おかえりなさい!
司郎はああ言ってたけど、帰ってもこっちでの記憶はすべて消えているからいつもの彼のままだろう。
きっと、過去の私も今の私みたいに冷たい彼に悩まされるんだ。
「今のは…」
司郎のいたところをしばらく無言で見つめていたあと、真木ちゃんが私に近づいてくる。
軽く説明すると「そうか…」と納得したのかしてないのかわからない返事をくれた。
「それで、あの…」
「………」
「その…」
どうしよう。
突然真木ちゃんが帰ってきて、どうすればいいかわからない。
電話したときはあんなに忙しそうだったのに、何で1週間も早く帰ってきたの?
「あ、ご飯、食べた…?」
「いや。」
「そっか…よ、よかったら食べて!余り物で申し訳ないけど、2人とも直接箸はつけてない、か、ら……」
沈黙が嫌で無理矢理話し続けると、真木ちゃんに手首を強く掴まれた。
驚いて見上げれば、怖い顔をした真木ちゃんが私を見下ろしている。
目が合ったのなんて、久しぶりだ。
「…何故、あいつとキスしていた。」
「…っ……」
怖い顔のままの真木ちゃんは、手にさらに力を込める。
そんなこと、気にするような人じゃないはずなのに。
「付き合ってないと言ったな。」
「っ、それは葉が…!」
「お前もそう思っているのか。」
「い…っ…!」
ギリギリと手首が締められて痛い。
こんな真木ちゃん、初めてだ。
「…お前は俺が嫌いか。」
「え…」
手の力を緩めた真木ちゃんは、私の手首を解放すると背中を向けてしまった。
掴まれていたところに痕がついてて赤くなってる。
何で、そんなこと言ったの…?
どこかに行ってしまいそうだった真木ちゃんの袖を咄嗟に引くと、歩みを止められた彼はゆっくりとこちらを向く。
向き直った真木ちゃんがついた溜め息に、体が震えてしまった。
手首を見つめた彼は、悪い、と小さく呟く。
「……思ったことを素直に言わないと愛想をつかされると、そう言われた。」
「…っ……」
「口にしていない自覚はある。お前が別の男に走るのも無理はない。だから…」
「わ、私は真木ちゃんのこと好きだよ!」
真木ちゃんが言い終える前に勢いで言ったけど、恥ずかしくなって手で口を押さえた。
「あ、えっと…」
「………」
…でも、真木ちゃんが今も私のこと好きなのかわからないから、司郎には付き合ってるってはっきり言えなかった。
そんな感じのことを後付けしたけど、最後の方は俯いていたから真木ちゃんに聞こえてたかどうかわからない。
それでも、言わなきゃいけないことは全部言った。
「なまえ。」
「はい、……っ…」
名前を呼ばれたと思ったらそっと抱き締められる。
大事な話をしてるはずなのに、この身長差に安心してしまった自分がいた。
「……俺は、お前が好きだ。」
「…っ……」
昔から、今も変わらず愛してる。
そんな真木ちゃんのものとは思えない言葉がゆっくりと紡ぎ出される。
だけど、1つひっかかることがあった。
昔から…?
「だって、好きになったのは告白するちょっと前からだって…」
ぽつりと呟くと、ぴくっと動いた真木ちゃんが抱き締める腕に力を込めた。
苦しいくらい顔が胸板にくっつけられて何も見えない。
たぶん、見られたくないんだと思う。
なんだ、そういうことか。
照れ隠しに言っただけで、本当はずっと前から両思いだったんだ。
嬉しくて私も彼の背中に手をまわせば、もう一度「好きだ。」と言ってくれる真木ちゃん。
いつも向けられていた背中に腕をまわすことが、こんなに幸せだなんて。
しばらく抱き合って、今まで寂しかった分の埋め合わせをしていると、真木ちゃんがぼそっと呟いた。
「1つ、聞いてもいいか?」
「何?」
「あいつのことを名前で呼んでいたが、何故俺のことは苗字で呼ぶようになった。」
「え…」
そういえば、司郎のこと呼んだとき、驚いた顔をしてこっちを見てたっけ。
大した理由じゃないんだけど…言いづらいなぁ。
「だんだんみんなが苗字で呼び出すようになってきたから、私もその方がいいかと思って…」
「それだけか?」
「そう、だけど…」
理由を聞いた真木ちゃんは、呆れたように溜め息をついた。
なんだか申し訳なくなって見上げると、でもなんとなく安心したような顔。
「もしかして、気にしてたの?」
「何か距離を置かれるようなことをしてしまったかと思っていた。」
「全然そんなことないよ!ただ、ちょっと冷たいとは思ってたけど…」
「………」
…悪かった、これからはちゃんと言葉にする。
大きな手で頭を撫でながら真木ちゃんはそう言ってくれた。
やっぱり私はこの人が好きだ。
「あ……私も、1つ聞いていい?」
「何だ。」
「何でこんなに早く帰ってこられたの?」
大変だったんでしょ?
そう問えば、真木ちゃんは「お前に会いたくて早く終わらせたと言えば笑うか。」と肩に顔を埋めながら自嘲気味に言った。
電話したとき忙しそうだったのは、そのためにスケジュールを詰めてたからなんだとか。
そんな情熱的なことを言ってくれるなんて。
「笑わないよ!むしろすごく嬉、し…」
い、と最後まで言いきる前に、ぐー、というお腹の鳴る間抜けな音が聞こえた。
私じゃないからたぶん真木ちゃんの。
体を離すと顔を赤くした真木ちゃんが見える。
そういえばご飯食べてないんだっけ。
「あ、温めてくるからちょっと待ってて。真木ちゃんの好きなものばっかりだから。」
「今日、何かあったのか?」
テーブルに並んだお皿を見て首を傾げた真木ちゃんは、やっぱり今日が何の日か忘れてたようだ。
真木ちゃんの誕生日だよ、と教えてあげれば、そうか今日だったか…と彼は呟く。
ケーキもあるんだよ!と言いかけたけど、今年は司郎の口に合う甘さに作ったんだということを思い出して薦めるのをやめた。
「でもそこにあるケーキは司郎の口に合うように作ってあるから真木ちゃんには甘……って言ったそばから!」
「……甘い。」
顔を顰めながらも真木ちゃんは司郎用に切ったケーキを食べている。
いつもケーキなんか興味なさそうな顔するくせ何で今日に限って食べるかな。
…そういえば司郎も私が作ったケーキだってわかったとき驚いた顔してたな。
普通よりは甘さ控えめでも、今の彼にはかなり甘く感じるはずだ。
「だから言ったのに!」
「“俺”も司郎だからな。」
「んっ……」
これからはそう呼べ、“恋人”なんだから。
そう言って真木ちゃんは唇を重ねた。
あいた隙間から舌が入ってきて、僅かに聴こえる水音が恥ずかしい。
だけど絡められる舌から伝わる愛情は大人っぽくて、やっぱり子供の司郎とは違うんだと思った。
久しぶりにした“彼”とのキスは、私にはあまり甘く感じない生クリームの味。
「ん、…しろ、う……」
名前を呼べば、口づけはより深くなった。
お誕生日おめでとう。
それから、おかえりなさい。
唇が離れたら、私もちゃんと言葉にして伝えよう。
そんなことを考えながら、しばらくはこの与えられる愛と伝わる熱に浸っていようと思った。
END.
27歳のお誕生日おめでとう!
司郎さんはいくつになっても手作りケーキというものに弱いといい、な…
密かに名前で呼ばれたいと思ってるけどなかなか言い出せない、そんな彼が私の萌えど真ん中です。
お付き合いくださりありがとうございました!
.←