「…ん……」

「お、目ぇ覚ましたか。」


目を覚ましたなまえは、誰かの声に反応してそちらを向く。


「しゅ…ッ、賢木先生!」


その正体がわかると、慌てて上体を起こそうとした。

だが――


「っ、痛…!」

「あぁ、まだ無理しないで寝てろよ。」


事故による怪我が痛み、うまく起き上がることができない。

そんな彼女に賢木は苦笑し、労るように目を細めた。


そんな時、なまえはふと、自分の手が暖かいことに気づく。

見れば、彼が手を握っていてくれていた。


「…っ……」


当の彼は特にそれを気にした様子もなく、ただ黙って握り続けている。


「あ、あの…」

「ん?」

「……どうしてここに…?」


おずおずと質問すると、賢木はまた困ったように笑う。


「看護師から連絡があって、みょうじなまえさんが事故に遭ったから来てくださいって言われたんだよ。」


そしてそっと、握っていた手を離した。

少し手が寂しくなる。



「リダイヤルの一番上にあったから、俺に連絡したんだと。」

「あ…」


しまった、となまえは思った。

見られるなどとは思っていなかったため、履歴を消していなかったのだ。


「ごめんなさい、その…迷惑かけるつもりじゃなくて……」

「いや、むしろ嬉しかったよ。」


賢木はそう言うと、笑って窓の外を見た。


「ずっと思ってたんだ、きっとなまえは俺1人だけに拘ったりしてないから、自分から連絡したりしないんだって。」

「そんな…」

「なぁ、何で去年も一昨年も、なまえと一緒に誕生日を過ごしたと思う?」


賢木はなまえに向き直り、問いかける。

なぜそんなことを聞くのかわかっていないなまえは、ただ彼を見ただけだった。


「…好きな人と、過ごしたかったからさ。」

「…っ……」


急に距離を縮めて言った賢木に、なまえは息を詰める。

だが、言われた言葉よりも、この話の内容の方が気になった。

何故それについて悩んでいたことを知っているのだろう。


「あ…」

「ん?」

「もしかして…」


接触感応能力で?

納得したなまえは、そう言う代わりに手を握ったり開いたりする。

それに気づいた賢木は、少し寂しそうな顔をしてシャツのボタンを2つ外した。


「残念ながら、それは使ってない。なまえが何を思ってるのかを知るのが怖くて視られなかった。」


そこから見えるのは、首にかけられた5つのネックレス。

それらすべてがリミッターなのだろう。

よほど気を付けていたのだろうと、瞬時に理解できた。

別に視られるのは構わなかったのだが、疑ってしまったことに申し訳なさを感じる。


「ただ、その…日記を見ちまってな…」

「……!」


それを聞いた瞬間、なまえの顔が強張った。

あれを、見たのかと。


「そう…、見たんだ……」

「ごめん。その…」

「…別に気にしてないわ。もともと、あなたに話すはずだったことなんだから。」


だがその表情はすぐもとに戻り、どこかスッキリしたようなものになった。


「…………」


頭を下げていた賢木は顔を上げる。


「あ、あの、それでさっきの…」


気になっていたことが解決すると、先の賢木の言葉に意識が向く。

なまえは不安げに、目が合った彼に問いかけた。


「誕生日を過ごしてくれたって、理由だけど…」


理解すると、賢木は「あぁ」と頷き、力なく笑った。


「言葉の通り、俺が好きなのはなまえなんだ。」


話し出した賢木の言葉を、なまえは黙って聞く。


「なまえがどんな風に思ってるのか、知るのが怖くて一定の距離を保ち続けた。他の女の子と仲良くしたりしてな。」


馬鹿だよな、と賢木は自嘲した。


「本当は日の下で一緒に過ごしたかったし、もっと頻繁に会いたかった。」

「あの…」

「なまえも同じように思ってくれてたのに、気づけなくて本当にごめん。」

「さか…」

「もし、まだ俺に愛想尽かしてなかったら…」

「っ、賢木先生!」


そこまで賢木が話したところで、なまえは彼の言葉を遮った。


「私の方こそ、思っていることを素直に言えなくてごめんなさい…」

「いや、俺の方こそ臆病で悪かった。」


互いに謝り合い、2人は顔を見合わせて笑った。


「…さっきも言いかけたんだけどよ、もしまだ俺に愛想尽かしてなかったら、もう1回やり直させてくれないか?」

「…尽かしてるわけないじゃない。日記、見たんでしょ?」

「……そうだな。」


泣きそうになりながら答えたなまえを見て、賢木は安心したように笑む。


「なぁ、それから…」

「ん?」

「その賢木先生って言うのやめて、名前で呼んでほしいんだけど…」


ほら、この中みたいに。

そう言いながら賢木は日記を指差す。

途端になまえは顔を赤くした。


「それは…」

「そう呼びたいから、この中で呼んでたんじゃねぇの?」


どこかからかうような物言いの彼に、なまえは肩を竦める。


「修二……、どうかした?」


半ば諦めるようにして呼んでみたが、当の彼は目を背けてしまった。


「何?」

「…いや、まさかこんなにクるとは思わなくてな……」


こちらを向いた彼の顔は、以前よりも赤かった。

その反応に、なまえは嬉しさを抑えきれないほどの喜びを感じる。


「修二!」

「うわっ!」


まだ体が痛むのもいとわず、彼の名を呼びながら上体を起こして抱きついた。


「こら、まだ無理すんなって。」

「ごめん、嬉しくて。」


そう口にしたなまえは本当に幸せそうで、賢木も思わず頬を弛める。

その時、病室のドアが開いた。


「みょうじさん、大丈夫……あら。」


ドアを開けた看護師は、目の前の光景に驚く。

賢木となまえも驚き、慌てて体を離した。


「特に問題もなさそうなら、帰ってもいいと言ってましたよ。」


看護師はそれだけ伝えると、微笑んで部屋を出ていく。

残された2人は、顔を見合わせて苦笑した。


「なまえ。」


少し真剣味を帯びた声で呼ばれる。


「何?」

「…愛してる。」


その言葉と同時に、もう一度抱き締められた。

先程よりも抱く腕に力が込められている。


「うん、私も愛してる。」

なまえも彼の背に腕をまわし、いとおしそうにゆっくりと撫でた。


「これからだよな。」

「うん。」


互いの存在を確かめるようさらにきつく抱き合う2人。

そして目を閉じると、未来を夢見て口づけを交わした。
まだ日は沈んでいない。

2人にとって初めて、夜でない時間に口づけた瞬間だった。



END.



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