あいまみえぬ


 


 どうして、こんなことになったんだろう。


「ウッ……ぁは、……っ!」
「はぁ……はっ、……」

 熱い息と、生ぬるい液体が肌を濡らしていて、目の前で短く息を吐く男は窓から漏れている月の光を浴びて更に輝いている。どこからどう見ても彫刻の様に完璧だ。俺の熱くなった肌と、男の汗ばんだ肌がヒタヒタとくっついて糸を引く。

「お……なん、お前なんか……っ」

 パチパチと肌と肌が重なってなる音、俺の声がその振動で震えて声が上ずってしまう。男はそんな俺を見て、鼻で笑うんだ。だから俺はそんな男を見て、男の背中に爪を立てた。


 森田紡、二十四歳。
 五歳の時に子育てママの雑誌でモデルデビューし、後に子役として多くのドラマやCMなどで活躍した。
 子役としてデビューしているため、同年代のタレントたちより芸歴が長い。子役時代はペパー劇団に所属していて、今現在はリストレアに所属している。
 最近の代表作としては押野ミヤギ監督の『テイメイの月』が大ヒットし、子役時代からの美貌で老若男女をながらく虜にしている。昨年には世界で美しい男性十位に選ばれ…………。

 これが、今度の映画の主演になる男だ。そして、その映画のなかで俺と激しくぶつかりあうこととなる役者である。

 全然演技のことなんか書いていないじゃないか。

 ウィキペディアからツイッターやら他のSNS、どこもかしこも森田の顔について書かれているばかりで、演技の最中はどんな感じだとか、どの作品ではここが弱かっただとか、全然書かれていない。確かに役者にとって顔は一番大切だ。だって物語の入りにトンチンカンのへのへのもへ字みたいな奴が現れたら誰だって本気で見ようと思っていても内容が頭に入ってこないだろうし。……確かに、顔は大事なのだ。


「この度、『あいまみえぬ』の主演を務めさせていただきます。森田紡です。今回の役は今まで演じてきた中でも特に演じることが困難な役でもあり、同時に自分の今まで生きてきた役者人生のすべてを注ぎ込めると思いました。まだ若輩者ですが、先輩方のご指導を頂きまして尽力させていただきたいと思います。よろしくお願いします」

 綺麗な背筋で、四十五度に頭を下げた森田。そこにいたスタッフ全員が森田に拍手を送った。もちろん、俺だって笑顔で森田に拍手を送った。


 十八歳で地元から上京して、一日百円で暮らしていた時代だって経験した。それでも小さい頃からの夢だった役者になりたくて、どんなことをしても、なんとしてでも役を演じていたかった。何度も何度もオーディションに落ちて、最近やっと漸くこの仕事で食えるようにもなってきたんだ。俺の頑張りがやっと叶って、今回は映画にも抜擢されて……これは俺にとって、いや俺の人生の中で一番の頑張りどころだ。この映画はなんといってもあの有名なデ・リモニツキー作の小説の、初の実写化なんだ。日本が舞台の話だから日本人で演じるということで、色々な役者が選ばれた。

 そのなかの一人に俺も選ばれて、しかもなんと主人公の一番そばで主人公を成長させていくライバルの役だ。確かに脇役ではあるけど、それでも映画のなかでの主人公との絡みもとても多く、ヒロインよりも多いのではないかと思うくらいだ。

 その分、主人公と一番ぶつかり、映画のなかでは悪者の位置に立っている役でもある。だからこそ、この映画が俺の一番の見せどころなのだ。数々の有名な役者のなかには悪者を演じ、そして嫌われてきた者がいる。しかし、そのイメージは人々の頭のなかに残るのだ。俺はそんな悪者になりたい。けして当て馬と言われて記憶からすぐ消えるような悪者にはならない。記憶の奥底でも、少しでも。恨むしかないと思うような、そんな悪者に。


「佐久間さん」

 振り返ると、森田が立っていた。甘いマスクに、見た人が皆蕩けるような極上の笑顔を浮かべていた。それが俺に向かってほほ笑んでいる。

「これから、よろしくお願いします」
「……あぁ、これからよろしく。ライバルとして」

 差し出された手を取ることはあえてしなかった。森田の人気に嫉妬しているから、とかではない。……まあ、嫉妬していないかと言えばウソにはなるけど、それでも今回はこの手を取らないほうが、俺と森田のためにもなるんだ。

「……そうですね、ライバルでしたね。これから、無人島に行くことになりますけど、大丈夫ですか?」
「……まあ、大丈夫ではないけどな。それでも俺は藁をもつかむ思いでこの話に飛びついたわけだから、四の五の言ってられないんだ」
「はは、そうですよね。とりあえず、あちらでもよろしくお願いします。俺の部屋を爆破しようなんて考えないでくださいね」

 それじゃ、といって森田は俺に背を向けた。あの背中をたった今から、憎いと思わなければならないんだ。でもきっと、森田だって俺のことをそう思うことになるはずだ。


 大きな船で揺られること1時間、船酔いをし易い俺は例によってグロッキー状態だった。もう少しで到着するという放送があって、俺はノロノロとバックパックに散らばっていた荷物を詰めた。

「まだ気分悪いですか?」
「……ああ、陸に足が付けばそんな事ないんだけどな。昔から三半規管が弱くてすぐ酔うんだ」
「薬、効かなかったんですかね」
「そうだな……もっと前に飲んでおけばよかった」

 船に乗る三十分前に飲んだのだが、効きが遅かったようだ。この薬は初めてだったし違うやつにするか……。そうだ、もうこれからは無人島に行くんだった……。
 落ち込む俺の背中に三好くんの暖かくて少し華奢な手が触れた。

「佐久間さん、もう到着するみたいですよ」
「……ん、本当か。よいしょ……」

 三好君が手を貸してくれて、俺はヨロヨロとした足取りでテラスの方へ向かった。テラスに出ると、もう直ぐ目の前に岩肌と浜辺が見えた。
 俺たちはここで三ヶ月間の間閉じ込められるのだ。少し長く見積もってそのくらいだけど、こんな長期に及んで閉鎖的な空間で映画を撮るなんてなかなかない。それだけ、今回のこの映画に期待されているという事だ。
 昔は栄えていたと言われているこの無人島は、建物などはあるがやはりどこか色褪せて見えた。最後の一人だった住人が島から町の施設に移ったことがきっかけでここは文字通り無人島になったらしい。

「三好君、これからよろしくお願いします」
「ええ、何を言って……僕の方こそよろしくお願いします。佐久間さんは本当に俺の師匠と言っても過言ではないので……その……」

 三好君は役者デビューしてからまだ三年と経っていないが、そのピュアな純情さと素直でまっすぐな演技が色んな監督の目に留まって色々とキャスティングされていることが多い。そんな中で俺とも共演したことが多々あって、なかなか気心が知れている仲になれた。というか、あまりにもピュアでまっすぐだから三好君のそばは落ち着くんだ。

「俺が師匠なんて、そんなこと。今だって三好君の方が売れてるんだからな」
「そ、そんなことないですよっ! 俺、あのドラマの時からずっと佐久間さんに憧れてて……」

「ちょっと、そこ。どいてくれないか」

 固く厳しく感じる声が響いて、俺と三好君はバッと後ろを振り向いた。そこにいたのは森田で、俺たちをゴミかウジ虫かのように見ていた。

「えっ! あ、あの……」

 三好君はそんな森田の様子を見てタジタジして俺と森田の顔を交互に見た。そうだ、確かに森田が見ているのは俺だった。森田の視線は三好君と俺、ではなく俺のみに向けられている。三好君はそんな俺と森田の様子を見てワタワタと慌てているようだ。

「……玲人、その態度は年上に対してあまりよくないんじゃないか」
「何を……貴方こそ、後輩に対しての接し方があまりよくないんじゃないですか。……そいつと、俺との扱いに差がありすぎますよ」
「な、なんだ……そういう……」

 ホッと隣で息をつく三好君。安堵の息をついている場合じゃないぞ、三好君。君だってこれからは玲人とはライバルになるんだから、いくら俺の演じる雅己と玲人ほどじゃなくとも少しの揉め事はあるはずな訳だし。

 今回俺たちが演じるのは、小さい島の伝統芸能を誰が長として引き継いでいくか、という話だった。その中で俺が演じる雅己と森田が演じる玲人は一番を争う間柄だ。他にもライバルはいるものの、雅己と玲人が最も一番に近しい才能を持っている。
 そして、長を争うことも今回の題材なのだが、島一番の美人も同時に争うことになるんだ。小説と台本はじっくり読み込んだし、永岡雅己という役にも俺はちゃんと感情移入出来ていると思っている。

 幼馴染として育った雅己と玲人は幼い頃はとても仲が良かったんだ。だから伝統芸能である島の面づくりだって二人で支えて行こう、だなんて話もしていた。だが、次第に雅己の家庭環境が複雑になっていき、雅己は母親を支えるために自分が長にならなくてはと決心したんだ。しかしその思いとは裏腹に、玲人は伝統芸能はこの島のみで行うものではなく、世界に発信して広めていこうということを考えていた。この島の再建も兼ねて、ということだった。
 この島のみで行える伝統芸能の価値が下がり、利益を心配した雅己と、この島のことを誇りに思う気持ちと誇りを過去のものにしたく無いと願う玲人が、お互いの意見の相違からぶつかり合い、そしてその権限を持てる長を争うのだった。

 まあ、そんなわけで主人公は森田なわけだから大体の結末なんて予想がつくかもしれないけども……リモニツキーの小説はそれだけじゃないんだ。感情表現がとても繊細で、誰でも抱いたことのある強い感情の書き方をするんだ。それをどうこの映画の中で表現するのかが重要になってくる。きっとありきたりな話を見たいわけじゃない、リモニツキーの小説にある『あいまみえぬ』をみんなは見たいんだ。俺だってそうだ。

「まだ島にも入ってないっていうのに……二人ともフライングが早すぎますよ……びっくりしたじゃないですか」

 三好君が青い顔をして肩を下げた。俺はそんな三好君をみて思わず吹き出してしまう。森田は少し表情を緩めてから「ごめんね」と三好君に謝った。

「でも、僕はこれから“玲人”としてここで暮らしていくからね。それだけはわかってくれるかな」
「だ、大丈夫です……さっきみたいなことが日常茶飯事ってことです、よね……」
「三好君もちゃんと役になり切らなきゃね。よろしくね『藤堂君』」

 森田の冷たい笑みに、三好君の動きもピシリと止まって固まった。それからゴクリと息を飲んだかと思うと、三好君はぎこちなく口を開いた。

「……東さん、俺は負けないですからね」

 俺はそんな三好君を見て、また吹き出してしまった。だってなんだかチワワが震えながら怒っているみたいで、可愛いと感じてしまった。三好君の藤堂尚の役は確かにソレっぽい……と思うので、これで合っているのだろう。

「これからよろしくな、二人とも」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ!」


 それから程なくして、オープニングの撮影が始まった。出演者はこの島に残るひとばかりだから、特に船も迎えには来ることなく、あっという間に三日が経った。
 俺はというと、物語の導入部分だからまだそこまでの出番もなく、三好君と島を歩き回ったりしていた。今日はそんな三好君のクランクインだから、俺は一人で島の探検に来た。三好君の役である藤堂は、雅己の後輩でもあり、東京から引っ越してきた藤堂に面づくりを教えたのは雅己だった。だから、藤堂は雅己のことを信頼しきっているし、家庭の事情も唯一知っている人間だからこそ、雅己の考えに賛同する人間のひとりだった。

「……雅己」
「わ、……ビビった……玲人」

 岩場で海を覗いているとガサリと音がして森田……玲人が出てきた。な、なんでこんなところにいるんだよ……。役に集中しているからか、玲人が出てくると無意識に身体が拒否反応を示した。

「……お前がいると空気が悪くなる。どこか行けよ」
「雅己がどこかへ行ったらどうだ」

 それからお互いが無言になってしまい、睨み合いが少し続いた。それから玲人はどこかへいくかと思いきや、俺から少し離れたところに座りこんだ。

「な、なにやってるんだよ!」
「別に俺もここにいようと思っただけだ」

 玲人はいつだって冷静で、感情的になりがちなのはいつだって雅己だった。仲たがいするまではそれを抑えるのが玲人の役だったけど、それは今では藤堂になりつつあった。

「……好きにしろ」

 突き出した岩が良い影になってくれて、俺はごろりと寝ころんだ。海の静かな音が心地いい。岩肌が少し気になるけど、貧乏生活に比べたら良い床だ。俺はいつの間にか玲人がいることも忘れて、ついうとうととしてしまっていた。

『……佐久間さん』

 夢のなかで誰かが俺の名前を呼んだ。だから目を開けると凄く心配そうな顔が俺を見ていた。……そう思ったが、違ったようだった。

「もり……玲人」
「こんなところで寝転んで、落ちて死んだりなんかしたら良い笑い者だぞ」
「! そんな馬鹿な事はしない! お前こそ……」

 その時、またガサリと音がして、俺と玲人はそちらを向いた。

「うわ……もう、チクチクするなぁ……」
「藤堂……」
「あ、こんなところにいた! もう少しでご飯ですよ……あ……玲人……」

 ひょっこりと顔を出したのは、三好……藤堂だった。藤堂は俺と玲人の顔を交互に見てから「早く行きますよ」と言って俺の袖を引っ張った。

「…………」

 藤堂に腕を引っ張られて岩陰から踏み出し、何気なく後ろを振り返ると、そこには見たこともない表情がすっぽりと抜け落ちた顔をした玲人が立っていて俺たちを見ていた。
 あれは……どちらの表情なんだ……?

 その日の夕食はここの島の近くで取れたと言う海鮮をふんだんに使った料理だった。
 結構豪勢な料理で、俺の普段の節約した食事とは全然違う。俺は死ぬ気で目の前にあるご馳走を平らげた。目の前で食べていた三好……藤堂が驚いた顔で蟹の味噌汁を飲んでいた。

「……なんだよ」
「あ、いえ。結構細いのによく食べるなぁと」

 なんだか大食い選手権を見ているみたいです、と笑う藤堂を俺は無視してご飯のお代わりを強請りに行った。これだから東京育ちの御坊ちゃまは……。


「おう、ちょっと来いよ」

 風呂に行こうとした途中でばったり監督に会った。監督とは何回か現場でお会いしたことがある。結構有名な人で、今回のこの映画もこの人しかいないと言われて大抜擢された人だ。にしては結構な野性味があるけど……凄い人って変わってるって言うしな。
 髭面に、ロン毛に、ちょっと厳つい感じ。言葉も結構キツイというか、汚い……でも熱意が物凄くて、初日の少しのシーン撮りだけでも何回もやり直しをさせられた。

 そんな監督に俺は肩を組まれて、バスタオルを抱えたまま引っ張られる。

 卓球台のすぐそばにあるベンチに、監督と俺で横二人で並んだ。

「お前、もうちょいアイツのことを憎め。てか全身全霊で殺す勢いで」
「……え」

 いきなり監督が此方を向いたかと思うと、肩を強い力で掴まれた。

「もっと……もっともっともっと……強く、玲人も森田も全て憎め。アイツから全てを奪って見せろ、アイツに与えるな」
「…………」
「女も金も島も全て、玲人に盗られる訳に行かないだろ? 全てが自分のものだと錯覚しろ」
「……わ、かりました」

 監督が一瞬黙って、ジッと俺の目を見据えた。何を考えているかわからないその瞳が、ただ俺の心を覗くように射抜くように見ていた。

「それが出来なきゃ、お前はこの映画に不要だ」

 俺の肩をパンと叩いて、それから監督はサッサと立ち去っていった。

「……マジかよ」

 監督がああ言ったからにはきっと本気だ。いや、きっとじゃ無い。絶対に本気だ。
 俺が監督の許すラインに達しなければ、平気であの監督は俺を降板させる気なんだ。
 まだキャストがみんな揃った訳では無いし、宣伝も組み立ててはいるだろうけど、きっとまだ変更できるだろう。
 俺が降板……やっと掴んだチャンスなのに……?

「……ッシ! やるぞ!」

 頬をバチンと叩き、部屋中に音が響くくらいに喝を自分に入れた。
 俺が永岡を演じずに誰が演じる? 玲人をもっとも憎んでいる奴はこの世界にただ一人、俺なんだ。
 アイツに出番を取り上げられてなるものか、俺は意地でもこの映画に出てやるからな。

 腹の奥でフツフツと何かが煮立って轟々と燃えはじめた様な気がした。俺はきっとこの映画を通して何かしら掴めるものがあるだろう。それはきっと俺のこれからの人生の中で、軸の一部になるような気がする。


『ふざけるなッ! この島の伝統をお前が潰すつもりか?!』
『俺は潰す事なんて考えてない。むしろこの島の発展と、伝統を生き長らえさせる為にもっと世に広めるべきだと言っているだけだ』
『それが命取りになるとなぜ考えないんだ、伝統を商売にしているこの島が蔑ろにされるとは考えないのかよ……!』
『蔑ろになんか、するわけが無いだろう。俺とお前で守ってきたこの島の伝統だ、そう簡単に考えを固めた訳じゃない』
『じゃあなんで……!』

 ドンッ、と鈍い音がして、玲人は身体を壁に打ち付けた。雅己は胸ぐらを掴む手に力が篭り、爪が皮膚に痛い程食い込んだ。
 俯いていた玲人の顔がパッと前を向き、額をゴツリと雅己の額に打ち付けた。雅己も応戦する様に玲人を額で押し続ける。

 その応戦は藤堂が気付いて駆け寄って止めるまで、周りを気にすること無く続いていた。

 二人がぶつかり合うシーンはこの映画で幾度となく繰り返される日常茶飯事的なものだ。ただ、それは回数を追うごとに連れて激しいものへと変化していく事になる。
 最初は言葉だけだったものが、段々と手が出る事や足が出る事もある様になって、最初は冷静だった玲人も段々と語気も荒く、手が出る様になってくる。
 その様を描いているのが人間らしくとても繊細で、ぶつかり合う感情の強度が物語をとても魅力的にしていると俺は考えている。

 だからこそ、俺と玲人は絶対に馴れ合ってはいけない。

 俺は廊下で玲人に出会しても、暴言を吐かなければならないし、玲人もそれを交わす様に振る舞うか、時には応戦しなくてはならない。
 お互いを悪だと思わなくてはならないのだ。相手の全てが可笑しいのだと思わなきゃいけない。


 俺は玲人が嫌い、大嫌いだ。アイツの顔なんて反吐がでる。

『楓は俺の幼馴染だ』
『馬鹿じゃねえの、俺の幼馴染でもあるんだよ。なにより、俺の許嫁だ』
『……それは、先代が勝手に決めたことだろ。楓は嫌だとはっきり言っている』
『は、そんなの楓が恥ずかしがっているからだろ。お前は遊ばれていることを自覚した方がいい』
『……自分の思い人をよくそんな風に言えるな。俺は楓のことはそうは思わない』

「……重い野郎だな。この島の異物ってことが、分からねえのかよ」

 楓も、伝統も、この島も。全部俺のものだ。
 頭の中でカチリと何かスイッチの入る音がしたみたいだった。その感覚はなんだか夢精をした時のような安堵感と幸福感だった。


「よう、玲人」
「……」
「島に女がいねえからって楓に手出すんじゃねえぞ」
「誰がそんなこと」
「一カ月も経ったらきっと餓えてくるだろ。いつも乾かないって噂だぜ」
「……」
「は、返す言葉も無いか? せいぜい一人遊びでもしてろよな」


 俺は、永岡雅己。誰がどうみても俺は永岡雅巳だ。


「よう、マサキ」
「……監督」
「まだ振り向きが遅いな。まあいいか」
「……」

 風呂上がりで肩にタオルを巻いていた俺は慌ててタオルを首から取った。すると監督が腕を組んで来て、その重さに思わずウッと俺はうめいた。

「どうだ? 玲人とは仲良くやってるか?」
「……そんな、馬鹿なこと聞くんですか」
「うんうん。その顔だよ、苦虫を噛み潰したような顔ってこのことかな?」

 アッハッハ、と豪快に笑う監督はヒゲが更に伸びたようで、なんだか長老のようになっていた。
 ……あれ、俺はいつからこの島にいるんだったっけ。最近カレンダーを見るようなことも無いから、何日だとかは正確に分からない気がする……この島に来てから何日が経った?

「監督……今日って……」
「雅己」
「……玲人、お前なんでここに」
「お前を説得しようと思ってここに来たんだよ」

 ふと振り返ると、監督はどこにもいなくなっていた。さっきの肩の重みはどこへやら、俺の髪の毛はもう既に乾いていて、手に握っていたはずのタオルはいつの間にか無くなっていた。
 ……一体どうなっているんだ。

「説得するだなんて、不可能だろ」
「そんなことはない。お前だって何か理由があって……」
「煩い……! 俺は、この島で伝統を守ると決めた。島民もその考えに賛成している」
「……だが、俺の方が面づくりの腕は高い。……そうだろ?」

 視界が揺らいで、景色が暗転した。俺はなぜかベッドの上にいて、びっしょりと汗をかいていた。……いや、これは風呂上りか?
 喉がカラカラに乾いていて、喉がびったりと張り付くようだった。俺は部屋の小さな冷蔵庫から水のペットボトルを出してそれをまるまる一本飲み干した。


「藤堂、藤堂!」

 ドンドンと激しくドアを鳴らすと、ガタンと音がして続いてドアがゆっくりと開いた。
 髪の毛が鳥の巣のようになった藤堂が目を擦りながら半袖半ズボンの姿で出てきた。

「……んもう、なんなんですか……まだ夜中ですよ雅己さん」
「……ちょっと部屋入れろッ」
「ちょっと! もう……」

 部屋に入ると同じ間取りに、同じものが部屋に置かれていて、俺はホッと息を吐いた。

「なあ、藤堂……俺の名前を呼んでくれよ」
「え? 雅己さん……?」
「違う! 俺の本当の名前を……」

 藤堂はなんだか不思議そうな顔をしてから、少し考えてにっこりと笑った。

「永岡雅己さん、そうですよね?」


 目を開けると、視界いっぱいに眼を閉じた藤堂の顔が映った。俺は声も無くびっくりして飛び上がり、慌てて扉から出た。

「……雅己?」
「……ぁ……玲人」

 ドキドキと激しく音を立てる心臓が、身体中を支配した。喉が張り付いて声が出ない。
 俺、いつから寝てたんだ。

「……」

 俺は玲人を無視して自分の部屋へ戻ろうとするが、なんだか足がおぼつかずにフラフラと身体を傾かせる。

「……」
「こっちくるな」
「……まさか」

 玲人が肩を触ってきて、俺はそれを跳ね除けた。その反動で俺は壁に身体を打ち付けたが、回る視界のなかで玲人が俺の身体を支えたのが分かった。

「クソ、触るな……ッ」

 一体何がどうなってるんだ……まるで俺だけが置いてきぼりの様な気にさえなってくる。俺は永岡雅己だ……それ以外に有り得ないのに……。
 時間が飛ぶ様に過ぎて行くのは、俺が寝ているからか? それとも他の何かが俺の身体を乗っ取っているのか?

「とりあえず俺の部屋に来いよ。そんな状態じゃ他の奴になんて言われるか」
「う、うるさい! クソ、離せよ……っ!」
「そんな非力で何を言ってるんだよ、とりあえず落ち着いたら出て行けよ」

 玲人が俺の身体を引き摺る様にして自分の部屋にズルズルと引っ張って行く。俺の身体はなんだか酒に酔った様に足取りがおぼつかず、足は小鹿の様にブルブル震えていた。

「……ぅ、あ……」

 玲人の部屋は藤堂の斜め向かいに有り、俺の部屋まではぐるっと回らなければならない距離だ。確か、部屋の配置は決められていだはずだが、何か意味があっての事だろう。
 こんな時にそれが仇になるだなんて。

「……うぅ……くそ」
「ちゃんと水飲めよ」

 ベッドに放り投げられた身体は言うことを聞かず、バタバタとシーツの上でもがく様に足が宙に浮いた。

「なんでそんな酔っ払ってるんだよ。藤堂は止めなかったのか」
「煩え、俺が酒飲んだって別にお前に関係ないだろ」
「……関係あるからここに居るんだろうが……」
「……んー……」
「ほら水」

 差し出された手が俺の方に急に向かってきて、驚いた俺はその手を振り払ってしまった。
 俺の胸の上に落ちてきたボトルからドポドポと水が溢れ出して上着を濡らして行く。

「……っう」
「馬鹿、何やってんだ」
「つめてえ」
「当たり前だ……上脱げよ」

 タオルを投げられて、そのままポンポンと上着を拭う玲人。俺はそれをぼーっと見上げていた。
 すると玲人はため息を吐きながら勝手にジッパーを下げ始めた。

「ふは、ついに俺に手を出すのか?」
「……は?」
「女に手を出すのが怖いんだろ」
「なに」
「楓にも手を出せないくせに」

 原作の玲人は、ずっと楓のことが好きだった。好きだったからこそ、楓の幸せをずっと願っていて、自分の気持ちを楓に告げたことは無かった。
 振られたくないという気持ちと、楓が好きで諦められない気持ち。許嫁という立場の楓を諦めなければいけないという気持ち。

「……またそれかよ」
「はは、言い返すこともできないか」
「……雅己、お前今自分が抵抗できない事知ってるか?」

 急に玲人の目の色が変わったかと思うと、着ていたシャツを頭の方に引っ張られた。
 なんだよ急に……、少し引っかかった鼻を擦ろうと手を動かそうとしたが、それは叶わなかった。

「おい、手離せよ。動けねえだろ」
「動けなくさせてるんだ」
「はぁ?」

 シャツのせいで一纏めにされた腕を上から押さえつけられて玲人を睨んでいると、玲人が顔を突き出すようにして俺の目の前まで顔を寄せる。

「……なんだ」
「……」

 お互いの息がお互いの唇にサワサワ触れて、なんだか少し変な気分だ。
 玲人は俺の目をジッと見るだけで何も言ってはこない。

「ばーか」
「はっ? ぅわぁ……っ」

 俺を罵倒したかと思うと、玲人は形の良い唇を開き分厚い舌をベロリと出して、そのまま俺の口許から頬をゆっくりと舐め上げた。

「ゃめ……くそ、汚ねぇ……ン!」
「……ふ」
「んん……っ!」

 俺が叫ぼうとした瞬間に開いた口に玲人の舌が侵入してきて、ズルズルと音を立てて俺の口を吸う。激しい音を立てて俺の舌を吸い、口内を弄ぶように動き回る舌。溢れた唾液が喉を伝っていくのが分かる。

「んんッ! ぅ、は、ん」

 暫く吸われていると、玲人が飽きたのか唇は糸を引き離れていった。

「はぁ……ふざけんな、口拭けよ」
「顔赤いぞ、息できなかったか?」
「クソ野郎ッ」

 玲人は一瞬考えたように止まり、それからいそいそと俺のズボンを脱がしてきた。俺はバタバタと足を振るが特に意味は成さず、寧ろ脱がせる手伝いをしてしまったみたいだった。

「何すんだよ」
「何って……分かってるだろ」
「お前本当に可笑しくなったのかよ……!」
「可笑しくさせたのは雅己だろ」
「は? 俺なわけ……っ!」

 急に露わになった芯を持たない性器を掴まれて、びくりと身体が跳ねた。
 人に触られるのも久しぶりだが、自分でもここ最近触った記憶はない。まずい、非常にまずい。

「わ、まじで、止めろって」
「フニャフニャだ、使い物にならなそうだな」
「ッこのやろ!」

 ヤワヤワと揉まれてなんだか変な気分になる。腹の上に乗られているので、なんとか退けようと身を揺さぶるが逆に玲人の手に性器を擦り付けているみたいで逆効果だ。

「そんなに酒飲んだのか、あまり反応しないな」
「……ったり前だろ! 男の手に反応なんてっ」
「しょうがない。咥えてやるよ」
「……はっ?」

 玲人はそう言うと下に下がって行き、俺のフニャフニャの性器を手で持った。指先で弄ぶようにされると俺の性器は玲人の手の上で簡単に跳ねる。
 羞恥で顔がカッと熱くなるが、玲人は止めようとしない。それどころか目が合うように俺をジッと見つめて、身体のラインに舌を沿わせて下へ下へと身体を移動させていく。まるでアダルトビデオのような視点だ……クソ……。

「……ぁ」

 チラリと見えた舌がピトリと俺の性器にくっついた。縮んでいるそれはいとも簡単に玲人の口の中へ吸い込まれていく。暖かい口内が性器を包み、俺は瞼をギュウと瞑った。

「ぁ……っや」

 舌と唇を使いながら俺の性器を舐める玲人、俺はどうしようもなく不思議な気持ちと確かな快感から目を背けることしか出来ない。
 そ、そうだ……今のうちに手を自由に出来れば……!

「んっ……ぅ」

 バタバタと手に絡みついているシャツから片腕を抜き、俺は起きあがろうとした。なんだか上半身が重だるくて身を捩るだけだった。
 もう片腕もなんとかシャツから抜き出し、俺は未だ股間にしゃぶりつく玲人の頭を掴んで押し退けようとするが、力が強く敵わない。

「……ん、イきそうなのか」
「ちがっ……うぅ」

 酒を飲んで泥酔している時と同じような身体の重さだが、酒を飲んだ記憶はない。記憶が無くなっているのかもしれないが、本当に分からないんだ。俺が藤堂の部屋で寝ていた理由もわからない。
 そうこうしている間にも玲人の責めは止まらず、俺の股間はしっかりと立ち上がっていた。

「ンッ」
「……はあ、やれば出来るんだな」
「やめろよ、も……どっか行け」
「はは、イくのは雅己だろ」
「ぁあ……っや」

 急に亀頭を掴まれて、ガシガシと手で扱かれる。容赦ない手つきに俺は怖くなってその手を掴むが、それでも止まらずに俺の手ごと引っ張られる。

「やぁ……ッぁ、あ」
「……早くイけよ」
「ゎ、ぁあ、あッ!」

 腰がビクビクと突き出してしまって、尻の筋肉がビクビクと震える。俺は思わずシーツを掴んで獣のように叫んだ。
 クソ、くそ……玲人の手で達するだなんて、なんて悪夢だ。

「ぁ、あ、あッ……!」
「いいよ、イけよ。イけ、イけ、イケ……!」
「……ぐッ……ぁ、ぁ!」

 ビュルル、と液体を押し出すような音がした。俺はどっと疲れて、心臓がドクドクと血液を送り出す音が頭の中で響いた。

「うん、濃い」
「……は……ぁ、はぁ……あっ?!」

 ヌルリとしたものが急に尻の穴に突き入れられて、力を抜いていたせいか先がツルリと入ってしまった。
 ビクリと身体が硬直して尻を締めると、玲人が声を上げて笑い出した。

「な、なに……」
「ほら、力抜いて。息を吐いて」
「ぁ、あ、ぐ……っ」

 ズグリと何か異物が入ってきて、俺は深く短く息を吐いた。まるで走っているような感覚、俺は猫のようなか細い声を上げた。

「ぁ……やだ、何入れて」
「指」
「あっ、うそ……止めろ、ぁ、アッ」
「ここだ。この膨らみが前立腺ていうやつらしい」
「なに……アッ、あ」

 指の腹らしきもので内臓を擦られる。指だと言われるとなんだか形が頭の中で想像できて、触られているところがジンと熱くなってきた気がする。気持ち悪い。

「ひ、ぃい」

 またズグリと新しい何かが押し入ってくる感覚、これは嫌でも分かる。もう一本の指が入ってきたんだ。
 玲人はこんなことをして一体なにが楽しいんだ。俺をイかせて、尻をいじってるなんて……馬鹿じゃないのか。もしかして俺はまだ夢を見てるのか?

「うぁあ!」
「ココ、ここがお前の良い所だぞ。覚えておけ……よ」
「っぁああ」

 コリコリとした少し硬い所をグッと押し上げられて、そのままコスコスと擦り上げられて俺は悲鳴に近い声を上げた。何がイイトコロだ。なんでこんなに叫んでいるのに、誰も気づかないんだ。だが見られたくはない、見ないでくれこんな姿……こんな、島の当主として汚らわしい。

「ほらもう二本目、もう三本目も入るよ」
「ぃ、アッ……!」

 グヌリ、となにかが俺の中に侵入してくるような感覚。俺が動けないのはなにか大きな化け物に乗られているからかもしれない。
 ハアハアと荒い息が部屋中に蔓延しているみたいだ。声が響いてまるで大勢の人間に俺のこの痴態が見られているようだ。

「これを挿れたら、雅己はどうなる?」
「……ぁ?」

 ツプリ、と指が抜かれて急な喪失感に声が漏れ出る。尻になにかツルツルとしたものが押し付けられた。なんだ、これは。

「……ウッ……ぁ、あ、あ……っ!」

 ゴリゴリと何か長大な物が胎内に侵入しようとしている。下半身を見るが、玲人の身体が邪魔をしていて見えない。俺のなかのすべてを汚そうとしているなにかが、俺の腹の奥にズドンと入ってきた。

「……ッ……!」

 腹からの突き上げるような振動に反射で口から空気が漏れる。その瞬間ズシリとなにかが俺を覆いかぶさるようにして乗っかってきた。俺はゆっくりと視線を上にあげると……。

「ぁ……ぁあ……」

 緑色の表面にフツフツと浮かび上がる茶色の斑点模様、全身に毛が生えていてヒダには陰影がついている。まるで、それは……芋虫のようだった。いや、芋虫が俺の上に乗っかっていた。なんで、こんなこと……。

「ぅぷ、っぁ、が」
「なに、吐くの……? いいよ、吐いて。全部出して」
「グ、ぅ……ゥゲ……ッ」

 ベチャベチャと口から吐しゃ物が吐き出されて、俺は身体を捩った。幸いにも身体には汚物は広がらず、ベッドの脇に吐しゃ物が飛び散った。しかし口の周りと、口の中が酸っぱくて気持ち悪い。さらに吐いてしまいそうだった。

「ぅ、ぅう」
「ほら水飲んで」
「ぅ、おぁ」

 ビシャビシャと水が上から降ってくる。口の周りの汚れを水が流れて嫌悪感が少し無くなる。口の中に入ってきた水が俺の気管に入り俺は少し咽た。
 俺が咳をしていると、なにかがズルリと口の周りを這いずりまわる。なにが這いずっているのかが見たくなくて、俺は手で目を覆った。

「ん……はぁ、口を開けて」
「ぅ、ぁ」
「ハァ……は」

 ズルズルと生暖かいねっとりとしたものが口内に入ってくる。歯列をなぞり、舌を絡ませられる。何かを見てしまったら俺はきっと俺に戻れない、そんな気がして一層俺は目を覆っている手に力を込めた。

「ぅ、ぁ、あ」

 ズンズンと胎内のなにかが最奥を貫く。身体は全身を揺さぶられて、自分の意思とは逆に腰を揺すってしまう。

「はぁ……さくまさ……!」


「え……っ」

 目が覚めると、そこはいつもの天井だった。島で割り振られたはずの、俺の部屋だ。
 なんだ……今のは、夢か……?
 身体には不快感は無く、痛い所なども無い。……ただ、あの感触が肌に触れる熱は覚えている。あれは本当に、夢……?

 コンコン、と音が部屋に響く。誰かが訪ねて来たようだった。

「……なんだ」
「なんだなんて、冷たいな」

 ドアを開けると玲人が立っていた。玲人の部屋は俺とは真反対なのになんでわざわざこんなところに……。
 玲人は俺をジッと見つめている。気味が悪くてゾワリと背中になにか虫のようなものが走った。

「そんなに見るなよ、気味悪い」
「……ふ」
「……ッ」

 玲人が顔をグイッと寄せてきて、俺は思わず後退った。その瞬間玲人は狙ったかのようにドアを超え部屋のなかに侵入してきて、俺の肩をグイと押したのだ。

「な、なにす……!」
「……し、声を出したら他の人が来るぞ」

 開いた口を指で制されて、俺はグッと息に詰まった。

「……」

 視線を合わせたまま、身体を寄せてくる玲人に応戦するように俺は睨む。しかし身体はズリズリと後退り、ついにはかかとがソファの足に当たった。一瞬玲人から目を離した隙に、玲人は俺を突き飛ばした。

「っ……!」

 ボフリ、と綿が詰まったソファに強く身体を打ち付けた。俺はびっくりして固まったが、玲人はこれ幸いとばかりに笑顔で俺の上に覆いかぶさってきた。

「……や、やだ……もうやめろ……ッ」
「……なんで? 俺は、楓のことなんてどうでもよかった」
「は……」
「俺が追ってたのは、ずっと……」

 玲人が俺の顎を掴み、首筋を曝すように上を向かせられる。その瞬間声が出なくて、俺はそのままされるがままになってしまう。
 嫌いな奴に弱点を曝しているような不安な気分、玲人が怖い。

「……ッ!」
「……鳥肌が立ってる、怖い?」

 ベロリと曝け出した喉元を舐め上げられて、フツフツと鳥肌が立つ。やはり、あれは……夢じゃなかったんだ。俺はなんで部屋で寝てるんだ……。

「ぁっ」

 歯を立てられて喉に噛みつかれる。丁度喉仏辺りで、舌でその出っ張りを強く擦られる。ゾワゾワと何かが這い上がってきて、俺はブルリと身体を震わせた。

「怖い……?」
「ゃ、めろ……」
「雅己、もう何回目だと思う?」
「ぁ……?」

 シャツの裾から手が伸びてきて、俺の乳首を弄るように指が動いている。
 何回目って、何がだ。

「こうやって、俺に抱かれて……凄く嬉しそうに喘ぐんだ。最初は嫌がる癖に、途中から理性が無くなって自分から腰を振って……」
「え……」

 乳首を弄っていた手がするりと腹を撫でて、パンツの中に入り込んできた。突き出た腰骨に触れて、そのまま指が恥毛に当たる。

「何回も何回も。同じこと繰り返して……何やってるんだろうね」
「待て、よ……何、言って……」

 何言ってるんだ……? 何回目って、この……お遊びの事か?
 何回目なんて程、俺はコイツに抱かれたりなんてしていない……何言ってんだ、コイツ。

「早く、この島から出たいな」
「は……」
「そしたらちゃんと佐久間さんを抱けるのに」
「……はぁ」

 ドキドキと煩かった心臓と飛びそうになる意識が、俺の名前を呼ばれて引き戻された。そうだ、俺は佐久間隼人……大丈夫、ちゃんとコイツは分かってくれている。俺も、ちゃんと解ってる……。

「わ……どうしたの? 初めてだよ、抱きつかれたのなんて」
「……ゃく……」
「え?」
「早く、俺を抱けよ」

 重なった視線が、俺を貫くように強くなる。
 がっついたように唇を塞がれて、シャツのボタンをちぎりそうになりながら捲し上げられる。
 俺は熱い息を吐きながら、森田の髪の毛をグシャリと掴み、丸っこい頭を掻き抱いた。



「いやぁ、良かったよ。途中からの飛躍が凄まじかった。やっぱり君を選んで正解だったよ」

 助演男優賞受賞なんて、目じゃないね。

「はあ……ありがとうございます。どやされた時は、死ぬかと思いました」
「いやーやっぱりアレが効いたかな。それからの鬼才っぷりが凄かったよ」

 監督は大笑いしながら俺の背中をバンバンと力強く叩いた。監督の髭はもうだいぶ伸びていて、此処での長かった期間が如実に表現されていた。髭剃り、持ってこなかったのか。

「監督……」
「監督ー! ちょっと確認お願いします!」
「ん? おお。じゃあまたあとでな」

 映画のシーンを全て撮り終えて、データも全て確認済み。撮り忘れもボツも無し、つまりは島からやっと出れると言うわけだ。各々、疲れた顔をしている者もいればスッキリした顔をしてる人もいる。俺はどっちだろう……。

 なんだかキツネに化かされたような気分だ。此処での三ヶ月間は夢のようで、これからも永岡雅己は永遠に俺の中で生き続けそうだった。
 これが俗に言う役に喰われたってやつだったんだろうか……これはもう、俺にしかわからないだろうけど。

「佐久間さん」
「……森田」
「大丈夫ですか? 熱中症とかじゃないですよね」

 そう言って俺の額や首筋に手を当てて確認してくる森田。森田の冷たかった表情は今はどこへやらと言った感じで、コイツは元々表情が豊かだったんだなと思い知らされる。

「とりあえず日陰で休みましょう……ね?」

 腕をグイグイと引っ張られて、いつの日か来た岩場に連れて行かれた。何をしようとしているのか、森田の雰囲気はなんだか楽しそうにキラキラしていた。

「佐久間さん、ずっと貴方にこうやって触れたかったんです……」
「は……」
「佐久間さんの事が憧れで……この映画で佐久間さんとやっと共演できるってなって、俺凄く……」

 死角になっている岩場で森田に迫られる。腕を取られて身体を抱き締められて身動きができない。

「だから感情の高ぶりのまま抱いてしまったんですけど……嫌でしたか?」
「……嫌っていうか」
「あのお酒に酔っ払っている佐久間さん、凄く魅力的でした。まさか三好さんとも関係があるだなんて事はないです……よね?」
「はあ? 三好くんとはそんなこと、するわけ無いだろう」
「あ、じゃあ……俺とは本気だったんですか……!」

 そう言われて黙り込むと、森田は目をギラギラさせて俺に抱き着いてきた。

「……もしかしてノリとか言わないですよね。佐久間さんは、そんな事言わないですよね」
「……お前、怖いぞ」
「ハハ、これがいつもの俺ですよ。最中はずっとこうやって、肌で直接……胎内まで……本当の俺と触れ合っていたでしょう?」

 下腹部をさらりと撫でられて、ゾクゾクと背中に悪寒が走る。森田に抱かれていたのか、玲人に抱かれていたのか……全然覚えていない。最初は玲人と雅己だったような気はするが……。


 作品は海外や国内で言われている事があった。
 原作での結末は、楓はどちらと付き合うのか結婚するのか明言されていなく……それはメインの二人がホモセクシャルだからだったのではと評価されていたりもするんだ。まあ、とある一部ではだが。
 結末は深く読まずサラッと見れば、楓と玲人が付き合ったのだろうと思う流れではある。
 結局のところ、よく分からない。作者は何も語らない訳だし。

「佐久間さん」

 ただ、俺と森田がこうなったって事は……。

「島から出ても、また連絡していいですか……」

 もしかしたらそういう事だったのかもしれない。


「……おう」


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