こしに来たリサーナの顔を見れなかった。訝しがるリサーナに、まるで母親のようだ、と思ったものだ。
ナツは自分の部屋の扉を開けて、

「や」

そこにいる生物と目が合った。

「……」
「や」

ナツが黙っていると、それはもう一度声を上げ、今度は右手を掲げてみせた。動いている。

「……」

それはベッドの上で、足を投げ出して座っていた。ナツは近付いて、角度を変えて観察してみる。
どう見ても、猫だった。ただし、青い。

「なんか、言ってよ」

視線に耐えかねた様子で、猫が眉間にシワを寄せた。喋っている。やはり、空耳などでは、ない。

「お前、何だ?」

頭は混乱しているものの、猫自体は嫌いじゃない。喋る猫を、猫とするのならば。ナツはとりあえず危険はないと判断して(あったとしてもねじ伏せる気でいたが)椅子に座った。

「オイラはハッピー。ナツ・ドラグニルだよね?君を、魔法使いにしに来たんだ」






私服学校のイメージ。
たにしは通常全て描き終えてから1ページずつupしていますが、このまじかる☆ナツくんは書いた分を少しずつupしています。なので…途中おかしなことになったり無理やり繋げてみたりしていますが、温かい目でお読みいただけたら、と思います。



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