セイシュン


 

 友達の延長上、線引きできなかった青春、捌け口のない欲求、それかただのヤリ友。
 色々それらしい言葉とかあるかもしれないけど、俺たちの関係に名前を付けるとしたら一番後ろの『ただのヤリ友』だ。それ以上でもそれ以下でもない、本当にただのヤリ友。

 俺は、多分もともと男の方が好きだったんだと思う。別に女が嫌いとかじゃ無いけど、女で勃つことがそんなに無かった。よくプールの授業の後に勃つ事はあったけど、あれはなんかこうブルッとなる方のやつだ。どちらかというと女子の水着姿よりも更衣室で着替えている鍛えられた身体の方に視線は行きやすかった。

 普通に生きていると同じ仲間なんていなくて、まあ隠しているのかもしれないけど……高校生に上がった俺はとりあえず欲求不満だった。別にヤった事もないのにずっとムラムラしていて、一人でオナってても夢精なんて何回したのかって感じだった。

 そんな時に竜也と出会ったんだ。……出会ったって言い方はちょっと気色悪いな、とりあえず友達の友達という関係から『俺の友達』になった。

 竜也は高一ながら結構遊びまくっている奴だと、噂は兼ねてから聞いていた。その噂通りに竜也はしょっちゅう遊びまくっていて、家に帰る日がないほど女の家を行き来しているらしかった。まあそれはちょっと言い過ぎらしかったけど、週に四日は女の家で週三日は男の家らしい。どちらにせよ遊びすぎだ、と俺は思ったけど。

 そんな竜也と俺とは別にそこまで深い縁だとか、めちゃくちゃ気が合っただとかは無かった筈なんだけど、何故か週二日くらいは一緒に居るようになった。
 竜也に連れられて、オトナしか行けない場所に行ったりだとか、大学生のお姉さんたちと遊んだりだとか色々していた。その中でゲイらしき人に声を掛けられたりする事も何回かあったけど、なんだかんだで竜也が阻止してくれてそこまでには至らなかった。ありがた迷惑ってこういう事なのかと初めて思ったけど。

 そんな俺とストレートな竜也がどうやってセフレになったのか、気になるよな。俺もどうしてそうなったのか未だによく分かってはいないんだけど、多分お互いのノリと丁度いいタイミングだった。
 その日は確か、またオトナしか行けない所に行って、ついついお酒に手を出してしまったんだ。そこのオーナーが竜也の知り合いだとかで、特別に……というか気の良いお兄さんにお酒を出して貰ったんだ。それがなんかシャンパンで、少し苦いシュワシュワのジュースのようなお酒が出てきた。
 苦いし、コーラの方が絶対旨いと思ったけど、そこは場のノリと雰囲気で堪えて美味いですねとか適当な事を言ったんだ。そしたらその人が気を良くしてしまってどんどんシャンパンを開けるもんだから、何人かで腹一杯になりながら飲み干して行ったんだ。

 俺にとっては初めての飲酒だった。別に飲み物でそんな、泥酔だなんてするわけがないと思っていたんだ。みんな酔っているフリをしているだけで、実際酔っぱらうことなんてないとすら思っていた。だけど、全然違った。
 もうほとんど覚えていないんだけど、俺はその場で途中誰かに声を掛けられたんだ。もう顔も、男か女かすら覚えてないんだけど、とりあえず声を掛けられて腰に手を回されて……そしたら竜也がそいつを追い払ってくれたんだ。それで……どうなったんだっけ……。
 まあ、とりあえず竜也とその日にベッドインしてしまったんだ。最中のことはおぼろげにだけど、覚えてる。竜也が蛇になったみたいにキスしてきて、それで俺の身体を竜也の少し熱い息がラインを沿うように這って、指は少し硬くて爪が短かった。俺は本当にマグロみたいに横たわっててなされるがままだった。どうやってラブホテルまで来たかすら覚えてなかったのに、そういう時は覚えててキモイよな。

 それからはお互いに気が向いたときにヤるって感じで、週二日俺の家で遊んでいたのが、俺の親が帰ってくるのが早いからって週二日竜也の家でヤるようになった。竜也は俺とヤった後はベランダに出て必ずタバコを吸う。黒いセブンスターってやつだ。俺はタバコの匂いが嫌いだったのにその匂いだけなんだか心地よく思えてきてしまっていた。竜也のことはお互いを知るうちに好きになっていたし、あわよくば付き合えるかも、なんて考えてたことだってあった。竜也が俺のことを好きで抱いてるとかじゃないのは明白だったし、俺はそれに悲しむこともなかった。

「お前も吸ってみるか?」
「……いや、やめとく」
「なんで」
「肺が真っ黒になるんだろ」

 それで俺がヘビースモーカーとかになっても責任とれないくせに、よく言うよな。かくして俺の初恋らしき初恋はこうやって終わって、それでセフレが一人できた。

 それから高校三年に上がって、受験なんてものを生まれて初めてした。竜也と同じ大学にする気はなかったけど、俺は国立の大学に落ちて竜也と同じ大学になってしまった。試験の前の日に竜也の家に行くんじゃなかった……なんて今更だけど。

 だからここまでずるずると竜也との関係が続いてしまって、碌に恋愛なんてしてこなかったのに身体だけ一丁前になってしまった。どうしてくれる……なんて竜也のこと睨んだとこで意味ないんだけど……。

「やっぱイチとルームシェアすれば良かったな」
「なんでだよ、全部家事俺にやらせるだろ」

 俺は竜也の脱ぎ捨てたシャツを拾いながら答えた。いつもヤるときに服を脱ぎっぱにするのは前から変わってない。前は凄い男らしいっていうか、なんか格好良く見えたのに、今では凄くだらしなく見える。

「……分かった?」
「分かるだろ、どう考えても」

 前よりも竜也に気を使わなくなった。前は金魚の糞みたいに後ろくっついて歩いていたように思うけど、今はなんか対等って感じ。俺はたまに竜也の家事をしてあげてるけど、竜也は俺にいつもなんか買ってきたりしてくれるし。

「家事は器用な奴がやるべきだろ、俺にやらせたら家事が火事になる」
「ぶっ……それは確かに言えてるわ」

 ゴウンゴウンと音を鳴らす洗濯機の目の前に立っていると、後ろに気配を感じた。振り返ろうとすると、俺のケツになにかが当たっているのに気づいた。

「おいまじかよ」
「大マジ。なんか勃った」
「……小学生じゃねえんだから」

 ケツに擦りつけてくるそれを後手で握ると、竜也がうなじに噛みつくようにしてきた。これで付き合ってたらもう理想のカップルなんだけどな、生憎何年物のセフレなんて……。

「ヤベェ遅刻するっ!」
「……いってら」
「お前も行くんだよ! 起きろ!」

 一限はビデオ鑑賞のみの授業だからってとったけど、早くも脱落しそうだな。
 慌てて出てきたので、髪の毛がぼさぼさな竜也の髪をてぐしで梳かしてやると、眠そうな竜也がこっちを見た。

「ココってなんか燃えるよな」

 こっそりと耳打ちをしてきた竜也、太ももに手が当たって俺は思わず竜也の手の甲をつねくった。

「イテェ」
「当たり前だ。教室で変なことしたらマジでもう家行かねえから」

 そう言ってから大画面に映されている戦争の映画にまた視線を移した。隣でなんか言ってるけど、無視だムシ。


「やっと起きた」
「……あ?」

 あたりを見回すと誰もいなくなっていた。待てよ、いつの間に寝てたんだ……。

「ずっとねこけてっから起こさなかったの、俺優しくね?」
「今……まだ終わってから十五分しか経ってないのか」
「……なぁ」
「……なんだよ」

 怪しい表情の竜也の顔が迫ってきて、俺は思わず立ち上がった。すると椅子がガタンと音を立てて閉まった。それに気を取られた瞬間に腕ごと身体を包まれてキスをされた。
 ま、まじかよこいつ……!

「ん! んぅ、は……」

 机の上に押されるようにしてケツが乗っかって、蛇のように動く厚い舌が俺の口のなかをいっぱいにした。顎によだれが伝ってしまって、俺はそれを拭き取ろうと目を開けた。

「ん!?」

 その瞬間視界に入ったのは大学ではよくつるむ奴のなかのひとりである、春山という男が後ろの扉から顔を出してこちらを驚いた顔で見ていた。俺と目があったのに気づくと春山は首をブンブン振って人差し指を立てた。それから音もなく扉は締まり、俺しか春山の存在に気づかないまま、時間が過ぎた。
 俺は熱いキスの最中も春山のことが気がかりで、途中で冷めたのか竜也が身体を離してくれた。春山がしたハンドサインは言わなくていいってこと、だよな。竜也は気付いていた素振りもなかったから、俺だけが春山に気付いてて……春山はこのことを他の奴に言うつもりか?

 俺は焦りながらもその日一日を過ごした。竜也は三限までだからと先に帰ってしまった。俺は四限まで我慢して過ごして、それから大学の図書館に向かった。こんな時はとりあえず本を借りてそれを読みふけるべきだよな。考えないようにしないと……。

「いっちゃん」
「……は! 春山……」

 本棚に手を伸ばしていると隣から影が掛かって、女子が面白がって付けた俺のあだ名を呼んだ声に目をやると隣で立っていたのは春山だった。い、いつもは市井って呼ぶのに、なんか怖い……。
 春山はそれから俺の取ろうとしていた本を取ってくれて、渡してくれた。

「あの、ありがと……春山」
「いいよ、俺の身長はこれくらいしか役立たないから」
「あ、はは……そんなことねぇだろ……」
「……それよりさ」

 冷汗がだらだら垂れてきて、それなのに心臓の所が真冬みたいに冷えている。ごくりと息を飲んだ俺に春山が気付いて、場所を変えようかと提案をしてきた。俺は春山に取ってもらった本を手続きしてから、一緒に図書館を出た。

 手汗が凄くて、大学の外に出ていたことも気付かなかった。少し離れたカフェに入って、人気が少ない所を指定してくれたのか角の席で回りには誰もいなかった。

「あの、俺……」
「うん、とりあえず何飲む? 温かい方がいい?」
「え……えっと、ミルクティーで……」

 そう返すと春山が店員を呼んで注文をしてくれた。俺は店員にペコリとだけ頭を下げて、春山を見た。春山はまだ黙ってて、俺はそれにつられてなにも言わなかった。店員が飲み物を持ってきてくれて、やっと話始めるかと思うとそうでもなかった。

「……なあ、見てたよな」
「うん。ごめん、見るつもりはなかったんだけど」

 しびれを切らしてそう尋ねると、春山は肩をすくめるような動作をしてそう答えた。そりゃそうだ、俺だってあんなとこ見させる気は無かった。あんなとこで、あんなこと……もっとちゃんと竜也を止めていれば良かった。クソ……。

「……相手、竜だよね?」
「……そう見えたか?」
「うん、あの寝癖とあのパーカーはいつもの寝坊した時の恰好だよね」

 クソ……相手を誤魔化すこともできねえじゃねえか。意外と春山観察眼良いな……もっとおっとりしたヤツだと思ってたのに。

「大丈夫だよ、誰かに言おうとか思ってないから」
「……本当か?」
「うん。……竜と付き合ってるの?」
「いや……付き合うってか……」

 俺はミルクティーを飲んでから息を吐いた。なんで友達にセフレのこととか……しかも男同士でお互いに知り合いとか地獄かよ……。

「その、ヤるだけっていうか……」
「え?」
「ほら、なんていうか女ってちょっとめんどいじゃん?」
「……そう、かな」
「だからお互い溜まった時に発散してるっていうか……」

 そこまで言ってから俺が黙ると、沈黙が俺たちを包んだ。なんだ、なんだ……これってドン引きしてるってことだよな。でも、付き合ってるのかなんて聞いてきたのは春山だし、仕方なくないか? 本当に付き合ってるわけではないし。

「ねえ、それって竜じゃなきゃダメなの?」
「え、どういう意味だよ?」
「竜じゃなくて、俺じゃダメ?」

 意味が分からなくて眉を寄せて春山を見ていると、急に変なことを言い出した。
 竜也じゃなくて、春山……? どういうこと……。

「えっ!? は、春山と?」
「そう……。俺、実は前から市井のことが好きだったんだ」
「そ……」
「だから、もし本当に竜と付き合ってないなら……俺と、付き合う前提でそういう関係にとか、なれないかな?」

 春山は精一杯といった表情で、そんな表情初めてみた。特に付き合いが長いだとかではないけど、人のそういう表情を見たのは初めてだったし、春山の表情がこんなに変わるなんて思っても無かった。もう少しクールなイメージがあったから。

「俺、そんな風に考えたことなかったから……」
「いや、大丈夫。そんなすぐに返事が欲しいとかは無いから、真剣に考えてほしいんだ……俺とのこと」
「……わ、かった」
「こんな時に言うことになっちゃったけど、脅してるわけじゃないからね」


 家に帰ると、ソファに竜也が寝転がっていた。合鍵を渡したのは俺だけど、住んでるんじゃないかってくらいに転がり込んでくる。

「おかえり」
「ん」

 リュックを下して、そのままソファに座った。竜也の足が邪魔でその上に座ったけど、竜也はなにも言わなかった。しばらくして竜也が上体を起こして、そのまま俺に横から抱き着いてきた。足をケツから抜いてきて、その足で俺を拘束するみたいに巻き付けてきた。俺はなんかそれに反応できなくて、ぼうっとしていると、構ってほしかったのか分からないが、竜也が俺のフードのひもを片側だけ引っ張った。

「うざいな……なんだよ」
「お前なんかあっただろ」
「……え?」
「なにがあったんだよ」

 竜也の顔は俺の肩に乗っかっていて、表情は見えなかった。声が身体に響いてきて、それがなんか心地よかった。
 なんで俺になんかあったって分かるんだろう。俺、そんな変な表情とかしてたのか?

「別に、なんでもないけど……」
「大教室でしたの怒ってんのか?」
「あ……あぁ、そうだよ。もう二度とやるなよ」
「イチだって盛り上がってたろ」
「……そんな風に見えたか?」
「寝起きに襲うとお前すぐ飛ぶじゃん」
「はっ? ……もういい」

 確かに、朝起きた時のエッチは好きだ。なんかわかんないけど、フワフワした頭で気持ちいいと凄いヤバい。飛ぶって表現はなんか俺がヤりたがりみたいだけど、でもまあ確かに飛んでるって表現は正しいかも……。

「あ、俺これから飲み行ってくる」
「あーおっけ。どっかのゴミ捨て場で寝るなよ」
「わかんね、でもイチが迎えきてくれるだろ」

 ニッコリと歯を見せて笑う竜也に少しイラッとしつつも可愛いとか思ってしまった。こういう風に女にも笑ってるんだろうなとか思うとちょっと妬けるというか……。
 まあでも、最近は俺で満足してるのかわからないけど、多分以前ほどは遊んではいないと思う。もし前と変わりないペースで遊んでるんだったら凄いけどな。寝る時間とか五分抜きとかしてんじゃないかってくらい、俺といることが多くなった。

「駅までは迎え行ってやるよ」
「お、やさしー。じゃあまた連絡するわ」
「んー分かった」

 ソファから動かずに手をひらひらと振る。竜也は今はこういう風に軽い感じの付き合いがしたいってことだよな。そういうことだったら、確かに周りの女にはこいうことできなさそうだ。
 ……ってことは俺は春山にはこうやってできないんじゃないか? だって、別に長くずっといたわけじゃないし、あまつさえ春山は俺と付き合いたいとすら言ってきたわけで。……ん? 俺と春山が付き合えば解決なのか……?

「春山かあ……」

 春山は凄い落ち着いてる感じだ……周りがバカやってる時も、嫌な顔はしないが参加せず少し離れて笑っている感じ。俺と竜也は気分にもよるけどきっと参加する方。
 それがなんで俺なんだ……? てか春山もゲイってことか……?

「俺に彼氏が出来るってこと……?」

 言葉に出してみたけどなんだか全然実感湧かない。俺を好きで、それで付き合いたい? 彼氏ってどんな感じだよ……彼氏できる前にセフレが出来た俺に、今更そんな初めての春だなんて……今は秋だけど……ええ……。


「おはよ」
「おっ、おー!」

 背後から友だちに肩を叩かれて咄嗟に挨拶を返そうとしたが、そいつの後ろにいた春山の笑顔で言葉が詰まってしまった。な、なんだよ、おーって……俺ダサい……。

「おはよう」
「……おう」

 ドキドキと胸が鳴る。別に春山が好きとかじゃなかったのに、好きって言われるとなんかこう……意識してしまうというか……。

「なんだよお前、春山に対して変じゃね?」
「え、……そんなわけないだろ、別に……」

 竜也にそう突っ込まれてモゴモゴと言葉を返す。

「急に仲良くなるとか無しだろ〜」
「えっ? な、仲良くなんてなってねーよ!」
「え?」
「……なんだよ」
「別に」

 急にキョトンとした顔をした竜也に俺も虚を突かれて口ごもってしまった。なんだよ、竜也だってそんな凄い仲良いとかじゃないだろ……。

「今日は飲み行くか!」
「え、またかよ……」

 この間は竜也はベロベロになっていて、やっぱり俺が駅まで迎えに行ったんだ。そしたら公道でイチャイチャというか熱いキスとかをされたりして、力も強いからめちゃくちゃ大変だった。細く見えるのに力はどこからでてんのってくらい強いんだよな。

「今日は特別、イチの分は俺が奢ってやる」

 語尾にハートがついていそうな喋り方に顔が引きつる。こういう時はみんな竜也に凄い飲ませられる時だ……。

 予想通り、飲み会は死ぬほど飲まされた。何次会までやったのか覚えていないくらいで、俺も煽られると飲んで、竜也に煽り返していた。ほかの奴らは途中でリタイアして帰ったヤツとかもいたけど、俺と竜也と他三人は最後まで残った。
 それで結局朝まで飲む流れになりそうだったが、珍しく竜也から切り上げの声が入った。

「うー胃がグルグルする」
「えーそんなイチ飲んでねえじゃん」

 ケラケラと笑う竜也に少しイラッとする。お前が煽ってきたんだろ、と言い返したかったけど、胃の中がひっくり返って全部出そうになって寸でで言葉を止めた。
 今日は竜也の家の方が近いからと竜也の家に帰っているところだ。駅から歩いて近いのは凄い助かるが、人通りがまだ多いから大っぴらに嗚咽なんてできない。

「家帰ったら吐かせてやるからな」

 ニッコリと酒なんて飲んでないような顔をして笑っている竜也に本気で肩パンをした。

「ウッ、気持ちわる……」

 竜也の部屋へ入ると、吐き気が最大級になってきた。でも、俺吐けない体質みたいだからグルグルと胃の中が回っているだけだ。こういう時はもう寝てしまうに限る……。そう思って勝手に寝室に行こうとすると、竜也が腕を掴んできた。

「なんだよ……」
「どこいくんだよ」
「寝る……」
「ここ座れって」

 そう言って腕を引っ張られてソファに座らせられた。マジできつい……なんでだよ……。

「コレ見て見ろよ」
「……あ?」

 そう言って見せられたのは俺のスマホだった。なんでお前が持ってるんだ、と口にしようとしたところで目に入ってきたのは俺のラインの画面だった。

「な……」
「なんだと思う? これどういうことだろうな」
「……フツーにライン、だろ」

 しかも開かれていたのは春山のライン。春山は一次会に来ていたはず、それでなんか知らない間にいなくなっていた。分からないけど、竜也に凄い飲まされて視界がグルグルしてる間にいなくなってたんだ。

「『急にいなくなってごめん、ちゃんと家に帰れた?』 だってさ、お前ら知らねー間に仲良くなってるじゃんか」
「う、るせ……別にいいだろ」
「で、その前のラインだけど、どういうことコレ? 『急に変なこと言ってごめん、でも俺の気持ちは本気だよ』 可笑しくないか?」
「も、黙れよ……」

 頭がガンガングラグラして、上手く舌が回らない。パスコード教えるんじゃなかった……クソ。

「春山になんて返そうか?」
「……いい、まじやめろ」
「俺とイチがヤってること知ってるの?」
「うっせー」
「あ」

 竜也が短く叫んだと思ったら、スマホを俺に見せてきた。映っていたのは……電話?

「大丈夫だよって、言ってやれよ」
「う、ばか……」
『市井っ?』

 春山の、少し掠れたような声。突然電話してきたのはそっちなのに、なんで出て焦ってるんだよ。

「……無事だから」
『良かった。ごめん……既読付いたけど、返事来なかったから』

 凄い飲ませられてたし、と続けた春山に竜也が音も立てずに笑った。睨みつけたその瞬間、胃がまたぐるりとして、思わずえづいてしまった。

『市井? 今どこだ?』
「だ、大丈夫……家だから……ぅ」
『大丈夫そうじゃないだろ……やっぱ最後までいれば良かったな』

 焦ったようにそう言う春山に、なんだか心がちょっとホッコリした。きっと春山なら、俺がこんなグデングデンになるまで飲ませないだろう。例えなったとしても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるかもしれない。

「も、平気だって……吐けないだけだ」
『……水飲んで、吐けたら吐いて、それで寝ろよ』
「ん……分かった」
『本当に、行かなくて大丈夫か?』
「ん……」
『……わかった。怖いよな』
「ん……え、違う! そゆことじゃなくて、もう遅いし……」

 言っとくけど、そんなウブじゃないから……というか、なんで襲われる前提で俺が考えてると思ってるんだよ……!

『そか、そうだよな。ごめん気持ち悪い時に電話して、じゃあ今日はゆっくり寝ろよ』
「うん……」
『おやすみ、市井』
「お、おやすみ……」

 竜也が電話を切って、それから俺を見た。見るからに笑いを堪えてる顔で、俺を見ていた。少しくらい、嫉妬とか、そういうの無いのかよ……。

「きしょいなー、春山ってめちゃくちゃピュアなんだな」
「……うるせえよ……てか勝手に電話出んなし」
「で、春山に告られたわけ?」
「あ? 別にいいだろ」

 俺、竜也の事好きだったんだけど……。酒飲んだからか分かんないけど、心がシクシクしている気がする……。せめてセフレでもこんなに一緒にいるわけだし、せめてちょっとくらい何かあっても良いだろ……。

「ぅぷ……気持ち悪いからもう寝る、充電しといて」
「ほら水飲めよ、春山にも言われたろ」
「う……飲みたく無い……」

 竜也はペットボトルのキャップを外したかと思うと自分の口に含み、俺に顔を近づけてきた。そしてそのまま俺に口付けをしてきた。生温い水が口内を占領するので、俺はゴクリと喉を潤した。

「……もっと」
「はは、春山に感化されたんだろ……もっと、水もやるよ」
「あっ……んむ……」

 酒に酔って、ヤるっていうのは俺たちにとってよくあるパターンだった。ヤっていれば気持ち悪さは薄れるし、気が紛れるんだ。
 それから引きずられるようにしてベッドにやってきて、酒臭い中でお互い獣みたいにやりあった。

「ウッ頭いたーい……」
「大丈夫かよぉ」

 ケラケラ笑ってるのは俺の補習仲間……よりによって土曜日に補習が入ってるなんて……。昨日は飲み過ぎたな……。もう四限の時間なのに、ずっと頭がガンガン響いている……。

「市井」
「……は、春山」
「隣いい?」
「おう……」

 隣に座った春山が、コンビニの袋を机に置いて渡してきた。春山を不思議に見ると、二日酔いなんでしょ、と笑われた。

「うわ、いっぱいある……俺こんな重症じゃないよ」
「何が効くか分からなかったから、とりあえずあったやつ買ってきた」
「え、何が効くかな……これとか良さそう」

 ポカリとか二日酔いに効く栄養ドリンクとか錠剤がいっぱい入ってた。そんなに買ってくるかってぐらいあって、思わず笑顔になってしまう。なんか春山って面白いやつだな……ちょっとめんどそうとか思っててごめんな。

「春山、市井に優し過ぎじゃね? なんか秘密でも握られてんのかよ」
「……俺が市井に優しくしたいんだよ」
「えーホモかよー」

 馬鹿にしたように友だちが笑った。煩え俺はホモだよ、と返したくなったけど、それ以上に春山が優しく笑うのがなんか、嬉しくて……久しぶりにキュンとした。あれ……もしかして俺って……あれれ……。

 それから友だちは彼女と約束があるとかで急いで教室を出て行ってしまった。残された俺たちはとりあえず教室を出たけど、どうしようって感じ……え、だってこの間なんか告白されたじゃん……返事とかしてないんだけど……。

「なんか気まずいな」
「え、あ、そうだな……」
「昨日、あれから大丈夫だった?」
「おー……うん、まあな」

 俺が少し歯切れが悪い返事をすると、春山が少し黙ってから「それって……」と続けた。

「なんだよ……」
「……いや、いいや。そうか、まあでも薬効いてるみたいでよかったよ」
「あ、まじで本当ありがとうな。頭痛くないし、胃も気持ち悪くないや……」

 栄養ドリンク的なやつは本当ゲロ飲んでんのかと思ったけど、めっちゃ効いた。頭も痛くないし、シジミの味噌汁とか作らなくて済んだな……。

「今日は、竜とは一緒じゃないんだね」
「あーあいつはこの授業取ってないから。今は多分家で寝てるかな」
「そっか。どこの家で寝てるの?」
「竜の……うちだけど」

 言ってからはたと気付いた、春山は多分俺に鎌をかけたんだ。昨日は誰といたんだって、そういう事が聞きたかったんだきっと。

「あ……俺……」
「いいよ、いい。この間知ったんだから、別に驚かないよ」
「あー……うん」

 竜也とのことを知られてるって、何かと面倒臭いんだな。こういう時にそんなこと言われても、普通の友だちにだったらちゃんと本当の事を答えられるのに……。

「……その、俺……」
「俺とは駄目そう?」
「え、駄目っていうか」

 隣を歩いていた春山が突然一歩先に出たかと思うと、俺の目の前を塞ぐようにして立ちはだかった。

「どこが合わないと思う?」
「いや……」

 合わないと思うって……。というか俺は竜也以外を知らないんだけど、春山は俺のこと経験豊富だとでも思ってるんだろうか。いや、たしかに竜也との経験は豊富だけども……。

「あの、俺な」
「うん、なに」

 春山の顔を見上げると、春山はなんでも受け止める、というような顔をしていた。なんだろう、俺が何を言うと思ってるんだろう……。

「俺……確かに竜也とはセフレ、だけど。でも竜也としか経験無いんだよね。その、恋愛とかもなんだけど……恥ずい」

 一瞬、間があった。恥ずかしくて火照った頬をパタパタ叩きながら春山の表情を見上げると、春山はすべての表情が抜け落ちたかのような顔をしていた。

「それ、本当……?」

 人形のように無表情になった春山がポロリと子どもみたいに呟いた。な、なんだよ……そんなびっくりしなくても良いじゃんかよ。そりゃ、この世界にはホモなんていっぱいいるけどさ、だけどそんなに俺はホモと出会いがあった訳じゃないし……。

「ほ、ほんと。こんなことで嘘なんかつかねえよ」
「そうなんだ……竜とも、恋愛とか……」
「無いよ」

 竜也は、一方的に俺が好きだっただけであっちは何とも思ってないし、今ではどう考えても立派なセフレだ。しかも本当に都合のいいタイプのセフレ。

「……ごめん、俺……竜とセフレだなんて言うから、てっきり」
「俺のどこを見てそう思ったんだよ? もしかして春山も……」
「違う、俺は遊びじゃ無い。無宗教だけど、神に誓ってもいいくらいだ」
「なんだよ、それ」

 無宗教なのに神様なんて、とか、ここは外国かよ、とか。冗談を言いたかったけど、目で見てすぐわかるくらいに春山の表情は真剣で、俺もちゃんと答えなきゃと思った。

「……その……俺、本当に竜也以外とそういうことになった事なくて、だから付き合うとかまだよく分かってないんだけど……でも、春山の事が気になる……かも」
「それ……ずるいね」
「だ、だよな! ごめん、忘れてくれ……お、」

 俺もう帰る、とダッシュを決めようとしたところで、ガバリと春山に抱き潰された。グェ、と蛙のような声を上げた俺に対しての意地悪なのか、春山はもっと力を込めた。

「い、いた……」
「でも、嬉しい……。俺、市井の掌の上で転がされてるのかな」
「え、えぇ……」

 それでもいいかも、と呟く春山の声色にドキドキと煩く心臓が鳴った。
 つい先日まで全然春山のことは意識にも入れていなかったはずなのに、俺って調子のいい奴だよな。

 それから春山とは学校終わりにとかで一緒に遊ぶようになった。みんなで遊ぶ事もあったし、春山と二人きりで遊ぶ事もあった。
 春山とヤったことはまだ無いけど、多分もうそろそろな気がする。最近、部屋に遊び行くとちょっかいを出される事があるし、俺も嫌では無い……寧ろ嬉しかったりする。

「ねえ、春山とはヤったのかよ」
「いや、まだ……けど」
「けどなに」

 アイコスを吸いながら俺を見る竜也に、俺はなんだか罪悪感を感じて毛布に丸まった。そう、まだ竜也とはセフレなんだ。
 竜也とはルーティンみたいになってて、お互いが暇だと遊んだり、一緒に寝たりしてしまう。春山という存在がありつつも、こういうことをするのはいけない事だと分かっているんだけど……欲は溜まるんだ。

「イチ、春山と本気で付き合うつもりなのかよ」
「……わ、悪いかよ。本気で好きって言ってくれてるんだぞ」
「馬鹿だなぁ、男とヤってみたいだけだろ」

 あの後、春山に見られた事やそのあとの事すべてを竜也には話した。そしたら笑って「学校でヤるのは夢だったのに」と言っただけだった。
 俺こんなやつのどこに惚れてたんだろうと一瞬考えてしまった。でもこんな感じでもちゃんと生きて行けてるところが格好良かったんだ。

「春山は、多分違うと思う」
「は、なんで? なんでそんな事言えるんだよ」

 竜也がアイコスを持ったまま、ベッドの上に上がってきた。ギシリとベッドが軋んで、沈んだマットレスの方に身体が傾いた。安いシングルベッドは男二人が暴れるには脆すぎるんだ。

「春山は俺に優しいし……デートも奢ってくれたりするし、凄い気を使って……わっ」

 突然包まっていた毛布を剥ぎ取られた。俺だけ全裸は恥ずかしすぎて毛布を奪い返そうとすると、竜也が物凄い険しい表情で俺を見ていた。

「マジでそれ言ってるわけ?」
「え……」
「俺だって女に優しくするし、飯も奢るけど、だからって衣食住共にしたいわけじゃ無い。ただヤりたいだけだ」
「そ、そりゃ……そうだろうけど……」
「春山だって男だろ。一年の時杏子と付き合ってた」

 杏子ちゃんは、顔が大人しそうで凄いおっぱいがでかい子だ。竜也が初めてあの子に会った時に、こっそりニッキーとあだ名をつけてた子。あの時は竜也のことをとても最低だと思った……。

「杏子ちゃんとは……純愛だろ。見てわかるくらい、杏子ちゃんは春山に惚れてたし……」
「あの後杏子はヤリマンになったじゃん。春山と相当お盛んだったんだろ」
「……な、なんでそんなこと……」

 今言うんだよ、そう言おうと思って言えなかったのは、確かにそうかもって少しだけ思ってしまったから。
 きっと春山は、俺と竜也が視聴覚ホールでイチャイチャしてるのを見ていなかったら、俺に告ってはいなかったと思う。少しでもヤれそうって思ったから告ってきたのかもしれない。

「ほら、思い当たるだろ。男はずっと下半身に脳みそがあるんだよ、それは大人になっても変わんねえの」
「……そ、かも」
「……でも、お前が本気にならなかったら、春山もそのうちボロを出すに決まってる」
「………」
「きっと毎回家に呼ばれてヤるだけだよ。オナホになっちゃうんだぞ」

 竜也が意地悪く笑って、濃い煙を吐いた。あれ、俺……どこいってもオナホになる運命じゃねえかよ……。竜也にも体のいいセフレだし、春山にも付き合ったらヤリマンにさせられるし……。

「それでもいいなら春山と付き合えよ」


 竜也が言ってることは正しいと思う。あまりにも正論過ぎてぐうの音も出なかった。俺、頭弱いから……こうやって言ってくれる奴がいないと駄目なのかも。
 でも、春山は本当に優しくしてくれるんだ。例えば雨の日とか、そういう時は必ず傘を持ってて駅まで一緒に入れてくれるし……俺が行きたい店とか見たい映画もすぐに行こうと言ってくれる。けど、竜也の言ってる事がチラついてたまに集中出来なくて。
 この間初めてヤったけど、緊張してしまってめちゃくちゃフェラが下手だったと思う。それを証明するかのように春山は全然イかなかった。だけど、それでもまたお泊まりして欲しいとか言ってたし、きっと調教しがいがあるとか思ってるんだ……。

 でもきっと、俺はまた春山の家に行く。春山の暖かい胸板とか、嘘でも優しい言葉が好きだ。竜也はそんな事一回も言ったことがない……まあ、セフレだから仕方ないんだけど……。でも、本当の事を言ってくれるのは竜也だけだ。

 春山には竜也と続いていることは言ってない。竜也は言わない方が良いと言っていたし、俺も確かにそうだと思った。
 きっと、そんなこと言ったら俺が飽きられてしまう。杏子ちゃんは春山と付き合ってる時は一途な子だったから。
 竜也は本当のことを知らせてくれるから、そのお礼にヤってるだけだ。本当にもう、好きとかは無い……ただの親友とかそんな感じの意識だ。

「市井……」
「……ん、はるやま……」

 春山の手は暖かくもなく冷たくも無い。まるで常温の水に包まれているみたいで、気持ちいい。俺は水を得た魚みたいに軽快に喘ぐのに、春山はまるで俺をマッサージでもしているみたいに俺を抱く。
 もっとがっついて欲しい、欲が目に見えるくらいに強く抱いて欲しい。……これって俺がインランだからなのか? 本当に俺は頭までオナホみたいに……。

「市井?」
「ぁ……ん? な、なに……」
「どうしたの」

 そう問いながらも腰を進めるのを止めない春山に、俺は喘ぎながら首を振った。
 春山は本当に俺のことが好きなのか……? 俺はきっと、春山のことをもう好きになってるけど……春山は竜也よりも俺の事を考えてくれているのか? 俺のこと、ただの穴だと思ってる?

「ぁ、あ……!」
「泣かないで、市井……かわいいよ」
「ん……すき……」
「俺もだよ」

 春山、本当のことを言ってくれよ。

「また言えなかったのかよ」
「……うるせー」
「分かってるって。きっと素直になったら春山に捨てられるって分かってるからだろ?」
「…………」

 竜也が俺の傷をえぐるようなことを言うのはここ最近は毎回だった。でも、本当に図星だから、俺はそれになにも言えない。

「イチも素直だったらもっと春山に好かれたのにな」
「……そ、だけど」
「まあ、俺はいつでも待っててやるから、振られたら帰って来なよ」

 うなじにキスをされてびくりと肩が震えた。竜也とは両思いにならなかったし、春山ともちゃんと付き合えなかったら俺どうなっちゃうんだろう……。

「……まあきっと、直ぐにまた帰ってくることになるだろうけどな」

 俺の背中の肩甲骨辺りをペロリと舐めて竜也はカラカラと笑った。そこからチリリと鈍い痛みが走ったが、俺は気にせずにパーカーを羽織った。



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