友情の崩壊


 


 高校生、春。
 きっと新入生は心躍らせているんだろうな、と思いながらミニスカの先輩が校門
に立つ教師に怒られているのを横目で見る。
 ちらほら新入生らしき雰囲気の生徒が視界に映る。みんな少し初々しくてかわいい。
 俺は昇降口に到着し、クラス表を見るために顔を上げた。
 俺の名前は一番下にあるからすぐに見つかった。2組だった、担任はまあ……可もなく不可もなく。あとは誰が……。

「う、そ」

 一年の時にはクラスが離れていたから油断していた。
 その名前に心臓がドキドキと急な鼓動を打っているのが分かる。


「おはよ……っ」
「……!!」

 肩をポンと叩かれて背筋が反る。その声はよく見知った声だった。

「クラス表、見たんだねっ……竜くんとまた一緒で嬉しいよ」
「……響生」
「また席が近いといいな……あ、最初は苗字の順番だから遠いかぁ」

 項垂れる響生に頷き、俺はもう一度クラス表を見上げる。なんでまた同じクラスに……。

「また一年、よろしくねっ」
「……おう、よろしく」

 響生はニコニコしながら先に下駄箱に向かって行く。俺は息を飲み、響生のあとを追った。


 遡ること、あれは俺が幼稚園生の時だった。いや、正確にいうと『俺たち』が幼稚園生の時だ。
 家が近所で、幼稚園のバスにはいつも二人で乗っていた。当然帰りも一緒で、どちらかの母親が迎えに来るようになっていた。
 それから、どちらかの家で寛いだあとに片方が自分の家に回収される。そんな毎日だった。

 家が近所の俺たちはもちろん同じ小学校に進み登下校も一緒だった。クラスが離れたとしても帰りは一緒。どちらから言ったわけではないが、自然とそうだった。
 放課後は一緒に遊び、他の同級生も誘って遊んだ。それでも行きも帰りも一緒なことには変わりなかった。

 特に親友だとか、そんなものではなかった。ただ一緒にいる、一緒に遊ぶ、たまにどっちかがごねて一緒に寝泊まりする。それだけといえばそれだけだった。


 クラスに入ると、座席表が張り出されていた。案の定、俺と響生は対角の席で、響生は悲しがっていた。城木と吉田は流石にどうにも出来ないだろうし。
 それよりも……まだ、アイツは来ていないみたいだ。そのことにホッと息を吐く。

「ねえ、担任のことどう思う?」
「え? あぁ、別に。可もなく不可もなくって感じだなって」
「だよね、だよね。僕もそう思ってたっ」

 響生はわざわざ机に駆け寄ってきて嬉しそうにしょうもないことを話す。身長が無駄に高いせいで覆い被されていて視界が狭い。

「前の担任は煩かったもんね」
「お前毎回髪の毛切れって言われてたもんな」
「うんー本当にウザかったな。でも、竜くんがいつも髪の毛切っても褒めてくれたから嬉しかったよっ」
「だってお前短い方が絶対いいもん」
「そんなこと言ってくれるの竜くんだけだよ」

 どう考えても肩まで伸びた黒い髪に目まで分厚く目元まで覆い被さった前髪よりかは短い方が良いと思うのに。それにこいつは思ったよりも顔が整ってるんだ。雰囲気と言動が怖い……と言うか気味が悪いから気付かないだけで、身長が高いのもいいところだと思うけど。
 女子は顔も大事だが人間性もちゃんと見ているみたいだ。

「今日はさクラスが同じだった記念に遊びに行こうよ!」
「んー……いいよ」
「やったぁ! どこ行きたい?」

 何気なく視線を逸らすと横の席に誰かが座る。茶髪はきっと染めているんだろう、アニメのように綺麗な少し黄みがかった茶色だった。

「三間ぁ!」

 ドタバタと誰かがその横の席の人物に駆け寄る。俺はその名前を聞いて目を丸くした。
 そういえば自分の座席は見てたけど、他のやつの座席見てなかった……!

「竜くん?」
「あ、おう……なんだっけ」
「放課後どこ行くって……竜くん映画見たいって言ってたから駅前のモールは?」
「あ、あぁ……うん」

 響生の問い掛けにぎこちなく答える。
 映画、確かに公開前に見たいのがあるって話を響生にしてた気がする。

「じゃあ、決まりね! 放課後は僕の時間だよ」
「分かったって」
「あっ先生来ちゃった! また後でね」

 響生はバタバタしながら自分の席に戻った。響生が動いた瞬間、視界が開けて茶髪の人のが見えた。

「……っ!」

 三間嶺、張本人だった。三間の友達も教師が入ってきたからか慌てて自分の席に戻っている。
 そして三間がゆっくりと前を向いた……かと思ったがこちらを振り向く。
 三間の冷たい瞳と視線がかち合った。髪とお揃いの茶色い瞳だった。

「……」

 俺は慌てて視線を逸らした。三間の瞳を見ると自分が惨めに思えた。それから教師が喋り始めた。時折視線を感じながらも教師だけに視線を向けた。


 三間は中学二年に上がった頃から、俺を虐めるようになった。三間がそんな態度だからか、周囲も俺をそんなふうに扱うようになり、気付けば周り全てが敵だった。だから中学は友達が少なかった。今でも連絡を取っているのは一人だけだ。
 それに、三間は件の幼馴染。あんなに四六時中居たのに、急に俺を避けてきて、それから虐めに発展した。俺の何が三間の気に障ったのかは分からない、急に三間は俺を除け者にしてきたんだ。

 でも、俺だってずっと黙っていた訳ではない。だって意味が分からなかったんだ。俺が何か三間にしたなら分かる、だけどそんなこと絶対無かった。だって三間は俺と二人でいる時は他でも見ないような甘えたで、いつだって俺のそばにいる事を望んだ。どちらかがごねてお泊りをする事になったとしても、ほぼ三間のお願いだった。それが虐められるすぐ前まであったんだ。だから最初は分からなかったんだ、俺が三間に嫌われているだなんて。

 高校になって、まさか同じ高校だとは思わなかった。俺はあえて中学から離れたここの学校を選んだと言うのに。それにここの学校は偏差値が高い。俺もそうだが、嶺……三間はそんなに頭が良く無かったから、絶対に違う高校になると思っていたのに。

「ようやく同じクラスになったな」
「! なんだよ、また虐めるのかよ」

 教師が出て行ってからすぐに、三間が俺の目の前に立った。そしてとても嬉しそうに、ただ瞳の温度は冷たく、そう言い放った。どう考えても試合開始のゴングだった。
 俺は昔のように言い返したが三間の口元は相変わらず歪んでいて、それは弧を描いている。

「それはどうだろう」
「……」

 ゾワゾワする背筋に、周りの声は聞こえない。冷や汗がたらりと垂れた瞬間に声を掛けられた。

「竜くんっ……だ、誰この人っ?」
「響生……」
「じゃあね」

 そう言って三間は友達の元に行ったみたいだった。

「な、なんか怖い人と話してた……っ」
「怖い人……よく分かったな。響生のくせに」
「えぇ、怖いよっ! 竜くんもうあの人に近付かないで」
「俺も出来れば近づきたく無いから、大丈夫だ」

 響生のくせに一丁前に三間の怖さを見抜くなんて、女子には王子様とか言われていて大人気なのに。さっきの様子を見るに、また俺は三間からいじめられるんだろうか。……そしたら、コイツだって流石に離れていくよな。
 目の前のノッポを見上げると、髪の毛を揺らして首を傾げる響生。こいつもターゲットにされたらたまったもんじゃないよな。
 中学からの一人だけ連絡を取っている友達も、俺と仲良くしていて三間に目を付けられた。だけど、必死に俺が止めていたらそれも止んだのだ。それから俺はヒーローと言われて、なぜか今でも連絡を取ってくれている。ヒーローだなんて、俺のせいで目を付けられたのに。
 響生も、もし目を付けられたらと思うと……一緒にいない方がいいんだろうなと思う。

「どうしたのっ」
「……別に。もし、俺と仲良くしたくないって思ったら別にそれで良いからな」
「えっ? なんで、僕のこと嫌いになっちゃったの……」
「違うって。逆だよ、俺のこと嫌いになってもいいからなって」
「なあんだ。そんなことなるわけないよぉ」

 心配になっちゃったの、と唇を不気味に引きつらせ笑う響生に、俺は不安な顔が隠せなかったみたいだ。ガバリと長い手で身体を覆われてギュウギュウと締め付けられる。

「馬鹿、やめろって……」
「やだぁそんな顔しないで」
「またオカマって言われるぞ」
「別にいいもん、竜くんのこと大好きだし」
「ばーか」

 響生は、一年の時も同じクラスだった。
 最初から前髪が分厚かった響生は、周りから変わり者だと言われて遠巻きに見られていたみたいだ。実際、背が高いだけで変な髪形をしていたらちょっと怖くもある。
 そんな時に響生が教室で思いっきり転んだ。足が長いからかわざとなのかは分からないが、誰かの足に引っかかったらしい。それをみて女子も男子もクスクス笑っていた。
 俺はそんなのを見てられなかった。別に正義感とかじゃない、いじめって本当に嫌なことなんだ。されるのも、されているのを見るのも。
 慣れている俺は大したことない、だけど初めてそんな経験をしたやつにとってはものすごい衝撃だと思う。俺が最初そう思ったからだ。

『おい、大丈夫か』
『……ふえ』
『鼻血出てる……ティッシュ、ほら』
『あぁあ、ありがと……っ』

 小刻みに震える声に、鼻から血が垂れている。そりゃそうだよな、びっくりするよな。

『とりあえず保健室行こうぜ』
『ん……』

 ティッシュで鼻を覆う響生を立たせて保健室に行こうとしたが、思ったよりも大分響生の背が高くて支えにもなれなかったな、と思い出す。

 それからなんだかんだ響生に懐かれて、俺と響生はクラスがドン引きするくらいには仲がいい。というよりも響生がベタベタすぎるんだ。そのせいで俺と響生……というか主に響生はオカマと裏で呼ばれている。響生はそんなの気にも留めずに、俺と一緒が楽しいからと一緒にいてくれる。
 友達もどうやってつくっていいのかわからなかったから、響生がそう言ってくれて俺は本当にうれしかった。


「早く映画に行こっ」
「分かった分かった」

 今日は午前中だけだから午後はもう自由だ。
 俺は響生と共に駅にあるショッピングモールに向かった。









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