Six

 ココは結論づけると、今のクラルが丁度いいと思えるくらいの時間をかけて、夕食を作った。勿論記憶を辿り、彼女が昔は食べれなかったと言う食材を除く事は忘れない。
 やがて食卓の上に並べられたのは、焼きたてのパン・ド・ロデヴ。パプリカの抜いたラタトゥイユは、ふたつのフライパンを使う伝統的な調理法で、野菜全ての瑞々しさを際立てた。そしてメインには、身が良くしまったアッパーサーモンをたっぷりのバターでソテーしたムニエル。デザートは今が旬の柑橘を使ったジュレ。その全てを一人分ずつの分量で取り分け、テーブルセットしたダイニングテーブルに置いた。
 少女の食器は念の為、棚から真新しい物を出した。以前、クラルと買った、ゲスト用だ。

「出来たよ」

 クラルはリビングにいた。入り口から顔を覗かせるとソファの上で大人しく本を読んでいた。メリスマンの文庫本だ。

「はい、ありがとうございます。いままいります」

 綺麗な返事に続いて、小さな足がぺたんとカーペットを踏む。先に本をソファ後ろの書棚へ整えて、ココへと近づいてきた。ぺたんぺたんと、足音が続く。
 いくら土足でも構わない作りとはいえ、外履きのままでは辛いだろうと渡したバブーシュは、いつかに大人のクラルが手隙に作っていた物だ。クローゼットの中にあったのを拝借した。一応、慈善バザーに持っていけるようにと幾つか作られていたサイズの内、一番小さいものを持ってきたが、それでも大人用として作られていたのだろう。歩く度に、動き辛そうな音がしている。
 ココはダイニングへと歩みを揃えるクラルを見下ろしつつ思案した。戻る可能性があるといっても、今は成長期の子供だ。足に合った物を用意した方が良いかもしれない。
 ダイニングテーブルの手前へ辿り着いた時、少女が顔を上げた。その瞳と目が合うタイミングでココは、優しく微笑んだ。

「君の席はそこの、クッションが乗っている所だよ。座って」

 指差した場所にある椅子も、倉庫から出した物だ。

「なにからなにまで、ありがとうございます」

 白襟のワンピース姿が、品よくお辞儀をする。長い髪がさらりと肩を滑って体の前に垂れ下る。
 目の前の少女が、クラルなのは分かっていた。けれど、気軽にいつもの席を薦めるのは何故か、気が引けた。妻の席は妻の席として、残しておきたかった。

「畏まらなくていいよ。ほら」

 贖罪の気持ちがあったのかは分からない。ただココは、小さなクラルがテーブルへと近づく時に自然と、彼女の為に椅子を引いた。少女の足は一瞬止まり、物珍し気な目がココを真っすぐに見上げて来たが、暫くして、椅子へと近づき、また止まる。

「私、その、」

 何故かもじもじ、緊張し始めた。

「どうしたんだい?」
「実は、そのようにして頂くの、慣れて、いません。ので……」
「ああ……そうなんだね」
「はい。実は、まだ、テーブルマナーの授業を、修了しておりません」

 おずおずと、照れくさそうな申し訳なさそうな声で少女は白状する。巧く出来ない事が悪いこととでも思っているのだろうか。ココが背もたれを引いて準備してくれている椅子へ、どう座れば正解なのか、考えあぐね居ている風でもあった。
 ココは、そんな彼女の態度から、ふと気付いた。

「もし、君が覚えたいと思うのなら、僕が教えてあげるよ」

 目の前の少女は、間違いなくクラルだ。断言できる。けれど、ココが知っているクラルの形をしているだけで中身は、特に教養や知識の部分は未発達で幼い。クラルであって、そうじゃない。

「一応、一通りの自信はあるつもりだよ」

 ココの言葉を受けて、ココをじっと見上げていたクラルは、少し、悩んだ後に意思を見せた。

「覚えたい、です」

 幼い彼女は、とても素直だ。

「よし。じゃあ、椅子の前に来て。そう。位置は、テーブルと自分の距離が拳ひとつ分空く位、かな。僕が椅子を君へと押すから、座面と自分の座りたい位置を確認して、今日は座高の調節にクッション置いたからそこも意識をして……そうそう。そうだ。あとは足の裏に椅子が当たる辺りで上に……うん。上手だ。まだ椅子方が高いから大変かもしれないが、大人になればスムースに出来るよ。君は姿勢が良いから見栄えも良いしね」

 それが、ココには嬉しかった。つい饒舌になり、自分の席へと戻るその前には小さな頭をひと撫でする。
 初めは嫌悪されるかとおっかなびっくりだったけれど、回を重ねるごとに彼は、或る事に気付き始めた。危惧したよりも嫌がられないこと、そして、今のクラルは、頭がとても小さくなったけれど、髪質は、子供特有の柔さが残っている物の、自身が知っている手触りと変わらないこと。
 思いがけず感じ取る妻の名残に、暫くこの子を撫で撫でしたいと思った。いつかにクラルがココへしてくれた様に、この場合はGood girlなんて言って、撫で撫でしたい。が、小さなクラルが滲ませる電磁波からこれ以上の愛着は警戒心が増す相が視え出した為、彼はそっと手を引いた。
 クラルは、

「お料理、お店のものみたい、です……」

 目の前に出されたココの手料理をじっと見つめ、感激していた。




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