BAD END 2




「おはよう、お兄ちゃん」

薄ぼんやりした視界の中で一番最初に映ったのは怜の顔だった。

「怜…、」

「…、…水、飲ませすぎちゃったね。」

「…み、ず…?」

そう言われてハッと思い出す。
コイツは俺が水をくれと言ったらペットボトル一本飲ませてきて、結局俺はそれにむせて酸欠を起こして気絶したんだ。

「はは、そんな顔してみないでよ」

「…ふざけるな、」

「ああ、ご飯?それなら今おかゆ作って…」

「もう、う、うんざりなんだ、…こんなことも、」

お前も、

俺はそこまで言って怜を見つめた。
怜は驚いた表情をして俺を見ていた。
怜にしては珍しいことで、俺も内心驚いていた。

「お兄ちゃん、」

「…お前にそうやって呼ばれるのすら、うっとうしい」

はあ、と溜まっていたため息を吐いた。
ちょっと、言い過ぎたかも、いやでもこれよりも怜が俺にしたことの方が断然、罪は重い。

「そう、…そうかあ」

はは、と珍しく乾いたような笑い方に俺はぞっとした。
この笑い方は、
これは



「まだ、躾がなってないのかなあ?」


にんまり、と不気味に目を細めて俺を見る怜
俺は奥歯ががちがちと震えているような気がした。
これは、怜が怒るときの癖、
諦めたように思わせて実は違う。
これだけは昔からそうだった。
そして、その恐怖を知るのは俺、…ただ一人だけ、

「お兄ちゃん、俺の部屋、来るでしょ?」

「…れ、れい、」

「はは、そんなに怖がらないでよ。」

俺だって本当はしたくないんだ
ゴメンネ。

その言葉を聞いた瞬間…気が、遠くなるような思いだった。




「…はは芋虫みたいで、かわいいね」

「……っぉあ…」

「なに言ってるのか、わからないよ。お兄ちゃん」

芋虫みたい、というのは本当に正しくて、俺はその文字通り芋虫見たくぐるぐるにまかれて床に転がっている。
やったのは紛れもなくコイツ、怜だ。

「…あーあ。よだれ、垂れてるよ」

きったないね、
そう言って俺の口から流れているその透明の液体を指で救う怜。
そのきったないものを触れているお前もどうかと思うがな。
そう思って怜を見ていると怜はその指を自分の口元に運んでいく。

「…!?…」

「おいし、」

「っ、」

べちょべちょとその指をなめる怜に俺は背筋が凍った
そして激しい嫌悪感と、嘔吐感…。
気持ち悪い。

「はは、そんな顔しないでよ」

「…んッ」

「ん?気持ち悪いの?いいよ、吐いても」

「…っン゛…」

うぷ、とのどがなった。
気持ち悪い。…でも吐くと被害が来るのは俺だ、
でも、気持ち悪い、

「はは、ここにも垂れてる…」

べろべろと俺の胸に垂れた俺の唾液をなめとる怜
本当に、頭がいかれている。
なんでみんな気が付かないんだ?なんで俺だけ…?
…あまつさえ俺の方がおかしいという。
なんで、怜だけ、

「…何考えてるの」

顎とぐっと掴まれて上を向かされて怜と目があう。

「ね、今何考えてたの」

「……」

「はは、それじゃあ答えられないか」

はは、とまた笑う怜。
…これのどこに笑う要素があるんだ?意味が分からない…

「ねえ、なんでこんなことするんだと思う?」

「…?」

それは俺のことが嫌いだからだろ?
それ以外になにがある?
いつも俺より勝ってて、誰にも嫌われたことがなくて、
…そんなお前と正反対の俺が、気に食わないんだろ?
そんな俺がお前の兄で、
…だからいつも俺のことを『お兄ちゃん』って呼ぶとき、あんな憎々し気に呼ぶんだろ?

「はは、わからないよね」

「…ぁ゛あッ」

わかってる、と反抗したくて必死に声を出そうとしたがそれはいびつな音にしかならなかった。

「…俺も、わからないよ」

え、

そのあと怜は俺の目の前にいて、なにも言わずにずっと俺を見ながらボーッと座っていた。
母さんに御飯よ、と声を掛けられて初めて反応を示した。
ちゃんと持ってくるからね、と言って部屋を出ていった。
相変わらず、これをつけられているし、それに手錠だって、足枷だってある。
もう反抗しても無駄だ。
それにしても意味はないし、…今は、何もしたくない



俺がいわゆるひきこもりになったのは高校三年の夏。
原因は弟の怜、…それと、…。

それは急にやってきた。
クラスメートからの、いじめ…。
それは次第に広がってってとうとう全校までに広がった。
怜は昔から周囲だけならず全然関係ない、知らないやつからも存在は知られていて、顔が広かった。
それにプラスして怜を嫌う奴なんて本の一握りだった。
それも、原因は逆恨みとか、そんなのばっか。
原因は怜にはない、そんな原因。
でも俺は理由があっていじめられているのだと思っていた。
…あの日までは、

『なあ、怜の兄貴、いるじゃん』

『…ああ、いじめられてる奴?』

『ああ。…おれさあ、別に嫌いとかじゃねえんだよな、つか知らねえし。』

『俺もべつに…』

『でもさ、怜の言うことに逆らえなくてさ…』

そこまで言ってその二人は黙ってしまった。
聞いていた俺は愕然とした。
だって、怜?
もしかして怜が、怜が俺のことを…?
だって俺と怜は仲がいい。
…怜のことが好きな女子がうらやむほどには。
なのに、あの男子は怜が、と言っていた。
怜は、もしかしたらほかのレイかもしれない。
…そう考えていた俺の想像はすぐに崩されることになった。

いつかの放課後に裏庭に呼ばれたクラスの委員長の女の子だった。
でもそこにいたのは柄の悪い、非行少年みたいな人たちだった。
そこで、俺は暴行を受けた。いつものことだった。

『コイツほんとうに怜の兄貴かよ!』

『キモすぎだろ。しかも暗すぎッ』

『だから怜もコイツのことを嫌うんだよなあ』

『たしかに』

え、怜?
俺はハッとして体中が痛いのにも関わらず体を必死に起こしてその不良の脚にしがみついた

『怜って…怜って俺の弟か!?』

『うわっ、なんだよきめえ!』

『怜はっ、怜は!!』

『うっせーな!決まってんだろ!お前の弟だっつの!』

ガッとけりを入れられて俺はまた地面に倒れた。
その時から、俺はひきこもりだ。
ずっと、ずっと、いままで。

本当は就職するはずだった。地元から離れた隣の県だった。
そして独り暮らしをする予定だった。
でもそれも全部なしになった。



「…ん、」

「おはよう」

コイツのせいで。

「…なんで、」

「ああ、とったんだ。ごめんね、しゃべれなくして」

やっぱりお兄ちゃんの声が一番落ち着くね。
そう言って俺の頭をくしゃりとなでる。

「お兄ちゃん、俺のこと、嫌い?」

「消えてほしい?」

「殺したい?」

「死んでほしい?」

にっこりと、怜は笑って首を傾げた。
まるで、あのときのようだ。

『お兄ちゃんに好きな人ができたら、』

『できたら、』

どうしようか、

あれは俺があ引きこもる前、一緒に帰っていた時。
前を歩いていた怜が唐突に振り返ってそう言ったんだ。

「どうしようか、」

「…ッ…!?」

「はは、」

「なんで、」

俺は思ったことがふいに出てしまった。

「はは、お兄ちゃんのことなら全部知ってる」

「…。」

「お兄ちゃん、俺は何をしたらいいかな。」

「…」

「お兄ちゃんの言う通りにするよ」

そう言ってはかなく笑う怜。
なんで、そんな顔、

「…じゃ、じゃあ俺を解放しろよ、」

「それはダメ。」

「なんでもってさっき、」

「でもダメ。絶対に離さないよ。はは、」

「じゃあどうしたら、」

俺は床に視線を移した。
解放、しろって言ったらだめ、

「俺に死ね、っていえば済む話だよ?」

「べ、別に死ねとか、思ってないし…」

「はは、お兄ちゃんは優しいね」



「でも、そのやさしさが俺は大嫌いなんだよ」


ドン、と肩を押されて床に背中を打ち付けた。


「イライラする。お兄ちゃんが他の奴に笑いかけて、優しさを見せて同情するの。たまらなくイライラする。」

こんな弟でごめんね。
そう言って声もなく笑う怜。

「どういう…」

「俺ね、会社、決まったよ」

「それで独り暮らしするの。」

「…ッ…」

俺が、したかったこと。
独立、してみたかった。
自分一人の力で頑張ってみたかった。
…叶わなかったけど

「…それで、お兄ちゃんも連れてこうとした、けど、」

ダメだってさ。
俺はお兄ちゃんと離れ離れになるらしい

無表情になってそういう怜。
な、なに?
俺も連れてく?

「手間を掛けさせたくないんだって」

「それって、…もしかして、」

もしかしなくても俺の、せい?
なら連れて行かなくても、
ていうか俺はもう…

「はは、お兄ちゃんに。」

「え?」

「母さん、知ってた。」

「全部知ってたんだって」

「なんでだろうね、はは…」

そう言ってうつむいた怜に俺は状況がわからずに頭の上にはてなを飛ばした。
ど、どういうことだ?

「なんで、伝わらないんだろう…」

大事な人には何ひとつ伝わらない、
悲しいね、

ポタリ、と何かが落ちた。
またポタリ、ポタリと、
俺はその正体に気付いた。

「!?れ、怜、どうした、!?」

「…ッ…」

思わず肩を掴んだ。
その瞬間ぎょっとした。
怜の肩って、こんなに細かったっけ…?
もっと、がっしりしてたような気が、

「なんでこんなに!?」

「…お兄ちゃん、ごめんね。こんな弟で」

「…は?なに言って…」

「俺、お兄ちゃんのこと、会ったときからお兄ちゃんって思ってなかった。」

「…、」

それは、知っていたことだった。
ずっと一緒にいたんだ、気づかないはずない、だろ?

「でも、お兄ちゃんだって悪いんだよ。」

俺に、こんな気持ち、させるから。

「え、」

お、おれ…?
俺がお兄ちゃんって思わせたくなくなるような気持ちにさせてるのか…?
もしかして、原因は怜じゃなくて…、
俺、…?

「れい、」

「…お兄ちゃん、俺とずっといてくれる?」

「え、?」

「俺とずっと一緒にいてくれる?」

「…?…」

「はは、」

まだわからないか。むずかしいな
そう言って俺を見据える怜
なにが、どういうことだ?

「俺と、一緒に来てくれますか?」

急に俺の手を取る怜。
え、なに…

「…毎朝、俺にいってらっしゃいのキスとハグ、」

「それと夜の相手、…してくれますか?」

ちゅ、と俺の手にキスをする怜。
俺は驚いてあんぐりと口を開けた。

「な、なにしてッ!?」

「はは、…ねえ、一緒のベッドで寝ようよ。毎日、」

365日を一緒に過ごしたい…。

「ね、だめ?」

それって、そういう…っ!
意味がわからない…冗談?

「はは、冗談じゃないよ、ホント」

「一緒に行こう。独り暮らしは寂しいよ?」

「え?」

「はは、」


きっと、しらなくていいこと。

そう言って俺の頭をなでる怜。


「お兄ちゃん、ってもう…言いたくないんだ。」

「え…」

「名前、呼ばせてよ。」

「…、」

「だめ?」

「いい、けど…」

じゃあ、と怜は口を開いて俺の名前を音にした。


「    」


そして怜は嬉しそうに、恥ずかしそうに笑った。
俺もそれをみたら無償に今までがバカバカしくなった。



そして、俺に弟はいなくなった、





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