悲劇と愛着


 


 最悪な新学期が始まった。
 あれから何かにつけて三間からは声を掛けられる。表立ってではなく、愛想がいい訳でも無い。おちょくるように話しかけられる。

「あのオカマの子と仲がいいって、竜のことだったんだ」

「新しいオトモダチが出来て良かったね」

「またみんなから無視されちゃったりしてね」

 俺と三間が一番後ろの席なことをいいことに、あることないことを言われる。前の人には聞こえない程度の声量で言ってくるから怒声も上げられず、俺はただただ無視を決め込んだ。
 こうやって言われていることが周囲にばれたらきっと三間以外のひとからも揶揄われるんだろう。三間は分かっていながらじわじわを俺を責め立てているつもりなのかもしれない。

「俺のことが嫌いなら構うなよ」
「……嫌い? 嫌いなんてもんじゃないよ」
「どうせ大嫌いとかいうんだろ」

 小声で言い返すと、三間はニヤニヤと笑うだけだ。しょうもない。
 俺は嫌いな奴にはかかわらないことが一番だと小さい頃から知っていたけど、三間はいつまで経ってもそれが一番だとわからないみたいだ。窓からはお昼の鐘が盛大に鳴っていた。
 それからしばらくして四限目の終了の鐘が鳴った。教師がいそいそと帰る準備をしている中で、ザワザワとクラスが喧騒を取り戻す。

「早くお昼行こっ」

 響生が近寄ってきて、腕を掴んで引っ張る。早めに購買に行った方が色々食べたいものがあるんだ。俺は響生の勢いに引っ張られながら購買へ向かった。

「……チッ」

 三間がどんな瞳で俺を見ているのか知らずに。


「ん、これおいひい……っ」
「クリームのやつか?」
「そ、イチゴのところも好き」

 パンの購買のおばさんがいつもおすすめを教えてくれる。いの一番に購買へ向かう俺たちを覚えてくれているようだ。それに響生が背が高いからかもだけど。いつも響生をノッポくんと呼ぶ。

「俺もそれ買えば良かった」
「えぇ、食べさせてあげるぅ」
「いいよ……んむ」

 響生が食べていたパンを口に突っ込んでくる。まあいいかと口を開けてかぶりつくと響生が言っていたように生クリームとイチゴが美味しい。

「ん、美味い」
「でしょっ」
「これも美味いぞ」
「んん」

 俺の持っていたパンも食べさせてやると喜んで齧り付く響生。
 空き教室だと人の目も気にならないし、三間もいないから良い空間だ。少し埃っぽいし、椅子や机も無いから床に座ることにはなるけど人の目が気にならないからいい所ではある。

「本当にこのままの体勢でいいのか」
「ん? なぁに」

 俺は響生の膝をポンポンと叩く。というのも響生が胡坐で座っている上に俺が腰掛けている体勢だからだ。仲良くなってからお昼を食べようとなった時にこの空き教室を見つけて、響生がここがいいと言った。俺は正直埃っぽい所で飯を食いたくはなかったが、掃除をすればいいという言葉と俺の上に座っていいということでまあいいかと妥協してこの場所に納得したのだ。

 だけど今では俺もこの場所が落ち着くし、いつまでも響生の上で飯を食べるというのも行儀が悪い。冬は暖かくてちょうどいいけど、流石に響生も面倒だろう。

「いいんだよ、竜くんを床に座らせたくないもん」
「でもよくないだろ、どう考えても」
「僕がいいよって言ってるんだからいいのっ」
「うわっ落とすかと思ったじゃねえか」

 突然後ろから覆いかぶさられて、驚いてパンを取り落としそうになる。後ろを睨みつけるが、響生は悪びれもせずに嬉しそうに笑っている。

「だってくっついてる方が嬉しいじゃん」
「……お前がいいなら別にいいけどさ」
「でしょぉ」

 響生といると、三間のことを少しだけ思い出す。
 親友というよりかは兄弟に近かったが、いつも弟のように慕ってくれていた。夜眠りたくないから、と同じ布団に入ってきて、結局爆睡したりだとか。

「早く食べないと時間過ぎるぞ」
「ふぁーい」

 欠伸をしながら答える響生に思わず笑ってしまう。
 三間と俺も、こんな時があったのになと思ってしまうが、違う道を進んでいるのは誰がどう見ても分かるだろう。人はものの数年……数日で変わってしまうから。



「じゃあ、また明日ねっ」
「おう、またな」

 響生は部活に所属している。人付き合いが少なそうなのに、意外だ。でも所属しているのは漫研で、見た目からするとちゃんと見た目通りだと思ってしまった。漫研の人たちは嫌なひとはいないだとかで、俺も入ろうと言われたがそれよりもバイトがしたいからと断った。
 今日はそんな漫研の活動日だ。週三日でいつでもきていいって体のいいたまり場だよな。

 俺はというと、やっと日直が回ってきたので日誌を書いている。今日はバイトも無いから少し時間が掛かってもいいか。

「何してるの」
「三間……」
「ああ、今日日直か」

 三間の後ろでコソコソと三間の友達らしき二人が話している。片方が俺のことを見ているから俺のことだろう。コイツ、周りにも俺のこと話しているのか……。嫌な奴。

「だからなんだよ」
「別に? 頑張ってね」
「……」

 三間は少し鼻で笑ってから友達と三人で教室を出て行く。

「なんだよ……」

 三間は時々声を掛けてくる。意味が分からない、俺をじわじわ苦しめたいみたいだ。早く席替えをしたい。
 席替えの時期は学期ごとだったような気がする。だから少なくとも三カ月ほどはこの席ということ。

「クソ」

 恨み言を呟きながらも日誌を書く。だんだんと教室には人が少なくなっていった。
 他の人はどんな日誌を書いているのかとペラペラ捲ると響生の日誌だった。響生はその日食べたお昼のことを書いている。そして俺のことも書いていた。『笑顔が可愛い』……嘘だろ、公開処刑過ぎる。それに担任も『それは気付かなかった!』と書いている。バカにされている。

「馬鹿馬鹿しい……」

 日誌を書き終えたので、職員室に届けに行く。こんな時くらいしか職員室に行かないから少しドキドキする。
 それから無事に職員室に引き渡して教室に戻ると、とうとう誰もいなくなっていた。みんなバイトや部活に忙しいんだろう。
 鞄を取る直前に、催してトイレへ行こうと思いいそいそとトイレに急いだ。

「……わっ」

 個室に駆け込んだ所で、急に何かに押されて転げそうになる。トイレのタンクに手をついて後ろを見ると、そこには想像だにもしない相手が立っていた。

「み、ま」
「まだ個室じゃないとトイレできないんだ」
「……」
「それともお腹痛かったの? 小さい時からお腹弱かったもんね」

 どうして三間がこんな所で、しかもこんな事を。そう思ってから俺はああ、と納得する。また虐めるつもりだ。三間がニヤニヤと笑っている。
 三間が後ろ手にドアを閉める。カチャリと音がした。

「いいよ、目の前でして」
「どけよ、出る」
「だから良いよって、早くしないと漏れちゃうよ」

 腕を組み目の前で立ちはだかる三間にイライラが募る。鍵を隠すように立つのでどうにもできず、三間の腕を叩くが気にも止めずにジッと俺を見つめる。

「早く」
「……本当にするぞ?」
「いいよ。早くしな」
「……」

 俺は三間の目の前でスラックスを下ろした。それからパンツも。それをいじめ時代に何度となく揶揄われた、俺は座ってしかトイレが出来ない。立ってトイレするなんて考えられない。これは多分母親の潔癖思想が強いからだ。しかもちゃんとトイレの後はペーパーで股間を拭く。振って終わりだなんてありえない……。実は、昼飯の時の空き教室でのことも俺の軽い神経質さから来ている。それを響生は理解してくれるんだ。

 俺は三間の前で堂々と便座に座る。どうせこいつには小さい頃から見られている訳だし、今更なんてことない。
 それから気を緩めてジョロロとトイレに音が響く。しばらくしてトイレットペーパーを巻き取ると、次はカラカラと音がした。
 水を流して立ち上がりパンツをあげようとした所で、ゴムのところに指を引っ掛けられた。

「なんだよ」

 めんどくさいと思いながら見上げた三間は無表情のまま俺のパンツを見ている。というか、股間を見ている。

「な、なんだよ……」
「か……」
「え? わっ!」

 ずるりと下げられたパンツを慌てて引っ張ろうとするが、力が強くて勝てない。パンツが伸びそうだと思い、諦める。
 どうせ俺のことを辱めたいんだろうけど、小さい頃からの裸の付き合いをしてきたんだぞ。何も恥ずかしくないのに、と開き直り堂々と股間を晒した。

「別に恥ずかしくないからな」
「なんで、生えてないの……」
「え?」
「なんで毛が生えてないの」

 ツルツルのそこをさも珍しそうに見る三間に溜息をついた。そういえば個室を使うことを揶揄われることはあったが、直接的に裸などを見られたことも無かったなと思いだす。うちの中学、プールの授業も無かったし。

「要らないだろ、毛なんて」
「剃ってる……訳じゃないよね、脱毛?」
「うるさいな、どうでもいいだろ」

 股間の上に指を這わせる三間に舌打ちをする。そんなに珍しいだろうか、最近は韓国系とか言って体の毛が無い人もいるのに。
 恥毛が無いのは母親の薦めだ。毛穴のトラブルも減るからと連れて行かれた。正直要らないと思っていたので特に抵抗することもなく去年から無毛になった。

「チッ」
「……なに、」

 急に股間を掴まれて、急所を握り込まれたからかビクリと身体が固くなる。明らかに機嫌が悪くなる三間に足を擦り合わせるが、腰も掴まれて、とうとう逃げられない。

「やだ、何すんだよ……っ」
「ウザ」
「ウザいなら触るなし」

 股間を指で弄ぶようにクニクニと揉む三間に手を振り払おうとするが、腰を掴まれていた腕で両手を掴まれる。そのまま引っ張られて足元のパンツが引っ掛かり動けない俺はトイレの方を向かされる。

「おい、やめろ……っ」

 何も思わないが、流石に股間を弄られてしまうと腰に響きビクビクと反応をしてしまう。
 股間全体を揉まれていたかと思うと、先を指先ですりすりと優しく擦られる。明らかに俺のことを昂らせようとしている動きだった。
 他人に触られるのは、初めて……では無いがそれでも久々の感覚に足もビクついてしまう。耐えていたがそれから直ぐに昂ってしまった。

「こういうこと、あのオカマくんともするの?」
「馬鹿、やめろ……離せ」
「答えないのかぁ、あんなに空き教室でイチャイチャしてるのに」
「! ウザ、見てんじゃねえよ……ぁっ」

 先を指先で抉られて膝がガクリと落ちてしまった。便座に膝をついて、身体を支えたが三間の責めが急に本気になる。

「ぁ……オイ……っ」
「……」

 無言で本気に責め立てる三間に、どんどん息が上がっていってしまう。荒い息を吐く俺の後頭部に何かが触れる。それに、なんか……。

「ぁ……なんか、当たってる、ぞ」
「……」

 耳を澄ますと、なんだか少し荒い息が俺の他に聞こえた。嘘だろ、コイツ俺で興奮してるのか……?

「静かにしないと誰かにバレるよ」
「! ならやめろ!」
「……」

 また無言になり股間を擦る手を早める三間。腰が上がっていってしまうが、膝で必死に止める。クネクネと気持ち悪い動きだったと思うが、三間は何も言わない。
 それから直ぐに耐えられなくなった俺は泣きながら精を放った。

「……っぁ!」
「!」
「はあ、は……ふぅ」

 便座に逆向きに座り、荒い息を整える。

「お友達に、おんなじ事をしてもいいんだよ」
「……は?」
「また、友達がいなくなっちゃうかもね」
「……」

 俺のせいで、友達がいじめられるのはもう懲り懲りだ。俺なら一人でなんとかできるが、相手はそうじゃ無いかもしれない。学校に来なくなったらどうする。

「なに、なんだよ」
「連絡先、交換しよう」
「……勝手にしろよ」

 トイレの床に落ちてしまったスマホを手で取って投げるように三間に渡した。

「ちゃんと連絡返してね」
「はっ……ん」

 ニチャニチャと濡れるそこを塗り込むように先を弄ばれて熱い息を吐いた。
 スマホを返されてタンクの上に置かれる。それから暫くしてカチャリと鍵が開いた。

 振り返ると誰もおらず、急いで鍵を閉めた。

「……クソヤロー」




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