神様の手2


  


お城を出てから多分一週間くらいが経った。
俺はその間中、ずっと変な夢を見ていた。

あの電車の揺れに押しつぶされてもがき苦しむ夢だったり、あの白い花が大量に押し寄せてきてそのままよくわからない部屋に閉じ込められたり。

それから、あのお菓子の甘い匂いが頭からずっと離れない。
あまりおいしくないと思っていたのに、なんでかあのお菓子をもう一度、と思ってしまう。
…こういう風にやみつきになるようなものだったからエルラさんはあれを取り上げたのだろうか。


「君、あそこからいつも出てくる人だよね。」

「…え?」

朝、レストランのようなところで食事をしていると、そう声を掛けられた。
顔を上げるのが少し億劫でもたつきながら頭を上げた。

「リヴェリーチェから」

「あ、ああ…そうだけど…。」

リヴェリーチェは俺が宿泊しているパレスの名前だ。
身なりの良さそうな男だった。俺より少し年上くらい…かな…。

「今晩俺の部屋で小さなパーティーがあるんだ。良かったら来てくれ。」

告げられたのは同じパレスの最上階の部屋だった。
俺があいまいに頷くとそれを了承ととったのか、彼は満足そうに笑って店から出て行った。

ヴィルは今頃俺のことを探しているのかな。
…こんなにお金を持ってきてしまったし、指名手配だとか…してるのかな。


夜、彼の部屋に行くとやはり身なりの良さそうな人たちが集まっていた。

やっぱり俺もお金持ちだと思われていたのか…そんなんじゃないのに、

「ここで友達を作ると良い、見かける君はいつも一人だからね。」

「でも、俺…皆さんみたいに裕福ってわけじゃあ…。」

「なら、尚更さ。支援してくれる人を見つければいい」

ふわり、と彼からなにか甘い香りが漂って、俺は少しめまいのようなクラリとした感覚に陥った。

「…そう、かもね」

確かに、このまま一人で知らない土地で生きていくだなんて…悲しいよな。

「…じゃあ、こっちへ来るかい?みんなに紹介するよ」

そう言って有無も言わせずに腕を少し強引に引っ張られた。
少し部屋の奥へ行くと少し人だかりのような、塊が一点に注目していた。

「あれは…?」

「君も楽しむといいよ。みんなそれぞれに、手土産を持ってきてくれたんだ。」

振り向いた彼が少し、いやらしく笑ったように見えた。

「みんな、彼を紹介するよ。キュートだろう?」

「あ、その…」

ぺこりと頭を下げると、すこし近くに立っていた女の人が肩をするりと触ってきた。

「よろしく、ここは大人が来る場所だけど…あなたと彼はどういう関係なの?」

「えっと、…」

「ちょっと手が早すぎるんじゃないかい?」

困っていると彼がそっと手を外してくれる。
また、ふわりと甘い香りが漂った。

「そう言えば、最近あまり天候がすぐれないね。…神が不機嫌なのかな?」

サッと彼が話題を変えてくれてその場は流れた。


「君、これでも食べる?」

彼がふらりとどこかへ行ってしまって、ひとり壁際にいると少し軽薄そうな男の人が話しかけてきた。
持っていた包み紙のなかにはカラフルでおいしそうなお菓子がはいっていた。

「…これ、って…」

匂いが鼻腔を突き抜けるように通って脳に行き届くような感覚。
俺はその人から奪うようにそのお菓子を取り、ひとつ口に含んだ。

「わぁ、そんなにこれが気に入ったの?…でもそんなに食べてしまって平気かな。」

俺はそんな言葉も聞かずに必死になってその包み紙を空にした。


「ちょっと!君!なにしてるんだいっ…!」


力が抜けてその人にもたれかかっていると聞こえてきたのはさっきの彼の声。
俺はぼうっとしながらそのまま目を閉じた。


「…起きたかい?」

「…ここは…。」

「僕の部屋さ。あのまま君は眠ってしまったからね…って覚えているかな。」

くらくらと、まるで頭の中で小さな巨人がジャンプしているかのように頭が揺れる感覚。
…昨日は、もしかして粗相をしてしまったのだろうか。

「…きのうは、…」

「昨日はごめんね。僕がついているべきだったね。
まさかエロイーズに捕まるとはね。」

俺はしゃべるのも億劫で、彼の顔をぼうっと見ていた。

「もうあんな、薬物まがいのお菓子を食べちゃいけないよ。」

「…え、」

「わかったね。」

「あ、はい…。」

彼はそれから少し寝かせてくれて、そのあと俺の部屋まで送ってくれた。
その途中口酸っぱくあの、軽薄そうな男のひとに近づくなとも言われたけど。
その日は一日中、二日酔いのような体調で過ごした。



「よっ」

ポン、と肩を叩かれて振り向くとあの軽薄そうな、エロイーズと呼ばれていた男が立っていた。

「……」

「ちょっとちょっと」

俺はそれに気付いた瞬間サッと男を無視して歩こうとすると肩を掴まれて引きとめられた。

「ゴメンって。
あの時は少し気分が良くてさ。」

「……」

俺はジッと男を見つめた。

「っでもさ、君だってこれ気に入ってたじゃないか。初めてじゃなかったよね」

「…ッ、…」

カサリと差し出されたのはあの、包み紙。
エルラさんに取り上げられた、ヴィルから貰ったあのお菓子だった。

「こ、これ…」

「これはちょっと軽いやつだけどさ、その様子だと君だって知ってるんだろ?」

彼に怒られたんだからな、と唇を尖らせる男に俺は頭の中がぐるぐるとしていた。

「エンゼルディライト
…食べる?」


彼に差し出された瞬間にまたあの、ふわっとした甘い香りが漂った。
これって、ドラッグだったのか…。
だからエルラさんは取り上げたんだ…
…でもなんでヴィルは、…これを俺に。

「どうしたの。」

「こ、これは薬物なのか…っ?」

「…そんなこと言わないでよ。
少し気持ちよくなるお菓子ってだけさ」


俺は男の手を払って、すぐさま駆け出した。

人に当たりそうになりながらも、やっと人通りが少ないところに着いて息を大きく吐いた。

「はあっはぁ、…」

左胸がジンジンして、肺が痛かった。

『エンゼルディライト』

きっとヴィルは分かっていて俺にあれを渡して食べさせたんだ。
エルラさんが言っていたことがようやく分かった、ヴィルは俺を殺したかったか廃人にしたかったんだ。
…でも、なんでだろう…一文無しなんだからそのままほっぽり出しておけば良かったのに…。

「…ここ、どこだ…。」

無我夢中で走って、気が付くと全然知らない場所に立っていた。
青々とした草が生い茂っていて、爽やかな風が吹いている。

さっきまでは天気は鬱々としていてすべてが灰色だったのに、ここはカラフルで色づいている。
まるでここだけ別世界のようだ。

「…俺、どうやってここに、…」

ぐるりと見回してもどこだかわからない、それにどっちから来たのかもわからなくなってしまった。

少し歩くとなんだか道が途切れているように見える。
あれは…。


「キフミ」


後ろを振り返ると白いような金色の長い髪の毛を風に靡かせた人がそこに立っていた。
俺はその人から目が離せなかった。

「キフミ、見つけた。」

花のように笑うヴィルは、あの…白い花みたいだった。
綺麗で、毒がある…あの白い花。

「ぁ、…」

俺は無意識に後ろへ下がった。
柔らかな草を踏むと足首になにかがサワリと触れた。

「…っえ、」

シュルシュルと足首に絡み付いてきた何かに、切羽詰まった声を出すと目の前で何かが揺れた。

「…このお花も、キフミが好きみたい。…僕と一緒だね。」

足首を見ると、薄いピンク色をした小さな花が巻き付いて空に向かい伸びていた。

「ダメだよ、よそ見しないで」

「わあ…っ!」

もうすぐ目の前に来ていたヴィルに驚き、俺はまたヴィルから離れようと後ろに下がる。


「…ぁ、…?!」

グラリ、と揺れる視界と身体に、全身から汗が噴き出た。
思い出すのはさっきの道が途切れていたところ。
これは、…崖だ…。

「…っ…」

「危なかったね、キフミ。」

「ヴィル…」

腕を掴んでくれたのはヴィルだった。
空を仰ぎ見るようにヴィルの顔を驚きながら見る。

「ヴィルっ…ありが、」

「…でも、これは逃げた罰だよ。」

「え、」

するり、と腕が離されて俺の身体は宙に投げ出された。
ヴィル…どうしてこんなこと…。

「また、後でね。」

ヴィルは俺の腕を離してもなお笑っていた。







「…え…」

ハッとして目を開くと身体が斜めになっていた。
でも、どこも痛くない。
目の前は暗く、…いや違う…。

「あ、気付いた?」

上から声が聞こえると思い上を向くと、人が覆い被さっているみたいでシャツが見えた。
アナウンスみたいな声が聞こえる…ここは、電車だ。

「ごめんね、覆いかぶさるようになってしまって。」

「あ、いえ…。」

俺は窓に背中を預けていて、この男の人に壁を作ってもらっているような体勢だった。
…今までのは長い夢だった、のかな…。
でも、これはちゃんとした現実だ。

「…あ、直ったみたい。」

言われて気付くと斜めになっていた車両が垂直になっていた。

「あ…」

少しずつ人波が引いていって重たさがなくなると、俺はずるずるとへたり込みそうになった。
すると手が伸びて来て腕を掴まれた。

「あ、ありがとうございま、…」

「平気?怪我はない?」

見上げたその人は白いような金色の髪の毛で、口元は笑っていた。


「久しぶり、キフミ。」



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