玄関のインターホンが鳴り、なまえは急いで相手を確認した。
モニターに映るのは最愛の人、皆本。
彼女はすぐさま鍵を開けた。
「光一くん!」
「こんばんは。遅くなってごめんね。」
「ううん、そんなことないよ。」
クリスマスを2人で過ごそうと約束した彼ら。
その約束通り、イブである今日、皆本はなまえの家に来たのだ。
何処かに出掛けようかという話もしたが、彼の希望のもと2人きりでいられる場所であるなまえの家が選ばれた。
「寒かったでしょ?さ、あがって。」
「お邪魔します。」
靴を脱ぎ、皆本は家の中へと足を踏み入れる。
残念ながらこの日も仕事があったために、仕事帰りな彼の服装は簡素なもの。
だがなまえは全く気にしていない様子で、皆本のコートを脱がせてハンガーにかけた。
そんな時、不意に感じた美味しそうな匂い。
「あ、今ご飯作ってるの。もう少しでできるから光一くんは暖まってて。」
そう言ってなまえは笑顔を向けた。
そんな彼女に皆本また笑みを向ける。
「ありがとう。代わりと言ってはなんだけど、僕もケーキ買ってきたんだ。よかったら冷蔵庫に入れてもらえる?」
「ありがとう。じゃあ入れておくわね。」
彼からケーキの箱を受け取り、なまえはキッチンへと急いだ。
そんな彼女の後ろ姿を皆本は見つめる。
「だから走らない方が…って、聞いてないか。」
溜め息をついた皆本だが、その表情はやはりどこか嬉しそうだ。
なまえの言葉に甘えて、暖まるべくリビングへ向かう。
そしてソファに座り、にやける口元を押さえた。
同じ時間、キッチンに着いたなまえは冷蔵庫を開け苦笑した。
中には白い箱が1つ。
「私もケーキ買ってきたんだけとな。」
クリスマスらしくしようと、小さな1人用のケーキではなくホールのものを買ってきた。
ただでさえその量は2人で食べきれるものではないのに、皆本までもが買ってくるとは。
箱の大きさからして彼も同じことを考えたのだろう。
「光一くんには悪いけど、これは持って帰ってもらってお家でチルドレンと食べてもらわないと…」
一人呟き、自分が買ってきたものの隣に置く。
左側にはなまえが買ってきたケーキ、右側には皆本が買ってきたケーキ。
並んだ箱を見て頬を緩めたなまえは、あと少しで完成する夕食を作り上げるために気合いを入れた。
「お待ちどおさま。」
出来上がった料理をテーブルに並べ出したなまえは、皆本を呼ぼうとした。
しかし彼は呼ばれる前から既に来ており、キッチンから料理を運ぶのを手伝おうとした。
「お客さんなんだから休んでてよかったのよ?」
「いや、僕がこうしたいんだ。」
「そう?じゃあお願いするけど……」
仕事帰りで疲れているであろう皆本を働かせるのには少し抵抗があるが、本人がやりたいと言うなら仕方がない。
なまえは仕方なく彼を手伝わせた。
なまえが料理をテーブルに置く間に皆本は料理を運び、皆本が料理をテーブルに置く間になまえが料理を運ぶ。
その間会話は一切なかったが、2人ともこのあとのことを考えて期待に胸を踊らせていた。
「随分とたくさん作ったんだね。」
「あれもこれもって考えてたら種類が増えちゃって。」
テーブルには幾種類ものおかずが所狭しと並んでいる。
主菜でさえ2、3種類が別の皿に分けて置かれているそれは、小さなビュッフェのようだ。
「食べきれるかな…」
「駄目だったら明日私が朝食と昼食として食べるから大丈夫よ。」
困惑したように言う皆本になまえが返せば、彼はクスリと笑った。
「じゃあ温かいうちに食べましょうか。」
「そうだね。」
互いに向かい合う形で席につく。
そして声を揃えていただきますと言い、2人は食べ始めた。
「美味しい!」
「よかった。光一くんって料理上手だから心配だったの。」
どうやら皆本は気に入ったらしく、次々と料理を食べていく。
そんな彼の様子を見て、なまえは静かに微笑んだ。
「…やっぱり残ったか。」
夕食を終えた2人。
予想通り残ってしまった料理を見てなまえは苦笑した。
「片付けるからちょっと待ってて。」
「僕も手伝…」
「大丈夫よ。光一くんは休んでて。」
柔らかく微笑み、返事を待たずに彼女はキッチンとテーブルを往復し出す。
完全に話しかけるタイミングを失ってしまった皆本は、ちらりと彼女を見て仕方なく近くのソファに腰かけた。
なまえは忙しなく動いているためこちらを見てはいない。
それを確認した皆本は、鞄から何かを取り出しポケットへと仕舞い込んだ。
そして小さく頬を緩める。
「光一くん?」
「ッ、なまえ!」
「大丈夫?ぼーっとしてたみたいだったけど…」
片付けを終えたなまえは、ソファで固まっていた皆本を心配して声をかけた。
「いや、大丈夫だよ。」
彼のぎこちない笑みを不審に思いつつも、なまえはその言葉を信じることにした。
うまく切り抜けられた皆本は心の中で安堵の息をつく。
「じゃあケーキ食べよっか。」
「そうだね。」
「持ってくるから座ってて。」
またも皆本の返事を待たずになまえはキッチンに向かう。
彼は諦めたように小さく息をついて食卓の椅子に腰かけた。
冷蔵庫を開けたなまえは困ったように笑う。
目の前にある2つの箱。
自分も買ってきたから、皆本が買ってきた分は持ち帰ってくれと言えばどんな顔をするだろう。
そんな未来を頭に思い浮かべ、彼女は左側にあった箱を取り出す。
そしてグラスとシャンパン、ケーキカット用のナイフとフォーク、皿とケーキを順に運んでいった。
「お待たせ。」
「ありがとう。」
箱からケーキを出し、ナイフで切ってゆく。
「ごめんね、私もケーキ買ってきてたの。だから光一くんが買ってきたのは持ち帰ってみんなで食べて。」
少し言いづらくて話している間はケーキを切ってそれを見つめていたが、言い終えた彼女は静かに皆本を見る。
しかし彼の反応は予想していたものとは大きく違っていた。
怒るでもなく、驚くでもなく、キョトンとした顔でなまえを見つめている。
「それ、僕が買ってきたケーキじゃないのかい?」
「え?」
更に予想していなかった言葉になまえの方が驚く。
「そんなはずないわ。だってちゃんと左側の箱を…」
ぶつぶつと呟いたなまえは少し間をおいてキッチンへと再び駆けていった。
冷蔵庫を開け、今は1つとなった箱を取り出し同じようにテーブルへと運ぶ。
「こっちが光一くんが買ってきた方。」
彼女が見せれば皆本は納得したように頷いた。
そして静かに話し出す。
「僕が買ってきたのも同じケーキだったんだ。」
「嘘……」
信じられないといった表情のなまえだが、皆本の最初の反応を考えればそれにも納得できる。
箱をよく見れば、全く同じデザインのもの。
どこの箱も似たようなものなのだろうと思っていたが、全く同じだったようだ。
2人は顔を見合わせ、そんなことまで同じことを考えなくていいのだと笑い出す。
「仕舞ってくるわね。」
しばらく笑ったあと、彼女はもう一度ケーキを仕舞いに戻った。
そして切ったケーキを皿に乗せ、シャンパンを開封する。
ポンという小気味のいい音がした。
「Merry Christmas.」
「Merry Christmas.」
互いのグラスをカチンと合わせ、乾杯する。
2人が偶然同じものを選んでしまったケーキはとても上品な味で、彼らのクリスマスを更によい雰囲気にしてくれた。
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