花の無い君に花束を






「良かったら僕と付き合わない?」

そう言われた瞬間、時が止まったかと思った。だってみんなが憧れているような人にそんな事を言われるだなんて、夢にも思ってなかったから。

「今、なんて…?」

「聞いていなかったなんて言わせないよ?」

クスクスとおかしそうに笑って、細めた目を俺に向ける生徒会長に思わず手に持っていたジョウロを落としそうになってしまった。
まさか、なんで俺に…?

「あ、あのもしからかってるならそういうことは…ちょっと…。」

俺は自分の容姿の位は分かってるつもりだ。ずっと見つめていたいとは思えない顔に快活さとは無縁の表情に雰囲気。お世辞でもカッコイイとは言えないし、ましてや女の子に見えるというわけでもない。
なのになんで…?

「僕がそんな必要のない嘘をつくと思う?」

「あ、いや…。」

「だよね?なら、返事くれると嬉しいな。」

そう言われてニコニコしながらベンチに腰掛ける生徒会長の野中先輩。
えっと、どうしたら一体そんなことに…?

「で、でも俺はいいところなんか…。」

「僕が好きになったことに文句つけるの?」

「あ、いや、そういうんじゃ…。ただ、俺なんかでいいのか、って…?」

そう続けようとした瞬間に野中先輩によって手で口を塞がれて言葉は途切れた。

「僕の好きな人を侮辱しないで?
僕が好きって言ってるんだからそれでいいでしょ。」

そう言われて、何処かに咲いていたオレンジ色の花を思い出してからハッとした俺はコクリと小さく頷いた。

「それってオーケーってことでいい?」

あの花はなんていう名前なんだろう、そう思いながら野中先輩の表情を伺い見てみる。

「…いい、です。」



超がつくほどの不細工だとは思ったことはないが、それでも多分そういう部類なのだとは自覚している。それに、

「なに、見惚れてるの?」

野中先輩に好かれる様な顔はしていないとも。

「…そうですね。」

野中先輩とはあの、温室の中で出会った。
最初は少しイヤ…というか気まずい出会いだった気がする。確か、野中先輩が男の子を振っているところだったんだ…それで俺が運悪くそこに出くわして…。男の子は泣いてるし野中先輩が「もう少しで終わるからね」とか、キズを抉る様な事を言ってて…。
っていう、ある意味衝撃的な出会いだった。

野中先輩の噂は友達が少ない俺の耳にも結構頻繁に入ってきていて、何と無く関わりたくはないなと思わせる様なものだった。
例えば…面食いだとかから始まって少し面倒臭くなれば相手が起き上がれないくらい再起不能にして捨てる、だとか。面食いっていうのもなんかコダワリがあるらしく、綺麗な女の子でも可愛い男の子でも違うものは違うと言ってバッサリ切るらしい。
それでもいいと言う人は多くて、野中先輩の信者は増える一方だ。

「やっぱり素直な方が可愛いよ。
まぁどっちにせよ可愛いけど。」

「っ……!」

「ふふ、顔真っ赤。」

そう言われて頬を先輩の指でプニプニとつままれる。

「や、やめてください…っ」

「なんで?痛い?」

「痛くは、ないですけど…」

それでもやっぱり恥ずかしい。
野中先輩の顔との距離はいつもよりもずっと近いし、こんな俺の顔を間近で見るだなんて…。

「あーあ、睦は食べちゃいたいほど可愛いなぁ、もう。」

顔をしかめてより一層俺の頬をプニプニプニプニ摘む野中先輩に、顔がカッと熱くなる。

「林檎だ。」

「、えっ?」

「食べたいなぁ」


野中先輩は不思議な人だ。
こんな俺を好きになった位だから、多分不思議度は凄く凄く高いんだと思う。

たまに、自分が見目麗しいと好みがあまり大衆受けしないものになるって聞くけど…、野中先輩もそう言うことなのかなぁ…。
…じゃあもし俺以上に不細工な人が現れて、その子が野中先輩の好みに当てはまっていたら、なんて…。
そうじゃなくても…もしかしたらふと俺の顔を見て、なんでこんなやつと付き合ってるんだろう、だなんて思われてしまうかもしれない。

俺は性格が良い、だなんてこともないし…普通の一般人だ。人を悪く思うことだってあるし、心が綺麗だとかじゃない。
だから、もし心が綺麗な俺よりも先輩の好みに合った子が現れたりなんかしたら…野中先輩はすぐにそっちへ向かってしまうだろうな。

温室で野中先輩と2人で過ごしている時、たまに叫びたくなる衝動に駆られる時がある。
この人が俺の恋人ですって、その辺にいるみんなに伝えたくなるし、みんなの前で野中先輩に抱き着いてこれは俺のものだって、主張したくなる。

でもそれはいけないことだって分かってるからしない。野中先輩の迷惑にもなりたくないし、第一、笑われてからかわれて…きっと野中先輩とも離れ離れになってしまうかもしれない。
それなら、このまま秘密にして2人っきりで会っている方がよっぽど良い。

「どうしたの?睦」

「いえ、…少し暑くなってきましたね。」

「うん、もう夏だからね。
僕もそろそろ受験なんだよね」

「…頑張って下さい、俺にも出来ることがあれば手伝いますから。」

「うん。ありがとう。
もし、睦が家庭教師だったら喜んで勉強するのにな」

「そんな…」

来年の春になったら、野中先輩はもうここにはいない。きっと志望の大学だってすんなりと受かるに違いないし…。その頃までこの関係が続いていたとしても、大学に入れば出会う人も増えて俺の事なんて直ぐに忘れてしまうかもしれない。
…それでも、いいから…出来るだけ長く側に入れたらいいな…。

膝に乗った野中先輩のサラサラの髪の毛を撫でながら、俺は大学生になった先輩を想像した。
でもその横には俺じゃない、誰かがいた。


「おはよう、睦。」

「おはようございます、これ…お弁当。」

「わあ!本当に作ってきてくれたんだ!」

野中先輩とは、できるだけ一緒にお昼ご飯を食べることにしている。…行き帰りとか、一緒にできないから…。
これは付き合うってなって、二人で決めたことだ。

「ん!これおいしい!
他のも美味しいけど、僕はこれが一番好みかも…」

「本当ですか?それ、母が教えてくれたんです…。」

うちの味って言うのかな、それを褒められてなんだかうれしい。
お母さんには、今日は友達にもお弁当を作るって宣言してたから、良いことが言えそうで良かった…。

「お母さんかあ…睦のお母さんに会ってみたいなぁ…」

「えっ?…そんな、えっと…」

なんてお母さんに説明しよう…。好きな人って言いたいけど、きっと先輩は嫌だよね。

「…なんてね。嘘だよ。」

「ぁ、そうですよねっ」

俺ってば、なんて冗談の通じないやつなんだ…。
小学校からの幼馴染からは二ブチンって呼ばれてるからなぁ…本当にそうなのかもしれない…。

「僕の親には会ってくれる?」

「え?」

「んん、なんでもないや」

「?」

ポソリと先輩が何かをつぶやいたけど、聞こえなかった。
先輩、なんて言ったんだろう…。

「明日は、生徒会でお昼休み集まることになっちゃったから、ごめんね。」

「そうなんですか…。あの、身体に気を付けて下さいね。」

「…うん。いい子だね、かわいいね、睦。」

「えっ?そ、そんなことは…ないですよ。」

カカカッと顔が熱くなって俺は顔を隠すために俯いた。
またリンゴなんて言われちゃう…。

「そのままでいてね、睦」

「?…はい…。」

なんだか真剣な声でそう言われて顔を上げると、先輩の顔は悲し気な表情になっていた。



「にーぶちん」

「わっ!い、いひゃ…」

立ち止まってお店をぼうっと見ていたら後ろから両方の頬っぺたをつままれた。

「よう」

「和!」

和は黒い学ランに身を包んでいた。
何度見ても学ランて凄いと思う…なんか、こう、戦闘力みたいなのが上がって見える…。

「お前ぼうっとしてたらいつか轢かれるぞ。横断歩道赤で渡ったりしてないよな?」

「な、そんなわけないよっ!ちゃんと青で渡るし、それに今はちょっと、お店見てただけだから…。」

「なに見てたんだよ?」

「…ううん、ちょっと。」

「…ネックレス?」

和は光るお店に気付いたようでそう言った。
俺は止めていた足を動かしてそのお店から遠のいていく。和は追ってきているようで足音がついてくる。

「もしかしてママさんか?」

「……」

「えっ?お前彼女できたのかよ!
…え?でもお前男子校だったよ、な…」

「ち、ちがう!」

「…あー、その反応マジか。ちゃんと合意ってか、良いように使われてないか?
いや、悪い意味じゃなくてな。その、」

「先輩は優しいよ、」

ちょっと言いにくそうに頭を掻く和に、俺はちょっとぶっきらぼうにそう言った。

「…ん、そうか。
睦がそう言うならいいんだ。ちょっとお前って危なっかしいからさ。」

「…うん。」

「先輩って、三年生だよな?」

「そう、今年受験なんだ…。」

受験のことをふいに思い出してちょっと胸がズキっと痛む。
和はそんな俺に気付いたのか、肩を組んできた。

「いやあ、お前も大したもんだなぁ!男のハートを射止めちまうだなんて。
…お前の魅力知ってんの、俺だけだと思ってたんだけどな。」

「え?なに?」

「二ブチンめ。でもいい人なんだろ?どんな人なんだよ」

「和、お父さんみたい。
先輩はね、生徒会長やっててね…頭も良いし、カッコいいし、凄い人だよ。…俺と大違いなんだ。」

「生徒会長って、…お前の学校って結構頭いいよな?すごいヤツなんだな。」

「そうだよー。みんなからもすっごい好かれててね、いっぱい告白もされてるみたいだけど…なんで俺のこと選んでくれたんだろう。」

「…睦?」

ドキドキと心臓がものすごい速さで動いて、もう止められない程で俺は足を止めた。

「おい、睦…」

和に顔を覗き込まれて、思わず涙がこぼれた。
人にこんなこと話したこと無かったから、言葉が思わず溢れてしまった。
学校の友達にはこんなこと言えないし、誰にも言えなかった。

「…っ?」

ハッとするとギュウと強い力で身体を包まれてた。
それに気づくと涙がボロボロ、学ランに吸い込まれていった。

「う、ぅ、…ううぅ…」

情けない泣き声をあげても和は笑わないでずっと、俺が泣き止むまで抱きしめてくれた。

本当は辛かった。
先輩のことが大好きなのに、誰にも言えないし…きっと言っても先輩に迷惑がかかるだけだ。
もっと一緒にいたい、先輩のことが好きなのに…言ったらきっと重いって思われてそれまでだ。

「…そんなにつらいなら別れちゃえばいいじゃん、」

「…俺だって、それでこんな気持ちが終わるならいいよ。
…でもきっともっと苦しいから」

いつかそんな日が来るとしても、今だけは…って思っちゃうんだ。
きっともうこんな幸せな日はやってこないだろうし…。

「…そうか、そんなに好きなんだな先輩のこと」

「…大好きだよ、好きにならないわけがないよ」


『僕の好きな人を侮辱しないで?
僕が好きって言ってるんだからそれでいいでしょ。』

この言葉を言われた時に思い出したあのオレンジ色の花。
顔は見えなかったけど、あの時の言葉は野中先輩が言ってくれたんだってわかった。

俺が入学して、園芸部に入って初めて植えたオレンジ色の花。
その時から花は凄い小さかったけど、誰かがかわいいねって、褒めてくれた声が聞こえた。そしてそのあと違う誰かが、こんなのよりも立派に咲いてる薔薇が良いって。
それを聞いた人が『必死に咲いてるみたいでかわいいんだよ。
僕が好きって言ってるんだからそれでいいでしょ。』って言ってくれて。

俺は緊張だとか走ったとか、それ以外で初めて自分の心臓がドキドキと大きな音を立てるのを聞いた。
きっともうあの時に先輩のことが好きになってたんだ。



「野中先輩…?」

学校について、自分のクラスに入ろうとすると人が集まっているのが見えた。
それで気になって自分もその野次馬のところをちらりと見ると、野中先輩が誰かと話しているのが見えた。しかも俺のクラスで…。
なんでこんなところにいるんだろう…、生徒会の仕事かな…。

俺はその人だかりを避けるようにクラスに入って席に着いた。

「睦!」


先輩は俺に気付いたみたいで少し大袈裟なくらいな声で俺の名前を呼んだ。先輩の腕には何かが巻き付いていた。
その巻き付いていた腕を見ていると、先輩がこっちに近付いてきた。でもその顔はなんだか必死で、…怖い顔をしていた。
先輩の腕に絡んでいた腕の先を見るとちょっと…いや凄い可愛い男の子がいて、心配そうな顔をして先輩を見ていた。

もう、こんな早くお別れがくるなんて…、

「睦!…っこっち向いて!」

肩を掴まれそうになって、俺は無意識に先輩から身体をサッと避けた。

「…睦…?」

「…どうしたんですか、生徒会長…。」

「………」

野中先輩は俺がそういうとハッとして、酷く悲しそうな顔をした。
先輩が、隠そうって言ったのに…なんでそんな顔をされなきゃいけないんだよ…。
俺だってここで言いたいよ。あのかわいい子に向かって先輩は俺が好きって言ってくれて…可愛いって言ってくれたんだって…。

「そう…睦、本当にそうなんだ。
睦もそうやって離れてくんだ。そっか。」

「……」

あんなに幸せだったのに、もっと求めたからいけないの?
かわいい子とは普通に話せるのに、俺は不細工だからダメなの?
でも、先輩だって普通の人なんだ…秘密をばらそうだなんて無理強いすることは俺には出来ないし…。

「睦は違うと思ってたのに。」

「…俺は、俺ですよ。」

ちゃんと俺だって普通の人だ、嫌なことは嫌だし、怖い物は怖い。
かわいい子に負ける容姿だってわかってる。先輩と釣り合ってないのだって、知ってた。
今までの子はそれで満足だったのかもしれないけど、俺はやっぱり先輩を想う事は止められなくて…みんなには先輩のこと触らないでほしいくらいだ。

「…僕がいけないのかな。
睦は僕がいたからこうなっちゃったのかな。」

「…なんですか、」

俺は少し睨むように先輩を見た。先輩の視線は床に落ちていた。

「…もういいや。
睦はもう僕のものじゃないよ、勝手にしな。」

「…っ!」

野中先輩はそう言って俺の顔を一瞥した。
その瞳は、いつもの先輩の瞳じゃなくて…もっと別の怖いような眼をしていた。まるで俺の事が大嫌いだとでも言うような眼だった。

酷いのは、野中先輩の方でしょ。
…それなのに、なんでそんな顔をするの…?

可愛い子が先輩を追っていくのを見ながら俺は詰まりそうな息を吐いた。

このとき俺の一世一代の恋が最悪の形で幕を閉じた。





すっかり時間も経って、本当に先輩とは何にもなくなった。
連絡もないし会わなくなったし、本当に空っぽだ。
今の俺には何もない。花を育てるくらいしか楽しみが無くなってしまった。元通りだ。

…違うんだ、多分。
これが俺の日常なんだ、今も昔もこれからも。
だけど、先輩が少しの間だけ彩ってくれた。枯れた花に水をあげるみたいに、花を咲かせてくれたんだ。

「野中先輩、…」

小さなオレンジ色の花はもう無い、だから次の花を植えた。まだ芽は出ない。
…きっともう、芽は出ないのかもしれない。


「睦、」

「…和。」

突然後ろからトン、と軽い衝撃。
最近の帰り道は、和と良く会うようになった。

「情けない後ろ姿してるんじゃねえよ、しゃんと背筋はって歩け」

背中をペシリと叩かれて、俺は胸を張るように背筋を伸ばした。

「そうそうそれ。」

「でも、疲れちゃうよ。」

俺が反抗するようにそう言うと、和は笑ってそしたら休めばいい、と言って笑った。

和は、先輩と俺が終わったことを唯一知っている人だ。
和の前ではまたいっぱい泣いてしまった。和といると泣いてばかりだ、それとも涙腺が緩むのかな?

「な、なんだよ?」

ジッと和のことを見てしまっていたみたいで、和にそう言われてハッとした。

「いや、…先輩が、和みたいだったら良いのにって思っただけ…」

「…え?それって、」

「…先輩が、和みたいに普通に話せて…あんなキラキラしてなかったら良いのにって」

「…俺も、けっこーモテるんですけどね。」

「えっ!そうなの!」

「お前の目は節穴かあ?こんなイケメンそばに置いて。」

そう言われてまじまじと和の顔を見てしまう。すると和の顔がカッと赤くなった気がした。

「バッ…か!そんな本気にするなよ!」

少し日に焼けたような肌に、キリッとした眉、くっきりとした二重まぶたを縁取るまつ毛。鼻は少し男らしくて高い、唇は薄い…確かに、カッコいい…ってか男らしい。

「カッコいい…」

「え、ちょっとお前どうしたんだよ…っ」

焦ったみたいに後ろに下がる和、俺はグイッと近付いた。

「なんでこんなにも違うんだろ…、」

「…っ…」

ガクリ、と漫画みたいに仰け反った和は頭を抑えていた。

「…お前、こんな風に人に近づくのやめろよ?」

「あっごめん、つい…」

俺の顔がドアップじゃ、キツイものがあるよね…。

「…まあ別にいいんだけどよ、…。」

俺は止めていた足を動かした。それに続くように和も着いて来る。

「まだ花植えてるのか?」

「うん、もちろん。
俺がいないとみんな枯れちゃうからね…」

入学したての時とは違って、もう園芸部にまともに来てくれる人は少なくなって…ついには俺だけしか居なくなった。部活の先輩は受験で忙しいみたいだし、同級生の子は遊ぶのに夢中みたいだ。

「そっか。偉いな」

「でも、趣味はこれしかないから…」

俺の手でも咲いてくれるなんて、凄いと思う。
ちゃんと育てたらそれだけ立派に綺麗に咲いてくれるし…。

「…ふーん、」

ちょっと面白くなさそうな顔をする和。
なんだよ、和が聞いてきたくせに。

「…でも、全部立派に育つといいな。」

そう言われて俺は大きく頷いた。

大丈夫、もうきっと立ち直れる。
こうやって和と笑い合っていたら、また何か幸せな事がやって来るかもしれないから。



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