自由の国5


 

 部屋に戻ると琥神は風呂に入ろうと俺の手を引っ張った。部屋の風呂は小さいが、それでも二人で入れるような大きさの風呂だった。
 琥神にはいつもの強気で俺様な態度は無く、甘えるでも無く俺の腕を引く。初めてちゃんとした琥神のことを見た気がする。

 浴槽はいつも新鮮な湯が溜まっていて、温かい。琥神は服をサッサと脱いでから、もたつく俺のシャツを引ったくるように脱がせた。
 それから浴槽に二人で浸かり、琥神は俺を背後から抱き締めて離さなかった。浴槽の縁の冷たい石に俺は熱くなる頬を当てていた。

 風呂から上がり、身体を拭いてベッドへ寝ても琥神は俺の側から離れようとしなかった。月の光に照らされた琥神の光る髪の毛が俺の頬を優しく刺す。
 腹に回った琥神の腕は風呂に入ったと言うのになぜか冷たくて、不思議と不快感は無かった。むしろ熱い身体に冷えた腕が気持ち良いとすら思った。

 琥神は風呂を出てからも何も言わなかった。ただずっと俺を離すまいと、トイレにさえ着いてくるほどだった。


「永、起きろ」
「ん……」
「お前も支度をするんだ」

 朝、起きると琥神は普通に戻っていた。
 変わらないのは俺に触れてくる冷たい手だけで、なんだか昨日の事は夢だったんじゃないかと思ってきた。

「支度って、なんの……」
「親父に会わせる」
「え……ええ?! なんで!」
「なんでもだ」

 サイドテーブルには白いシャツとスラックスと赤いリボンのような何かが置いてある。これを着ろってことか?

 俺は慌てて顔を洗って歯を磨いて髪を整えた。寝巻きからシャツとスラックスに着替えたが、いまいちそのリボンの付け方がわからない。

「琥神、これどうしたら……」
「貸せ。こっちへ来い」
「わ……あ、ありがと……」

 琥神は器用にそのリボンを首元に飾り付けてくれる。丸いボタンのようなものにはこの国の刻印が描かれている。琥神の家のものなのかな……そんなのを俺がつけて良いのか?

「親父には俺が話す。永は黙って俺の隣にいろ」
「え……わ、分かったけど……」
「俺は、お前もこの国も、全て手に入れる」

 琥神の目が真っ直ぐに俺に向いた。射抜く様なその目が琥神の真剣さを表しているようだった。きっと琥神にとって琥神のお父さんに逆らうような事をするのかもしれない……でもそれって俺のせい、なのか?

「琥神……俺……」
「永、俺はお前を手に入れるためならなんでもする。お前がこの国を出ないのならば、俺がこの国の当主になるしかない。これは決定事項だ」
「……」

 それって、俺をこの国から出さないためってことか……俺の気が変わらないうちにって、そういうこと……?
 え、で、でもなんで俺を琥神のお父さんに会わせるんだ……?

「とりあえず行くぞ」
「わ……あ、手はダメだろ」
「良い。俺はお前に触れて良いんだ」

 琥神に手を握られて、手を引かれる。琥神に手を握られているところなんて見られたら……ん、なんか罰とかあるのか……?
 俺がそんな疑問を抱きながら琥神に引っ張られ、琥神はこの部屋のドアを開けた。

「……尊」

 眉間にシワを寄せて仁王立ちをする尊がドアの目の前に立っていた。

「僕は許さないよ」
「俺がこの国の当主になったらどっちにしろ俺に従うしかないだろう」
「でも昨日の神祈式で琥神は選ばれなかったんでしょう」
「選ばれなくとも俺しか正式な血統はいないだろ」
「兄弟がいる。琥神が選ばれなかった以上、僕はそっちを推すよ」

 琥神には形式上では兄弟がいる。ちゃんと琥神のお父さんの子供たちだ。だけど、正妻の子どもじゃない子たちだから、琥神の次の位に位置しているらしい。

「だからなんだ? 永はこの国に残ると言ったぞ」
「……またそんな嘘を」
「嘘だと思うなら永に聞いてみろ」

 その瞬間尊の鋭い視線が微かに和らぎ、俺を見た。
 尊は一瞬眉を顰めたが、俺の顔を見るやいなや悟ったように表情を緩めた。

「……永、本当にいいの? この国に残ったらずっと琥神の側にいることになるよ……もう二度とこの国から出られないんだ」

 尊がゆっくりと近付いて来て、俺の右手を両手で優しく包んだ。

「……尊。俺、よく分かんないんだ。だけど、この国から出て二度と戻れないって言うことはもう二度と尊と会えないってこと、だよな。俺、そこまで考えたこと無くて……」
「永……それでも、永の考えた事なら僕は優先してあげたいよ。でも、この国に残るなら僕はもう我慢しない、できないんだ」
「おい待てよ、俺を目の前にして我慢もクソもないだろ。俺が許可しなきゃ永には触れられないだろ」

 それまで黙って聞いていた琥神が、横槍を入れてきた。尊は琥神の守主人だから琥神のいう事にしか従えないという事だろう。

「……でも、永が望めばいいんだ。僕に会いたいってそう望めばいい」
「尊……」
「そしたら僕はすぐ駆けつけるよ。この国ならどこへでも」

 ギュウ、と手を握られて尊の気持ちが伝わってくるようだった。やっぱり尊は、本当は俺をこの国から出したくなかったんだ。きっとこの国から出たいと言える俺に、なんとも言えない気持ちを抱いていたのかもしれない。

「……まあ、分かっただろ。永はこの国に残る訳だから、やる事は一つだ。親父に俺を当主にしろと言うだけだ」
「……琥神だけじゃ心配だ。僕も行くよ」
「尊は外面は良いからな、その方が良い」

 琥神のお父さんに会いに行って直談判するのはよく分かった……よく分かったけど、俺って必要あるのか……?
 寧ろ、俺のせいで当主になれなかったのなら逆効果じゃないのかな。それに俺は琥神のお父さんを目の前にしてどんな顔をしていれば良いんだろう……。琥神は黙って隣にいろとは言っていたけど……。

 三人で行く事は決定みたいで、エレベーターを使って上って行く。前のエレベーターとは違って何階なのかはよく分からなかった。ここの屋敷内はこの国の歴史において代々最も神に近い言語を使っているから、屋敷の中の人にしか読めないらしい……。読み方も違うのかな。

 エレベーターが指定した階に止まり、扉がゆっくりと開いた。なんだか俺のいた階とは違って高級そうなブラウンを基調にした床と壁が続いている。いや、全体的にお金が掛かってるんだろうなとは思うけど……ここはなんだか別格だ。
 この国の当主がいる場所は一番神聖だからってことかな。

「……っ!」

 部屋の前に着くと龍が象られたドアノックを琥神はなんの準備もなく叩いた。ま、まだ心の準備とか出来てないんだけど……!
 扉の奥から低く響く声で「入れ」とだけ聞こえて来る。琥神はその声で重厚そうな扉を開いて、それを尊が押さえてくれた。

 琥神はサッサと部屋の中に入ってしまい、俺は尊に促されて琥神の背後について行った。

「琥神に尊……そちらは永くん、かな」
「ぁ……はい。永です、ご無沙汰しておりますっ」
「確かに顔を合わせるのは久しいな。いつも榮から話は聞いているが、うちの馬鹿息子が世話掛けてるだとか」
「あ……はは、いえ、そんな……」

 急に名前を呼ばれて肩がびくりと上がった。こんなに近くで話すのなんていつぶりだ……たまに集会の時に話したりはあったけど、俺がこの国を出て行くと決めてからここ何年かは本当に話したことがなかったような気がする。榮さんとは尊のお父さんで、今の守主人代表だ。
 琥神のお父さん……神源さんは一瞬微笑んだが、次の瞬間に表情がゴッソリと抜け落ちたかのように真顔になった。

「この国を出て行くだとか」
「ぁ、の……」
「親父。俺はこの国の当主になる」

 神源さんの表情に呑まれた俺は思わず言葉に詰まってしまった。
 そんな俺を庇ったのか、それとも自分の番を待っていたのか、琥神がそう主張した。そして神源さんの視線が俺から琥神に移り、俺はホッと息を吐いた。

「……昨日の神祈式で言ったはずだ、お前にはまだ覚悟が足りないと。中途半端なその心でこの国を守ることが出来ると思うのか」
「俺は永がこの国に残るなら、俺は全力でこの国を保ち、支える。そして今よりも良い国へ変える。それに俺の縁談はもういらねえ、永が俺の正式な妻だ」
「え……えぇ?! つ、つまって」

 うんうん、偉いぞ……なんて聞いていたが、最後の言葉だけは聞き捨てならなかった。だって今俺が「妻」って言ったか? だって妻って……俺男だし、何より子供は産めないはずなんだけど……。

「後継者はどうするんだ」
「俺が兄弟か兄弟の子どもの中から選別して育てる。要は学ばせれば良いだけだろ」
「そうか。永君がこの国を出たいと言ったらお前はこの国をどうするつもりだった」
「永がこの国にいないなら、俺にとっては当主なんて不要だな。当主になれなくても良いとすら思った」
「……それじゃあ、お前は永君のためにこの国を守るのか?」
「ああ、そうだ。なんか文句あるか?」

 ポンポンと会話のラリーが続いて、俺が口を出すまでも無く進んで行ってしまった。琥神、最後の言葉は余計な一言というやつじゃないか?
 どう考えてもこの国の現当主が、俺のために国を守るから当主にさせろなんて言われてオーケーする訳がないのに……。

「尊はどうだ? こんな琥神に着いていきたいと思うか?」
「私は、琥神に着いて行くと言うよりは、琥神の考え方に賛成しています。私も永がこの国に残るなら期待以上に応え、守主人の役目を全うします」
「そうか。お前たちがそれ程に二人とも永君に心酔しているとは思いもしなかったな。……榮の報告以上だ」

 そう言って神源さんはそれまでの真顔とは打って変わって、ニヒルな表情に変わった。
 ビリビリと全身で感じるこの雰囲気は、この国の当主だと、自らが王だと、そう伝えて来るようだ。

「俺と榮は賭けをしていたんだ」
「賭け……?」
「どちらの息子が永君を手に入れるのかってな」
「え」
「結果はどうだ?」

 神源さんが俺を真っ直ぐに見る。俺は不覚にもその瞳が、琥神とそっくりだと場違いなことを思っていた。

「俺、は……」

 だってまさか琥神と尊のお父さんたちにそんなことで賭けをされているなんて、そんなこと思わないだろう。
 俺は思わず琥神と尊をそれぞれに見てしまった。二人とも俺を見ていて、この答えに全てが掛かっているのだと本能で悟り息を飲んだ。

「俺は……まだ、どちらも選べない、です」

 俺がそう言った瞬間に、神源さんがブフ、と吹き出した。

「ハハハ……お前ら、まだまだ魅力が足りないみたいだな。私も若い頃は妻にそっぽを向かれていたよ。賭けは引き分けみたいだなぁ」
「親父……それで俺が当主になってもいいのかよ」
「それはまた違う問題だな。……だが、お前の気持ちは伝わった。今回私に抗議をしてこなかったら本当に来年……もしくはお前以外になっていたかもしれないな」
「……じゃあ、俺は」
「あぁ。無事に次の当主だ」

 琥神を盗み見ると、琥神は俺を見ていた。そして目が合った瞬間に、琥神は俺に手を伸ばしてきた。俺はびっくりして手を上げようとして固まったが、タックルされたかのように身体を抱かれた。

「ぅぶっ!」
「これで……これでようやくお前を手に入れられる。絶対にお前を手に入れるからな」
「ら、琥神……っ」

 琥神は俺を抱き上げようとしたみたいだが、流石に尊に止められていた。
 その様子をみて神源さんはとても愉快そうに笑っていて、なんだか普通に普通のひとだったんだな、と思った。だからこそ、この国の先導者になれるのだろうか……。


 あっけない、と言っていいのかは分からないけど、取り敢えず琥神が無事に次の当主になる……んだよな。それって俺がこの国から出られないってことだけど、本当にそれで良いのだろうか。

 ひとり、広いベッドの上で天窓を見つめる。
 ひとまず、これから俺は家に帰っても良いとのことだった。これは神源さんが琥神に命令をしたらしい。
 神源さんは俺がここに閉じ込められていることは知っていたみたいだ。というのも、俺の母さんが俺が連れ去られたあの直ぐ後に駆け込んできたらしい。きっと心配掛けたよな……。
 神源さんは母さんを宥めて返してくれたみたいだ。それからはよく分からないけど。

 ここ数日……一ヶ月くらいか。その間で色々と変わったよな……この国を出たいと思っていたし、まだその気持ちは少しあるけど、でも……琥神も尊も俺の事を想ってくれていたみたいだし、なんとなく後ろ髪を引かれるというか。

 あんな、強姦のようなことをされたし、それは許してはいない。……けど、琥神のあんな焦燥したような姿や抜け殻のような所を見たら問い詰められないよなぁ、とかも思ってしまっている。俺を想って追い詰められての行動だと考えたら、何となく可愛くも思えてくるし……。
 他のこの国の人たちは俺の立場になっていたらどう思うんだろう。俺が素直に考えられないだけなのだろうか。

 ぐるぐると考え込んでいると、控えめに扉がノックされた。

「ど、どうぞ」

 きっと知っている人しか来ないだろうと、そう考え声を返す。すると扉が優しく開いた。

「……寝てた?」
「尊か……いや、考えてたんだ今」
「この国を出ること……?」
「そうじゃないけど……」

 尊はランプを持ってサイドテーブルまでやってきた。薄暗いが、お互いの顔を見るにはランプがひとつあれば十分だ。
 近くまで来た尊は俺の寝ているベッドの隅に腰掛けた。

「本当に、永はこの国にいていいの?」
「……ついこの間は出させないとか言ってたのに」
「それは……そうだけど。まだ猶予はあるんだよ」
「うん……」

 俺は考え込んでから、身体を起き上がらせた。尊が腰掛けていたベッドの端に俺も並ぶようにして座った。

「何となく、この国にいても良いかなって思って……琥神のこともなんか見過ごせないというか……」
「……僕は?」
「勿論、尊もだよ。尊はきっと俺のためにこの国を出ることを応援してくれてたんだろ……それは分かってる」
「僕は、本当に永がこの国を出ても良いと思ってたんだ。だけど、琥神が当主じゃなかったとしたら全力で止めていたと思う」
「……なんで」
「琥神が当主じゃないなら、永は僕とずっと一緒に居てくれると思ったから……。琥神に権力が無ければ、絶対に永は僕と一緒にいてくれると思ってた」

 膝に乗せていた手を握られて、俺は思わず隣の尊を仰ぎ見た。

「尊……」
「別に永がくれる愛ならなんでも良かったんだ。友愛でも、それが他の人以上に僕にくれるものなら、なんでも。その分僕が精一杯永に愛を注げば良いと思ってたから」
「……」
「まあでも結局、琥神が当主になるんだから神様は琥神に甘いよね」

 ふふ、と笑う尊はやっぱり俺の大好きな尊だ。みんなに優しく平等で、誰よりも人を大切にする清い心を持っている。だから尊の側が一番落ち着いたんだ。裏表が無くて、本当にそう思っているというのが伝わってくるから。尊といると何も苦ではなかった。

「俺、尊が好きだよ……本当は尊と離れたくなかった。この国を出て、この国に反抗したかっただけなんだ」
「ふふ、ありがとう。永は本当に優しいよね」
「尊以上に優しい人はいないよ……裏切ったとか思ってごめんな」
「……永」
「……ん」

 尊が顔を覗き込んできて、唇を啄ばむようにしてキスをされた。深いキスでは無かったけど、なんだかとても背徳感があった。
 こういう意味で俺を好きだとは薄々分かっていたが、改めて行動にされると気恥ずかしいものがある。今まで友達として長くやってきたのに、突然そんなふうに意識できない。

「……嫌だった?」
「ん……わかんない」
「そっか……」
「多分嫌では、無かったけど……」
「じゃあ、もう一回してもいい?」

 尊の手が、改めて俺の手を強く握りなおした。俺は言葉にするのが恥ずかしくて、本当に気付くか気付かないかくらいに小さく頷いた。

「……永」

 尊の色気のある表情がどんどん近付いてきて、俺は思わずキュッと目蓋を閉じた。

「ん……っ」

 チュ、とリップ音が部屋に響いた。何度も角度を変えて小鳥のキスのように軽く口付ける。

「……ふぅ」

 舌が唇を滑る感覚がして、俺は反射的に唇を薄く開いた。すると確認するかのように、チロリと舌が控えめに口内を弄った。

「ん、んぅ」
「……っ」

 舌先を絡めるだけだが、尊とキスをしているという事実が俺を少しだけ昂らせた。
 チュウと舌先を吸われてから一瞬離れたかと思うと、名残惜しげに舌先が微かに触れて尊が離れていった。

「……少しだけ、触れてもいい?」
「……わ、わかんない……」
「じゃあ、嫌だったら言ってね。永の怖い事は何もしないから」

 ベッドに優しく押し倒されて、鼻と鼻が触れ合いそうなくらいの距離で尊はそう言った。
 ふ、触れるってどこに? 少しだけってどれくらいだ……?
 ここに閉じ込められた日の、頬に当たる確かな重さと熱と、太腿に食い込んだ赤い指先を思い出した俺はギュッと目を瞑った。

「……ぁ」
「……平気?」
「ん……」

 白いズボンをズルリと下ろされて、尊の暖かい手が俺の股間に触れた。まだ熱を持たないそこは柔らかいらしく、尊の手がフニフニと餅でも摘むかのように揉んでいる。
 俺は感覚からそれを想像して、目も瞑っているのにさらに目蓋の上から自分の腕で目隠しをした。

「……ぅあ、……」
「あぁ、ちょっとだけ反応してきたね」
「や……言うな……っ」

 股間が熱くなったのを感じる。少しだけそこに尊の吐息が当たったような感じがして、ふるりと腰が震えた。
 なんで直ぐに俺のは……もう……っ!

「ねえ、見て……恥ずかしくないよ。僕のも同じだよ」
「……ぅえ……」

 目隠しをしていた腕にさらりと触れられて、尊が囁くようにそう言った。俺はその手と尊の言葉に促されて、目隠しを取った。

「……ぁ、うそ」
「嘘じゃないよ、触ってもいないのに……永の事を想うだけでこうなるんだ。……浅ましいでしょう」
「みこと……」
「だから恥ずかしくないよ、永も見ていて」

 尊もいつの間にかはだけていて、ズボンの前を寛がせていた。そしてそこから顔を出していたのは、尊の股間で、しかも既に昂っていた。
 それに、それは俺のことを思っていただけでそうなっていたと言う。尊も俺と同じようにこの状況に興奮をしているんだ……。

「ぁう……な、なめ」
「……これは、イヤ?」
「いやっていうか、なんか……ぁ」

 尊の吐息が股間に当たったかと思うと、先端を生暖かい何かが走った。俺の悲鳴に顔を上げた尊は俺のものを猫のように舐めていた。

「ぅ……やぁ……」
「永の、美味しい……やっと、やっとだよ」
「うぅ……も、やめ」
「ん、離すわけないよ……」
「ヒッ……ぁ」

 横に首を振る俺に尊はそう答えてから、敏感な亀頭を口に含んだ。俺はハクハクと息をしながら短い悲鳴を上げて、尊のツヤツヤした髪の毛を鷲掴みにするようにしてグシャリと掴んだ。

「ん、ぅあ」

 グルグルと尊の舌がくびれに巻き付いてくるようだった。熱い舌が右往左往して、色々な敏感なところを擦る。

「ぅう……ぁ、やだ! 先はだめぇ……ぁ」

 先端の割れ目に舌先がピタリと嵌り、えぐるように舌先が尖って硬くなった。それをグリグリと押し付けるように舌を動かす尊に俺は呻きっぱなしだった。
 その間にも、口内に入っていない陰茎を尊の手が摩り上げる。こんなにも快感が押し寄せてくるのは生まれて初めての出来事だった。

「ぅあぁー……ぁ、あ」
「……ビクビクしてる。……永イキそうなの?」
「ん、ぁ、だ……ぁ、ああ」
「ん……かわい」
「ぅ! ……ぁ、ア!」

 急に舌が激しく動き出し、敏感なところを余すことなく擦り出した。ビクビクと腰が動いてしまうが、尊の身体がそれを押さえ付けるように重さを増した。

「ぁ、ぁ、あ! だめ、ぁ」

 情け無く叫んだ俺は、縋るように尊を見た。尊も俺を上目使いで見ていて目が合い、俺は恥ずかしくて首を振った。
 腰に熱が溜まってきて、耐えているとそれがぐるぐると身体の中で回っているようだった。

「ぁっ……っ……!」
「……ん」

 亀頭を甘く噛まれるように歯を当てられて、恐怖で俺は我慢していた力を抜いてしまった。ドクドクと脈打つ熱が散ったのが俺にも分かった。口をあんぐり開けたままに俺は声も無く射精した。

「……は、はあ……ぁ、もやだ……」

 もう終わりだと荒い息を吐いたが、尊はジュルジュルと音を立てて俺の力の抜けているであろうそれを吸った。

「ん……美味しかったよ」
「や……やだ……ほんとに飲んだのか……?」
「そうだよ。……ねぇ、僕のも擦っていい?」
「え……う、うん」

 俺は力の抜けた身体をベッドに放って尊をぼうっと見ていた。尊は一度ベッドの脇に立ってから、今度は俺の顔がある方からベッドに乗り上げた。

「え……なに」
「はぁ……ごめん、ちょっとだけ……」
「わ……」

 胸に乗せていた手を握られて、腕をサワサワと何度も撫でられる。そして反対側の手で尊は滾ったソレを擦っていた。
 ランプのぼうっとした光が尊の興奮したような火照った顔を照らした。

「……みこと……」
「……もっと、僕の名前を呼んで」
「ぅ……尊」

 ジッと尊の熱を孕んだ瞳が俺を見つめ、俺はそんな目から視線を逸らせないでいた。
 でも、もっと呼んでと言われると急に名前を呼びづらくなる……なんでだろう……。

「永……ずっと、ずっと好きだった……」
「尊……ぁ」
「……この匂い、ふ……」

 手を取られて尊の口元に引き寄せられる。そして肌に鼻を付けた尊はスンスンと俺の匂いを嗅いでいるみたいだった。肌から匂いなんてするのだろうか……俺、汗臭いとか……?
 しばらく尊は俺の手を取って好きなようにしていた。尊の眉間には悩まし気に皺が寄っていて、時々俺を見つめる目が、普段の尊の清廉で高潔なイメージとはかけ離れているように思えてドキドキと心臓が鳴る。

「尊……」
「永……ッ」

 ギュウと手を強く握られて、尊が俺の手に熱い額をくっつけた。それから尊の背中がぐっと丸まって、まるで猫のような背中になった。
 尊の荒い息が部屋で響いているようだ。俺は尊の状態を察して、慌てて枕元のティッシュに手を伸ばした。

「み、尊……ハイ」
「ん……ありがとう」

 尊は名残惜しそうに俺の手を離してからティッシュを受け取った。な、なんだか気まずいな……。
 男がそういう行為をした後に無心になるのは昔の本でも書いてあるくらいだ。きっとみんな共通の感情なのだろう……。尊を何気なくジッと見ていると、それまでうつぶせていた顔を上げた尊と目が合った。

「ぁ……ごめん、じっと見て……」
「永……こんな僕を軽蔑してる?」
「え……?」
「ずっと、一緒に隣で育ってきた親友が、自分に欲を抱いていたなんて……きっと怖いでしょう」

 尊は背筋を伸ばしてそう言ってから目を伏せた。長いまつ毛が震えているのを見た俺は、なんとも言えない気持ちになった。

「……尊は、俺をそういう奴だって思うの」
「わからない……僕は多分いけない事をしてると思う、から」
「尊……」

 ティッシュをグシャリと握りしめた尊は泣きそうな声で息を吐いた。

「尊……俺はそんなこと思わないよ。むしろ気付かなかった自分にあきれてる……尊は本当に俺のことをいつも考えてくれてて、今思うと本当に大切にされてたんだって分かるから……」
「……こんな僕でも、まだ傍にいてもいいの」
「もちろん。だって、尊がいなきゃ誰が俺を琥神の横暴から守ってくれるんだよ……小さい頃から助けてもらってたし」
「永……」

 尊は一瞬ゆらりと身体を揺らしたが、ハッとしてから俺の部屋に着いている洗面所に駆け込んだ。俺はただそんな尊に驚いて後姿を見るしかなかった。

「み、みこと?」
「て、手は洗ったから……その、抱きしめてもいい……?」
「ふ、ははは……うん、いいよ」
「!」

 尊は戻ってくるやいな、俺に掌を向けてそう言ってから首を傾げた。尊の瞳がキラキラしていて、なんだか俺は気が抜けてしまった。
 飛び込むような勢いで俺を抱き締めた尊。そんな尊の温かくて線の細い身体を抱き締めながら、俺はこの先どうなってしまうんだろうかと考えてしまった。
 まあ、とりあえずは丸く収まったのかな……あとは俺の気持ちだけ……だとか?

「……おやすみ、いい夢を見てね」
「うん。尊もな」
「永……もう今日は十分いい夢を見れたよ」

 尊は嬉しそうに笑う。いつもの清廉で高潔な尊。俺はもしかしたらそんなイメージを尊に押し付けていただけかも……尊は頭が良いから、そんな俺の幻想に付き合ってくれていたのだろうか。

「永?」
「あ、ううん……また明日」
「うん。……また、明日」

 するりと尊の手が離れて行って、尊は背中を向けて薄暗い廊下を歩いて行った。尊はこの屋敷ではなく、離れにある建物に住んでいるから少し遠いかもしれない。
 俺なら、こんな夜中なら怖くて歩けないな……。

「……」

 妙にすっきりとした頭でベッドに戻る。
 尊も、琥神も……なんで俺をそんなに気に入ってくれているのだろうか……。

 そんなことを考えながら俺はだんだんと夢の中へ吸い込まれていった。

 幼い頃の俺と、琥神と尊が一緒に遊んでいる夢を見た。

 琥神が俺たちを先導して、俺たちはそれに文句を言いながらもついていき、結局仲良く遊んで泥まみれになって。
 成長していくにつれて、琥神が時々いなくなることが増え、そしていつの間にかぱったりと顔を見せなくなった。俺と尊だけが一緒に成長していった。

 尊は俺を置いていかなかった。だけど、成長と期待の差は歴然で……俺はそんな尊に背を向けたんだ……。

 俺はいつの間にか孤独になって、誰も俺を知らない世界にぽつりと一人立っていた。


「……っ」

 起きると俺は涙を流していた。天井の窓からは青い光が見えて、俺は自分の頬を擦った。




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