運命の嘘





「聡、なんか今日いい匂いするね」

「え? そう?」

すれ違いざまにそう言われて、自分の腕をクンクンと嗅いでみたが、なんの匂いもしない。

「あれ、違う?」

「香水とか付けてないし……」

そう、と言ってから高木はロッカーに向かって行ってしまった。
高木の首にはしっかりとした重厚そうな皮の首当てが嵌められている。そういえば、高木は薬の副作用が凄いみたいで、緊急時にしか飲まないと言っていた。

「……俺も、いつか来るんだよな……」

もうすぐ18になってしまう。
普通、オメガの発情期は思春期には来ているらしく、18歳になった頃にはほとんどが発情期を体験してるらしい。
だけど、俺はまだその予兆すらない。

小学校高学年になった頃、バース診断を受ける事が学校の方針として定められた。万が一があってはならないとの事だったらしい。
成長が早い子は小学校高学年で発情期が来てしまう。今まで俺が見てきたオメガの人達は少し華奢な人が多かったけど…そうじゃない人もいるのかな。

俺もバース診断を受けたのだが、まだそこでは分からなかった。多分背も小さいし成長も遅い方だったからかもしれない。不明という診断を貰って帰った。

翌年は医者に行ってちゃんとした検査をして貰うと、“ Ω ”と診断を受けた。
俺の隣に座って医者からその話を聞いていた母さんは、ちょっと泣きそうになっていた。しかし、その時の俺にはその涙の意味がよく分からなかった。

ただ、病院へ行った帰り道に母さんが言った事は鮮明に覚えている。

『聡は、きっと運命の人に会えるのよね。
お母さん、その人がどんな人でも応援……するからね。』

眉を下げて笑った母さんに、俺は一抹の不安を感じながらも力強く首を縦に振った。


「聡、次は数学だよ」

高木がいつの間にか隣に立っていた。
あれ、ぼーっとしてる間にもう終わったのか……。

「うん、分かった」

もう夏が開けて暫く経ち少し涼しい季節、寒気を感じて背筋がぶるりと震えた。

「あ……」

窓の外を見やると、なんだかキラキラしたやけに眩しい集団が校庭にゾロゾロ出ていた。
あの煌めき加減は多分特進クラスの人達だ。
みんながみんなキラキラしているというわけでは無くて、中には普通な人もいる。……だけど目立っているのはその“ α ”の輝きを持つ人たちだけだった。

「特進クラスか、」

高木がポツリとそう言った。多分俺の視線を追いかけて、あの集団を視界に入れたのだろう。

「いつ見ても凄いキラキラしてるよな
……あの中に運命の人がいたり、とか……」

そう言ってから高木を上目遣いでチラリと見ると、高木は眉を歪めた。

「そんなの、都市伝説だろう
オメガとアルファだけにあるだなんて、変だよ」

「……そ、そうだよな」

ちょっと反応を見たかっただけなのだが、そんなに否定されるとは思わなかった。高木、いつもは笑ってどうだろう、とか言うくらいなのに。

また窓の外に視線を移すと、サッカーボールで遊び始めた特進クラスの人達。

「……っ……」

ボールを受け取った人を不意に見た時、何故かその人と目が合ってしまった。ドキンと心臓が鳴る音。

慌てて視線を逸らすと同時に先生が教室に入ってきた。俺はまた慌てて、数学の教科書を机の上に出した。
高木も先生が来たと分かると、くるりと背を向けて隣の席に座った。

び……っくりした……。

授業開始から少し経って、俺は机に突っ伏した。
窓側を向くとみんなでサッカーをしている、何故かさっきの人をその中で探してしまった。
別に気になるわけじゃないけど、なんだかもう一度見たいと思ってしまった。
アルファ……だから、なのかな。

「コラ、起きなさい」

机がカツン、となる音と、数学の先生の少しのほほんとした声……って俺かっ!

「す、すいません……」

「うん、分かれば良し」

俺はガバリと起き上がって先生に小声で謝った。
過ぎ去った先生の後ろに高木の顔が見えて、思わず口を開いたまま固まってしまった。しかし慌てて切り替えて、また何か言われないように前を向く。

な、なんか……今の高木の顔って……。
眉は下がっているが目尻は上がってて、口は不機嫌な時のように固く結ばれていた。
まるで自分にも構って欲しい、みたいな顔をしていた。

高木の意外な一面を見てしまったようで、ドキドキと心臓が鳴った。普段クールな高木でも、あんな顔するんだな……。
そういえば高木は、よく先生の授業準備を手伝ってたな……。

……もしかしたら……なーんて。


次は移動教室で、高木と廊下を歩いている最中に筆箱を落としてしまった。
手を伸ばしてそれを取ろうとすると、高木が隣で小さく声を漏らした。

「……え……」

俺が手を伸ばすより先に伸びて来た手が、筆箱を掴んだ。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう……」

筆箱を受け取ろうとしてその人の顔を見ると、つい言葉が詰まってしまった。
さっきの、αのひとだ……。

「どういたしまして
さっき、窓から見てたよね」

「えっ、えっと……」

なんだか恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。
だって、なんか俺が見たくて見てたみたいな……盗み見してた様な言い方だから……。

「ダメだよ
ちゃんと授業受けなきゃね」

手にぽすんと筆箱を置かれて、その人の指が俺の手の甲を撫でた。
え……?

「じゃあね」

「あ、ありがとうございますっ」

颯爽と去って行くその人の背中に頭を下げる。
やっぱりαのひとはかっこいいな……。

「……あの人、校庭にいた人?」

「あ、うん
……多分ね」

「そう」

そう言って、高木は持っていた教科書を持ち直した。その顔は何かを考えているみたいだった。


「あ、高木」

ホームルームが終わり、一緒に帰ろうと高木に声をかけようとする前に高木が慌てて鞄を持って駆け出そうとした。

「えっと、今日は先に帰ってていいから
……俺、委員の仕事があるから……」

そう言ってから、じゃあと手を振って足早に去って行った高木。
最近、高木と一緒に帰ることが少なくなった。
別に俺が避けられているとかではなく、純粋に高木は何かを追いかけているようだった。

そんな時の高木の表情はいつものつまらなそうなものとは違い、とても瞳をキラキラさせて手を振るもんだから、理由だとかはあんまり聞けなかった。
聞いてもきっと高木は教えてくれない。

ひとりでとぼとぼ歩いているうちに、見掛けるうちの学校の生徒は少なくなって行った。
みんな駅の方に行き、駅を使う人もいれば学校帰りに遊んだり、だから自然とこっちの方向はいなくなる。
バス通学は少なくて、だから高木もバス通学と知った時は嬉しかったな。

誰もいないベンチでぼーっとしていると、誰かが隣に座った。足元をちらりと見ると俺と同じチェックのスラックス、同じ学校の人か。

「さっきの、筆箱の子だ」

「……え、あっ!」

突然そんなことを言われて、思わずその人を見た。
さっき筆箱を拾ってくれたあのひとだった。

「あの、さっきはありがとうございました……」

αの人って、高慢そうなイメージがあるから下手に出たほうが良いと思っているけど……

「ううん、拾えて良かったよ」

「……え?」

「それより、名前なんて言うの?
僕は瀬良和美、よろしくね」

「あ、俺は……相葉聡、です」

差し出された少し大きな手を握り返すと、瀬良は笑みを深めた。
なんか、瀬良くんは良い人みたいだ……。
そう思い直して、俺も笑う瀬良くんに笑い返した。


「今日も、先に帰ってて……!」

今日も、って言うか最近はいつもなんだけどね。
そう思いながらも俺は高木にひらひらと手を振って見送る。
高木は、授業中でも休み時間でもぼーっとする事が増えた。何故かは分からないけど、ずっと何かを考えているみたいだった。

だから、最近帰りはひとりになりつつあるのだが……

「聡くん」

「あ、和美くん」

肩を軽く叩かれて振り向くと、和美くんが髪の毛をキラキラさせて立っていた。
やっぱり今日もかっこいいな……

和美くんと出会って分かったのは、αの人がみんな高慢な人ってわけじゃないってことだ。それに、αの人はやっぱりキラキラしてて、かっこいいって事。
一緒にいると息が詰まりそうな程、ドキドキしてしまう事がある。

あのバス停のベンチで和美くんと偶然会ったときから、こうして一緒に帰る事が増えた。
まあ、高木と一緒に帰らない事が増えたって事でもあるけどね。
でも、嬉しいな。バス通学の仲間が出来て……

バスはひんやりしていて、大体席は空いているから割と通学は楽な方だと思う。
なんで今まで和美くんと会わなかったのかな。

「ん?どうしたの」

「いや……和美くんと今まで会わなかったのが、不思議だなぁって……」

「……そうかな、僕はそんなこと思わないけど
乗る時間帯が違かったのかもね」

「そうだよね」

確かに朝は和美くんと会ったことはまだ無いかも。
あ、でも大体高木がいるからな……。


「えっ、高木風邪引いたのかっ」

翌朝届いたラインの内容に俺はちょっと大きく声を上げた。
いつも高木とは同じ時間のバス停で待ち合わせるのだが、丁度家を出ようとしたときにその連絡に気が付いた。

「……。」

バスに乗るといつもと同じくあんまり人はいなかった。
混んでるとこ見たこと無いんだよな……。

「……おはよう、聡くん」

突然伸びてきた手で腕を掴まれて、はじかれたようにその掴んできた人を見た。

「和美くんっ!
……おはよう、びっくりした……」

「はは、ごめん
それより、今日はひとりなの?こっち、座りなよ」

「あ、うん……ありがとう
今日は、高木が休みで……あ、高木って友達なんだけど……」

「……そう、どうしたのかな」

「風邪ひいちゃったみたい
もう衣替えの時期だもんね」

バスが少しガタリと揺れて、止まった。
クン、と息を吸うと鼻がヒクリとした。
俺はびくりとして、ちょっとびっくりしながら隣を見る。
和美くんも驚いた顔をしてこちらを見ていた。

「……え、……」

「さとしく……君、オメガなの……、」

プシューと音がして、バスの扉が開く音。
俺はサラリーマンの人に続くように慌てて扉から飛び出した。

身体がカッとして、なんだか冷や汗をずっとかいているようなそんな感覚。
押しては返す波のように、感覚が全身を支配する。

「……待って、聡くん!」

「やだっ!来ないでっ!」

これは、発情期だ。膝がガクガクして、言うことを聞いてくれない。

「違う、大丈夫だよ。何もしない……っ」

「……ウソっ……!」

多分俺の後を追ってきたのだろう、和美くんが俺の腕を掴んできた。
俺は身体を捩ったが、その腕は力が強くて離れてくれない。

「……あっ……やだ……、」

「……ッ……」

ギュウウ、と突然強い力で身体を抱かれて心臓が止まりそうだった。
息はハアハアと荒くなるし、心臓はものすごい速さで鼓動を打つ。
これが発情期……なんだろう、多分……。

俺はハッとして、首筋を隠した。

「……大丈夫だよ、とりあえず……どこか、……」

「やだ……っ!やっ……!!」

俺が叫ぶようにそう声を上げていると、突然口を手のひらで塞がれた。
びっくりして見上げると和美くんが鋭い目つきで俺を見ていた。

「……今ここで離したっていいけど、そしたら聡くんは誰かに襲われるよ
それでもいいなら離してあげる」

「……ぁ、……」

俺は身体から力を抜いて、素直に和美くんに従った。
確かに、ここで和美くんから逃げたらそのうち誰かに捕まえられるかもしれない。そんな事は嫌だ……。

「……とりあえず、ラブホテルでもいい?」

「…………」

息が荒くて、もうどうしようもなかった。
なんで薬とか、そう言うのを持って来なかったんだろう。
今日は大丈夫って今まで過ごしてきたツケが回ってきたんだ……。

俺は和美くんの陰に隠れるように歩いた。
足元は覚束ず、何度も和美くんに抱き上げようか、と聞かれた。

初めて入ったラブホテルは思ったよりも普通のビルみたいで、制服姿でも和美くんが事情を話したのか通してくれた。

「ここからは一人で入って、僕は薬を買ってくるから」

「……っで、でも……」

「大丈夫、ここは鍵が掛かって従業員しか開けられないから」

「やだっ……ひとりにしないでっ」

今はひとりにはなりたくなかった。
頭がクラクラして、前が霞んでいるように見える。身体がムズムズして、居ても立っても居られない。

「困ったな……」

「お願いっ行かないで……っ」

「……服脱がすよ、これ借りてきたから……」

そう言って差し出してきたのは首輪を模したもの。
オメガは首を隠すためにベルトをしているが、オメガじゃない人もそういうプレイで首輪をしている事もあるという。
これは多分その類だ。

「ないよりはマシでしょう」

「……うんっ、うん……」

ボタンを外そうとするが指が震えて上手くできない、そんな俺を見かねてか和美くんがボタンを外してくれる。
その後は首に微かな重みを感じたが、今はそんな事考えられなくなっていた。

「聡くん、……」

「……ぁあ……も、や……」

お腹の中がズクンと疼く。
何かで埋めたくて仕方がない、何でだろう……こんな、動物みたいな衝動。

「ぁ、あ……」

自分の身体なのに、自分のものじゃないみたいで……操作してるのは別の誰かみたい。
自分の意思では上手く身体が動いてくれない。

「う、ぅう……どうしよう……」

ぽろぽろ溢れて来る涙は、どうしようもなくて拭う事もせずそのまま落ちていった。
スラックスに濃く色を残すその涙の感覚すら、あまり感じない。

「もういやだ……」

「……うん、大丈夫
少し横になろうか」

頬に当てられた手は冷たくて、俺は和美くんを見上げた。

「そんな顔しないで、大丈夫だよ」

「かずみ、くん……」

髪の毛をサラリと撫でられて、一瞬身体が軽くなった気がした。

「僕は、アルファだとかオメガだとか……そう言うのには縛られたくないんだ……」

「……お、俺だってそうだよ……っ」

「うん、だよね
だから、大丈夫だよ
僕は絶対聡くんに怪我はさせない」

「…………」

俺がベッドに蹲るように丸くなると、和美くんが掛け布団を掛けてくれた。
ヒンヤリとした感覚に、ホッと息をつく。

「……僕の母さんも、オメガなんだ
それで、アルファの父さんと結婚した」

「…………」

まるでおとぎ話でもする様に始まった和美くんの話に、身体の熱を意識しない様に耳を傾ける。

「……でも、どうしても二人とも上手くいかなくてね
幼馴染だった二人は、どうしてもお互いが夫や妻だと思えなかったんだ」

「……」

急に重くなった様なその話に、思わず和美くんの顔色を窺う。
しかし和美くんはそんな俺を見てから、にこりと笑った。

「母さんに予期せずヒートが来て、その場にいた父さんが耐えられなくて番っちゃったんだって」

少し嘲笑うようにそう言った和美くんの表情は、髪に隠れて見えなかった。
けど、なんだか悲しそうに見えた。

「……母さんが、僕がαだとわかった日に話してくれたんだ」

「……えと、……」

「……どう?落ち着いたかな」

「あ、うんっ少し……」

こんな悲しいような、そんな話を聞かされたら強制的に落ち着くよ……。

「でも、聡くんがオメガだとは思わなかったよ
なんで首輪をつけていないの?」

「あ、あの……俺、」

顔がより一層カッと熱くなる。
はじめての発情期だなんて、なんだか子供っぽくて恥ずかしい。

「……もしかして、初めて、なの?」

こくり、と小さく頷くとそうか、と呟くように返した和美くん。
やっぱり恥ずかしいよね、きっと和美くんもびっくりしてるだろうし……。

「そんな時に一緒にいれて嬉しいな
だからあまり辛くないのかもね」

まだフェロモンが安定してないだろうから、
そう言われてそうなのか、と初めて知る。

「αとあまり接触のないΩは、発情期を迎えることが遅いんだ
稀にいるってこの間習ったんだけどね……聡くんがそうだったんだね……」

僕と長く接触したことで発情期が誘引されたのかも……
そう言いながらなんだか嬉しそうに俺を見る和美くん。
なんなんだろう……その瞳の意味は。

和美くんの話を聞いてそう言えば、と思い出す。
小学校以来、αと関わることは無かったし遠巻きにいつも見ているぐらいだったからかな……

「……もしかしたら運命なのかもね、僕たち」

「……え?」

「運命の番、よく聞く都市伝説だよ」

「あ……最初から決まってる番って言う、」

よく聞く噂だ。
番は本当はみんな最初から決まってるけど、その番に会えるのはほんの一握りの人たちだけだって言う……都市伝説だとか昔話の類いだ。
その運命の番は会った瞬間ビリっと電気みたいな衝撃を受けるらしい。

……でも、……

ちょっと気になって和美くんを見上げる。

「……僕は、あの日聡くんと目が合った瞬間
身体に稲妻が走ったみたいな衝撃を受けたんだよ」

ニッコリ笑う和美くん、俺はなんとなく申し訳なくなった。
きっと和美くんは運命の番の噂を信じてるんだ……。

「だからあの後会いに行ったんだ」

「……ぁ、……」

あの筆箱を拾ってくれたのは、偶然でも何でもなくて……俺に会いに来ていたってこと……?

「バスだって、いつも僕は聡くんを見てた
聡くんが僕を見ることは一度も無かったけど、それでも毎日一緒に登校してたんだよ」

悲しそうに眼を伏せた和美くん、
まつげ、長いな……

「……聡くん、聞いてないよね」

「いや、……聞いてるよ」

「うん、でもそれでいいんだ
こうやって、こんなところに一緒だなんて……それだけで嬉しいから」

「…………」

だんだん身体がだるくなって、眼を閉じる。
和美くんが何かを言っていたが、もうその声は遥か遠く、なにを言っているか分からなかった。


朝の陽ざしで目が覚めた、視界に入ったのはいつも見慣れた天井だった。

「あら、起きたの」

「俺、なんでここに……?」

階段を下りて一階に行くと、母さんがソファでくつろいでいた。
もしかして、あれは全部夢だった……? 俺は発情期なんかになってない、とか?

「瀬良くんにお礼言っておきなさいよ
ここまでタクシー出してくれて、送り届けてくれたのよ」

「え……うん、わかった」

「……瀬良くんが恋人?」

「えっ! そ、そんなわけない!」

首をブンブン横に振る。

「あら? そう?」

それだけ言ってまた雑誌を読みだした母さん。
なんてこと言うんだよ……まさか和美くんにも言ってたりしないよな……。

「いよいよ首輪、買わないとね」

「……うん、そうだね」

俺は項を擦りながら母さんに返事を返した。
和美くんに、お礼言わなきゃ……。



「……いた、……」

バスに乗り込んで周りを見回すと、同じ制服を着た艶のある黒髪……それに、周りに漂うαの存在感。
俺はその人に近付いて、隣の空いている所に腰かけた。

「和美くん、おはよう」

「……聡くん、おはよう」

「本当に、いつも同じバスだったんだね」

「ふふ、やっと気付いてくれた?
……ネックバンド、したんだね」

そう指摘されて、俺はうなじを掻いた。

「そう、なんだよね
まだ慣れないよ……」

「大丈夫だよ、時期に慣れるさ
僕も毎日薬を飲むのは辛いけど、慣れたらなんて事ないよ」

そっか、αだからヒート抑制剤を飲まなきゃいけないのか……。
……だからこの間も、そんなに苦しくなさそうだったのかな……?

「……この間、ありがとう
お母さんからも、そう伝えてって」

「ううん、元気そうで良かったよ
……辛かったね、お疲れ様」

微笑まれて思わず頬が熱くなる。
どうしてかな、今日は和美くんがいっそう輝いて見える……。

「…………」

自分の状態に気づいてなんだか恥ずかしくて、和美君から顔を逸らして俯いた。
なんか、ちょっと目が合わせられないな……。

「聡くんは優しいね」

「……え?
優しいのは和美くんだよ!」

「はは、そうかなぁ」

「そうだよ!
だって俺のこと、放っとくことも出来たのに……本当に感謝してるんだ
一人だったら……きっと、心細かったと思う」

「…………」

だってもしかしたら、何かしらあってはならない事が起きちゃったかもしれないのに……
それなのに、俺のわがままを聞いて助けてくれたのは他でもない、和美くんだ。

「ありがとう、和美くん」


「……うん、」

一瞬の間をおいて返ってきた返事、それに和美くんは窓の外を見てしまった。
あれ、なにか俺変なことしちゃったかな……

少ししょぼんとしていると膝に置いた手に、温かい大きなぬくもりがかぶさって俺の手を握った。

「……、……」

和美くんを見るけど、まだ外を向いたままだった。

俺はちょっと笑って、その手のひらを握り返した。


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