僕、魔法が使えるんだよ。


  


『僕、魔法が使えるんだよ』

そう言って俺の手を握りながら先を行く幼馴染の遥くんはにっこりとほほ笑んだ。
俺はそんな遥くんが憧れで、遥くんが本当のお兄ちゃんなら良かったのに、って思ってた。遥くんはいつも俺のことを守ってくれて、俺も、遥くんを頼りにしていたんだ。

幼稚園の時、遥くんが隣に引っ越してきてから毎日のように遥くんと遊んだ。
遥くんは二個年上だったけど、そんなの気にならないくらいに遥くんと一緒にいるのは楽しかった。遥くんはどうだったのかな。

俺が小学校へ上がっても、中学校へ上がっても、高校へ上がっても、二個の歳の差はどうしようもなくて中高は一年しか一緒にいられなかった。それでも、遥くんはずっと俺と遊んでくれた。

俺は小さい頃、遥くんは魔法使いだと、信じて疑わなかった。
俺がしたいこと、欲しいもの、すべて遥くんが与えてくれたから。
そして俺が遥くんを褒めるといつものように返してくるその言葉が、より一層俺の考えを確信にしてくれた。

『僕、魔法が使えるんだよ』

そう、遥くんが俺に言うたびに俺は遥くんに憧れ、そして遥くんを凄い凄い、と鼻息荒く褒め倒した。

そう信じていたのは多分中学生の時くらいまでだったと思う。
サンタさんがいないと分かるくらいのころには、俺はもうその言葉には騙されていなかった。
それでも、遥くんへの憧れ、尊敬、その他もろもろは無くなることはなかった。

それは今でも同じだ。
……そしてきっと、これからも……。


「遥くん、おはよ!」

「おはよう、耀くん」

俺は高校二年生、遥くんは大学一年生になった。
三月の卒業式の日、俺はわんわん泣いて、泣いて泣いて、泣きつくしたけれども、それでも二歳の差は埋まらずに遥くんは卒業していった。
流石に大学生になったら離れ離れになってしまうんじゃないか、と不安に思っていたが夏を目前にしても遥くんとは毎日のように会っている。

「今日は俺と同じ電車なんだ?」

「うん、今日は一限からだからね。」

「ふーん?」

俺には大学生活というものがまだよくわからない。
とりあえず今はみんなについて行けるように勉強してはいるが、大学だとか、進路のことなんて全然考えていない。
まだ高二だからいっかな、なんて考えてるけど……この先のことを考えるとなんだか憂鬱だ……。大学行くなら遥くんと一緒のところがいいなあ……。

「……耀くんも僕と同じ大学に来たい?」

「えっ!なんでわかったの……!」

「はは、あたりだ?
僕、魔法が使えるからね」

「もう、またそれ……俺ってそんなに顔に出てる?」

よく、わかりやすいって友達に言われるけど……そういうことかな?

「ううん
わかるんだ、耀くんのことなら」

「ずっと一緒にいたしね」

そう言って遥くんに笑いかければ、遥くんも俺を見て笑ってくれた。
こんなに一緒の時間を過ごせば家族も同然で、お互いのことはなんとなくわかるんだろうなぁ。でも家族より遥くんの方が俺をわかってくれてるような気がするけど……。

「これからもよろしくね?」

そう遥くんが笑う、遥くんが笑うとなんだか俺も嬉しいんだよね。

「うん!これからもよろしく!」

そう返すとますます遥くんの笑みが深くなった。
遥くんが幸せなら俺はもっと幸せなんだ。



「耀!カラオケ行こうぜー」

そう言って肩を組んできたのはいつもの顔だった。

「周光、重いってばー……」

「なー耀、行こう?駄目かー?」

「うーん……」

確か遥くんは木曜日は7時位に帰ってくるはずだったよね……。それなら、ちょっとくらい周光に付き合ってやるか。
テストでずっと家に閉じこもってたしね……。

「しょうがない。今日だけだぞ!」

「おっ!今日はノリ良いな!
じゃあ駅前の……」

えっと、母さんに遅くなるって連絡入れておけば良いか……。

「あれ?」

「ん?どうした?」

周光が携帯を覗き込んでくる。

「あと15パーセントしかないや……」

「ああ、大丈夫だろ
カラオケあんま携帯使わないしな!」

「んー、そうだよね」

俺はポケットに携帯を入れて、すっかり携帯の存在なんて忘れていた。


「じゃーなー!」

「うん、バイバイ!」

ちょっと遅くなってしまったけど、まだ9時前。
ふたりで手を振り合い2つに分かれたお互いの道を曲がる。周光の背中も同じように消えた。

「あ、そういえば携帯……あちゃー切れてる」

やっぱりか……そう思って前を向くとなんだか見覚えのあるシルエット……。

「っ?! 遥くんっ?」

自然と早まる足は段々と駆け出していた。

「は、遥く……」

「耀くん! どこ行ってたの?!」

「あ、え……?」

「ちゃんと返事してくれなきゃ、僕、……お母さんも心配するでしょう?」

そう言って遥くんは俺の腕を掴んだ。

「あ、ごめん……充電切れちゃって……」

そう言って地面を見つめる。
だってそんなに怒るとは思わなかった……でも、そうだよね、いきなり連絡が途絶えたらビックリするもんだよね。

「……はぁ、心配したんだよ
僕もごめんね、いきなり怒鳴って」

そう言って腕を引かれて抱き締められた。
トクントクン、と早く胸が鳴ってる遥くん。
そんなに心配させたのか……ごめんね、遥くん。

「ううん、俺が悪いんだ」

「……もう寒いからお家入ろうか」

「うん……」

俺は遥くんにも部屋に来てもらいたい、と言って遥くんも家に入れた。

「ただいまー」

そう俺が言うと後ろで遥くんも「お邪魔します」と言った。遥くんもただいま、でいいのにな。

「あら、早かったわね
遥くんもありがとね、いつもー」

「……」

母さんよりも遥くんの方が俺のこと心配してくれるんだなぁ。

「ほら、二人とも手洗って来なさーい
今日はお鍋よー」

父さんはその言葉を聞いてかそそくさとリビングにやって来た。
父さんは遥くんに気付いてなにか話し掛けている。遥くんも満更じゃ無さそうだ。

「母さん、遥くん何か言ってた? 怒ってた?」

「なによー? 喧嘩でもしたの?
あんたたち帰ってきたばかりなんだから何も聞いてないわよ」

それよりも手伝って、と言われて食器を並べろと言われた。
遥くん、何で俺が帰ってない事知ってたんだろう……。

「なにか手伝いましょうか?」

「遥くんは良いのよーこの子、普段は何もしないんだからちょっとくらい働いてもらわなくちゃ」

「…………」

「ほら、ぼーっと突っ立ってないで!」

「あ、うん……」

少しだけ、頭の中で何かがギシリと音を立てたような気がした。

「……どうしたの、櫂くん」

「えっ、あ、ううん! 大丈夫!」

「そう……?」


思えば、遥くんはいつも俺のことをよくわかってくれて……それでいて、俺の欲しいものを一番にくれたりした。
……今までは凄い、偶然の一致だとか、遥くんが気を使ってくれてる……とか思ってたけど……本当に、魔法が使えたりして……なんてね。
そんなこと、あるわけないじゃん……。


次の週の月曜日、午前中は天気が悪くて、下校する時間になるととうとう降り出してしまっていた。
今日、傘忘れちゃったんだけどな……。
ホームルームが終わって、皆がそれぞれに帰っていく。

「……ん、」

携帯が光って、そこには遥くんからの着信の文字。
何故か慌てて電話にでると、遥くんのくぐもったような笑い声が聞こえた。

「は、遥くん?」

『そんなに慌てなくても、大丈夫なのに……』

「……え?」

『窓の外、見てみて』

俺はゆっくりと窓を見た。
立ち上がってそこに近付く、カーテンは空いていたのでそのまま覗き込んだ。


『傘、無いんでしょう?
迎えに来たよ……』

俺に向かって手を振る遥くんの姿が、窓からはすぐに見えた。

「……っ……」

思わず携帯を放りだしそうになったが、一瞬で我に返る。
きっと、お母さんがまた何か遥くんに言ったんだ……。
俺は遥くんに向かって手を振り返した。

「あ、ありがとう……優しいね、遥くん」

『……そうかな
早く、降りて来てね』

うん、だかわかった、だか返事をして電話を切った。
前なら、絶対にすぐにでも遥くんの元に行きたくて、学校を走り回っただろうけど。
何故かそんな気分になれなくて、俺はゆっくり歩きだした。


「遅いよ」

下駄箱で待っていたのは、遥くんだった。

「ご、ごめん……お待たせっ」

なんだか遥くんの顔が見れなくて、慌てて上履きを脱いで自分の下駄箱から靴を出した。
なんでだろう……遥くんの顔が見れないよ……。

「そ、それにしても俺が傘忘れたって、よくわかったね」

遥くんの唇が震えたように動いた。

「『僕、魔法が使えるんだよ』」

背中がゾワリとして、隣に立つ遥くんが化け物のように感じる。
俺はなぜか鈍くなったような首をギギギ、と無理やり後ろへ振りむかせた。

「は、遥くん……
もうそれ、やめようよ……」

「? それって?」

「その、“魔法が使える”ってやつ……」

「なんで? 本当のことだよ」

遥くんはさも不思議そうに首を傾げてきて、なんだか遥くんが怖くなって一歩だけ後ろに下がった。

「も、もう怖いよ……なんか、……遥くんじゃないみたい……」

「……櫂くん、逃げないで……小さい頃は喜んでくれたのにな……」

遥くんは俯いて悲し気にそう言った。
俺はなんだかその遥くんすら怖くて、顔がゆがんだ。

視線を下げると、遥くんの持つ畳んだ傘からはポタポタと水滴が落ちていた。

「……ごめん、遥くん……今日ちょっと体調悪いんだ」

「……そっか
じゃあ、早く帰ろう」

そう言って手を差し出してくれる遥くんに、俺は半ば諦めるようにその手を握った。




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