ケーキも食べ終え、2人は向かい合ったまま何もせずに座っていた。
話すだけが全てではない、こうして何もせずともただ一緒にいるだけで心が満たされることを彼らは知っている。
時々目が合っては照れたように微笑み合う。
それだけの時間をしばらく過ごした。
「なまえ。」
不意に呼ばれた名前。
「どうかした?」
「少し、目を閉じてくれないか?」
「いいけど…」
何かあるの?と首を傾げたなまえに、皆本はただ微笑み返す。
彼女が目を閉じたのを確認し、皆本は静かに立ち上がった。
そして彼女に近付き、ポケットから先程の箱を取り出す。
中身を確認して小さく笑った彼は、それをそっとなまえにつけた。
一瞬皆本が触れた気がした彼女は、何が起こったのかと不安になる。
だが目を開けてはいけないと思い、躊躇いがちに彼の名を呼んだ。
「光一くん…?」
「もういいよ。目を開けて。」
返ってきた優しい声音の彼の声に、なまえは静かに目を開ける。
すると自分の胸元に、花を象った上品なブローチが飾られているのを見つけた。
大きすぎないそれは変に主張したりせず、しかし小さいながらもしっかりと輝いている。
なまえによく似合う形だ。
「光一くん……」
「クリスマスプレゼントのつもりなんだけど、気に入ってくれたかい?」
「うん!」
花のような笑顔を見せたなまえに、皆本は微笑む。
しかし、その表情はしばらくすると険しいものへと変わっていった。
真剣な彼の表情に、なまえの表情からも笑みが消える。
「なまえ…」
「何……」
重い空気が流れる。
皆本は一体何を言い出すのか。
緊張して、なまえはゴクリと喉を鳴らした。
「……一緒に、暮らさないか?」
「え…?」
聞こえた皆本の言葉は、酷く意外なものだった。
わけがわからずなまえはただ彼を見つめている。
「この間、あいつらが僕と暮らしているのが羨ましいって言っただろ…?」
困惑した彼女にそう言った理由を教え込むようにゆっくりと話す。
その間も、真剣な表情は一切崩れなかった。
「結婚だとかそういうのはまだ考えてないけど、僕はなまえと暮らしたい。」
そのまま皆本は続ける。
「チルドレンには一応話してある。もちろんなまえの意思を尊重するけど、この間君が言ったように僕も毎日君に会えればいいと思うし、挨拶だけでもいいから会話したい。」
最後まで言った皆本は、自分を落ち着かせようと息をついた。
目を伏せ、彼女の反応を待つ。
話している最中よりも、こうして返事を待つ方がずっと緊張するのだと思った。
緊張の時間は長く続き、彼女の返事は全くない。
不審に思った皆本は伏せていた目を開け、彼女を見た。
目の前にいる彼女は、口を開けたり閉じたりしなから俯いている。
「なまえ…?」
皆本が呼べば、彼女は弾かれたように彼を見た。
「……いいの?」
「君がよければね。」
確認し、しっかりと理解したなまえは、今にも泣き出しそうなくらい目に涙を溜めている。
「一体いくつプレゼントを用意してるのよ…」
震える声でそう言えば、皆本は苦笑して言った。
「残念だけど、そのブローチだけだよ。」
その言葉になまえも笑う。
「…そろそろ返事を聞かせてくれるかい?」
「聞かなくてもわかってるんでしょ?」
先程までの張り詰めた空気はもうない。
彼らは顔を見合わせ微笑んだ。
「確かにわかってるけど、なまえの口から聞きたいんだよ。」
彼の穏やかな表情に安堵する。
口調も穏やかだったこともあり、なまえは少し勇気をもらった。
「じゃあ年明けにそっちへ行ってもいいかしら?」
同じように穏やかな口調で言えば、何故か皆本はガタッという音を立てて立ち上がった。
なまえが見上げれば、彼はそのまま歩き出し、彼女のもとへと移動する。
そして彼女のすぐ傍まで来ると、その体を思い切り抱き締めた。
「ッ、光一くん!」
驚いた様子のなまえなど全く気にせず、皆本は彼女を抱き締める力を更に強める。
「ありがとう、嬉しいよ!」
「結果、わかってたんでしょ?」
内心とても喜んでいたが、なまえは呆れたような素振りを見せてそう言った。
「だから言ったじゃないか。君の口から聞きたかったんだって。」
「それはそうかもしれないけど…」
そんなにも違うものだろうかと彼女は苦笑する。
「新年を迎える楽しみが増えたよ。」
「私もよ。」
まだ先の話だけどね、と笑えば、彼も同じように笑う。
会う度に約束をしてくれる彼は、次にどんな約束をしてくれるのだろう。
「ねぇ、光一くん。」
「何…」
大好き。
「ッ……!」
小さく紡がれた言葉。
皆本はその言葉に、なまえが痛いと言うまで強く抱き締め続けた。
END.
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