監禁のはなし







そうだね、少し思い出話をしようか。
そう言って彼は笑ってよく森田が座っていたパイプ椅子の背をなぞった。

俺は持参してきたお茶が入ったペットボトルのキャップを開けてそれに口をつけた。
彼にも飲むかと聞いてみたがゆっくりと首を横に振って赤いパッケージのペットボトルを見せてくれた。
トマトジュース…?
彼はそんなに健康に気を使うような人だったっけ…そう思って好みか、と納得。
彼はニッコリと笑ってキャップを回してゴクリと一口
いつ見ても彼は絵になる人だ、と俺は思う。俺がこんな部活に入ったのはやっぱり幽霊部員が多いからという理由だったからだが彼も同じ理由だったっけか。それでも毎日通っていた自分達を思い出して一人笑った。

意外とこの部活は楽しく、何か活動がある訳ではないもののそれなりの一体感はあった気がする。
先輩たちには幽霊部員が多かったがけして悪い人たちではなかったし、この部活に愛着もあったように思う。
俺と彼と森田だけは幽霊部員ではなくちゃんと通っていた唯一の存在だったが、もう来ることは無いだろう。

窓に視線をやればまだ蕾の桜達が俺たちをみていた。そうか、まだ咲いていないのか

「で、思い出話ってなんだよ」

俺は窓を見ながらそう言った。
思い出話といえば、きっと。

「森田君のこと」

「……」

やっぱりか、
そう思って彼を振り返った。

森田がいなくなってからもう一年だ。
逆に言うと一年前、森田はこの学校…この街から姿を消した。
森田は特別目立った人物でも無かったが不思議と人を惹きつけるような魅力があったように思う。

「…僕はね森田君が好きだった…ううん、今も好きだ。」

きっと森田君は気付いていたんだろうね、
僕の事を避け始めたんだ。
そう言って何かを悔やむように俯いた彼を俺は黙って見つめた。

「…もしかしたら僕の事がイヤになって何処かへ行ってしまったのかもね」

ふふ、と自嘲気味に言って笑った彼はなんだか以前の彼ではなくなってしまったかのようだ。そう言えば森田が居なくなってから彼も部活をサボりがちになってしまったっけか。

「どうだろうね」

もう森田はいないから、わからないよ
そう言って彼を慰めたはずったが彼は堰を切ったように泣き崩れた。

「僕は森田君に酷いことをしてしまったのかも知れない、…」

「…なにをしたの?」

彼は叫ぶようにそう声を絞って部室の床に水滴をポタポタと垂らした。
彼はいつも森田だけを見ていたけど、…森田はいったい何を見ていたんだろう
森田が笑うと彼はすごく愛しそうに森田を見つめていたし、傍目から見ても彼の森田への好意はダダ漏れだったはずだ

なのに森田は気付かなかった。
気付かないまま、彼の前から姿を消した

「もしかしたら、自分が気付かないうちに、…森田君をどこかへ連れ去ってしまったのかも…」

離れていくならって。そんな想像を何回もしたんだ…
だからもしかしたら寝ている間に自分で森田君を…。
そう自分に言い聞かせるみたいに彼はつぶやいた

「そんなこと、あるわけないじゃん」

何を言ってるんだか…
俺はちょっと呆れて彼にそう言った。
もしそうならきっとすぐに森田は見つかっているだろうし
なんでって?
彼は馬鹿だから

「そ、だよね…でも、もしかしたら…っ」

「あるわけないって言ってるだろう!」

つい、声を荒げてしまった
だって本当に…そんなことあるわけない。
もしそうだったら、とっくに…

「もしかしたらまだどこかで生きてるかもしれない、けど…もしかしたら、」

彼がそこまで言って黙ってしまった。
もしかしたら死んでいるかもしれない?
そう、言おうとしたんだろうか。彼は

彼は森田がいなくなってしまった後、必死に探し回った。
探して、探して探して
でも、森田が見つかることはなかった。
もちろんそれは死体も、だ。

「きっと全部、俺のせいだ。」

森田君、
本人にはけして届かない声で森田を呼ぶ彼はとても哀れだった。
森田は今何をしているんだろうか、

「もし森田君に会えるなら、僕はなんでもするのに…」

彼はどうやら森田に会いたくて仕方無いらしい。
そうだな、確かに分からなくもない。


「じゃあ俺も、思い出話をしようかな」

俺はまた、まだ蕾のままの桜に視線を移した。

多分あれは入学式の時だ。

「森田が言ったんだ、また同じ高校に入れてうれしいって。俺たちが幼馴染みなのは知ってるよな?俺も素直に嬉しかったよ」

彼は多分真剣にこの話を聞いているんだろうな、容易く想像がつく。
きっと彼は森田の話なら一言一句聞き逃すことはないのだろう

「でもこの部活に入ってそれは変わったんだ。なんでかって?なんでだろうね」

俺も不思議だった。
彼を見ると心がざわついたんだ、
全身の血が沸騰したのかと思うくらい身体が彼に反応した。

「森田と2人で過ごしていた時間全部が、空っぽになった気がした」

森田が彼を見るたび、心がひね曲がりそうだったし
彼が森田を見るたび、吐き気がした
それでも俺はこの部室に毎日通った

「森田はそれを気づいていた。俺がなにか変だってことも、全部。なにもかも」

でもひとつだけ、森田は気づいていなかった。
それは、彼の気持ち。
俺は彼を振り返った。
彼は首をかしげていてよくわかっていないようだった。

「森田は昔からそうだったんだ。人の気持ちに鈍感で、…でもそれが森田のいいところだったんだけど」

「…何が言いたいんだ…?」

俺は床に膝をついている彼を見下ろして笑った
なんだかすごく、無様だったから

「森田は気づいてなんかいなかったよ。なんにも」

「…っ!?」

彼の気持ちは何一つ森田には伝わっていなかったんだ
そして俺の気持ちの意味も

「じゃ、じゃあなんでッ」

「さあね」

これだけは教えてやらない。
だって教えたらフェアじゃないもの
でも、

「きっといつかわかるよ。」








「ただいま」

なんの物音もしない部屋に入るとそこにはなにかが横たわっていた。
そうか、ここまで伸びるのか。
俺は貰った筒をそこらに放ってその影に近寄る。




「…ただいま、森田。」

森田は何も答えない。
ずっとじっとしている。
そうだな、少し傷つくかも。

「今日は卒業式だったよ、森田の名前も呼ばれてた」

良かったね、ちゃんと卒業できたじゃん
相変わらず意地っ張りで困る、森田の声、俺は好きなのに

「…彼も、卒業したんだよ」

ピクリと動いて見えた。
はは、面白いな。少し妬ける


「…何か、言ってた?」

もぞりと動いてちらりと顔を覗かす森田に俺はにっこりと笑った。

「ううん、なにも。」

首を横に振って俺はまた笑った。
森田はゆっくりと起き上がってそう…、と小さくつぶやいた。
…そんなに彼の事が気になるんだね。
でもさっきのことは教えてやらない




ーーーーー


森田と彼は両想いなんだけど、許さない俺



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